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大人の読解力を鍛える

2023.05.01 公開 ツイート

『金閣寺』の主人公はストーカー? 小説を読み解く力をつける「引き寄せ読み」のすすめ 齋藤孝

社会人にとって必須のスキルをひとつ挙げるなら、やはり「コミュニケーション力」ではないでしょうか。明治大学文学部教授で、テレビでもおなじみの齋藤孝さんの著書『大人の読解力を鍛える』は、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといった、コミュニケーション全般のスキル向上をめざす社会人必読の一冊。その中から一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

フィクションをリアルな世界に引き寄せる

ここからは具体的な例を挙げながら、小説を題材にして、その読み解き方のヒントを3つほど紹介していきます。

(写真:iStock.com/itakayuki)

まずひとつめは、文学小説で展開される世界を、実際の現実世界に置き換えたり、自分の経験に照らし合わせたりする読み方です。本のなかのフィクションの世界をリアルな世界に「引き寄せて」読むことで、小説の世界観をより深く読み解くことができます。

例として挙げるのは三島由紀夫の代表作『金閣寺』。金閣寺の美しさの虜になった学僧が、その美しさを愛するあまり金閣寺に火を放つまでを描いた長編小説です。

名作ながら観念的で非常に難解とも言われている『金閣寺』を、現実世界や自分の経験に引き寄せて読むシミュレーションをしてみましょう。

 

読み解く課題は、「なぜ主人公は美の象徴でもある金閣寺に、自らの手で火を放ったのか」という作品の核心部分です。

問いに対する解釈は人それぞれであって然るべきなのですが、一般的には「その美しさを永遠に支配するために燃やした」というのが主流となっています。

あまりにも大切なもの、あまりにも愛するものを永遠に自分の支配下に置くために、いっそのこと自分の手で消し去ってしまおうと考える。そんな独占欲的な心理でしょうか。燃えてなくなることで金閣寺は学僧にとって永遠になる。だから火をつけたという解釈です。

 

学僧のこうした心情を、現実の世界に持ってきて置き換えると、

「こんなに好きなのに振り向いてくれない。ならば、いっそのこと殺してしまえば他の誰も手を出せない自分だけのものになる

という、恐ろしいストーカーの発想と同じだと気づきます。

学僧は金閣寺のストーカーだったのか――こう解釈することで、『金閣寺』という文学作品がストーカーという現代社会の事象と結びついてつながってきます。すると小説の精神世界がより明確に見えてくるでしょう。

カフカの『城』は雇用問題と重なる?

では、そもそも学僧がそこまで金閣寺に憧れの念を抱いたのはなぜか。

(写真:iStock.com/tomertu)

学僧は、子どもの頃からずっと、父に「金閣寺ほど美しいものはない」と聞かされ続けてきました。つまり、学僧の金閣寺への憧れは、「父によって刷り込まれた価値観」の象徴であるという解釈もできます。

そこで「じゃあ、自分の『親に刷り込まれた価値観』とは何だろう」と考えてみましょう。学僧の気持ちを自分の経験になぞらえてみるのです。すると例えば、

自分がタイガースファンなのは、父親も熱狂的なトラ党だったから。

私が料理好きなのは、料理上手な母親をいつも手伝っていたから。

僕がずっと独身なのは、父親からしょっちゅう「結婚なんてするものじゃない。独身が気楽でいちばんだ」と聞かされていたから。

思い当たる節はいろいろあるでしょう。そして「自分の価値観や趣味嗜好は、自分ひとりで形成したわけではなく、他者からの刷り込みに大きく影響されている」ことに、改めて気づくかもしれません。

 

少し前に、カフカの『』を読み返したのですが、そのとき「現代に引き寄せれば、これは『雇用問題』に置き換えられるな」と改めて思いました。

『城』は、ある寒村の城に雇われた測量士の主人公Kが、一向に城のなかに入ることができず、さらには厄介なよそ者扱いをされるなど、村独特の論理に翻弄される様子を描いた作品です。

権力の象徴である城の中枢になかなか入り込めずに苦労する主人公の姿が、正社員として働きたいのに、いつまで経っても非常勤や非正規社員のまま。将来を考えると不安は増すばかり――という現代の雇用問題と重なって見えたのです。

このようにひとつの小説がより深く、より豊かな学びや気づきを与えてくれるようになるのです。

 

これらのシミュレーションは、あくまで私の読み方です。小説のどの部分をどう引き寄せるかは読む人の自由ですし、解釈も人それぞれでかまいません。

重要なのは、小説のなかの事象を現実に引っ張り出して、「自分の場合は」「もし現実の話だとすると」と、自分の人生や自分を取り巻く社会のあらゆる場面に重ね合わせながら読むことです。

小説と自分の生きる現実の世界をリンクさせることで、小説も人生も、どちらにもより深みを感じることができるのです。

関連書籍

齋藤孝『大人の読解力を鍛える』

人間関係におけるトラブルの多くは、相手が「何を伝えたいか」「何を言いたいか」を正しく理解できていないことから発している。情報が複雑に飛び交う現代だからこそ、言葉を、言葉の集合体としての情報を、正確に読み解く力が不可欠なのである。本書では具体的なテキストを挙げながら、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといったコミュニケーション全般のスキル向上を目指す。社会人必読の一冊。

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大人の読解力を鍛える

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齋藤孝

1960年、静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程等を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『身体感覚を取り戻す』で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞)がシリーズ260万部のベストセラーになり日本語ブームをつくった。Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。『15分あれば喫茶店に入りなさい』『イライラしない本』など著書多数。累計発行部数は1000万部超。

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