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夜のオネエサン@文化系

2023.01.29 更新 ツイート

つまらない病からの脱却~『劇場版 センキョナンデス』 鈴木涼美

行儀良く真面目なんてできやしなかったタイプの学生には、新卒である必要も大義がある必要もないので、どこかの企業なり団体なりで、一度はいわゆるサラリーマンになることを勧めることにしている。別に仕事が自分が本当にやりたい仕事じゃないとか割とどうでもよくて、自分の専門性が活かせるとか、世のためになるとかいう必要はなく、むしろ居心地が良すぎると同じ場所に長居しすぎるし、同じ場所に長くいるとその場所に合わせて順応してしまって根本的な違和感を感じないほど愚鈍になるので、ちょっと不本意くらいでちょうど良い。

 

人生一回きりなのにそんな遠回りはもったいないと思うかもしれないけど、若い時間を数年間奪われてでも、会社員の醍醐味、つまりいかにして無駄で退屈で興味のないことを死なずクビにならない程度に楽しんで取り組むかという問題には直面する価値がある。

総合職や正社員という謎制度のある日本の会社員の世界は、自分の好みや適性、思想や計画などとは全く無関係に仕事が割り振られ、自分の興味を一切無視した人事異動である日突然、その道が専門ですみたいな顔をしなくてはならないような場合が結構ある。そうじゃない会社もあるんだろうけど、エビに興味がなくてもブラジルでエビに命をかけることもあるし、ディズニーに興味がなくてもディズニー映画のコピーを考えるし、新宿区にしか興味がないのに葛飾区の担当になったりもする。

それが良いのは、第一に興味のなかったことに面白みを見つけて楽しむという技術が身につくから、第二に興味や関係がなかったと思っていたところに実は興味や関係があると思っていたところよりも興味や関係があるとわかることがあるからだと思う。世界がどうしようもなく苦界であっても、人生は楽しい方がいい。私の心の師である井上ひさしは退屈の海をジャブジャブジャブジャブかき分けて笑っちゃおうと歌に詠んだ。

私なんて自己認識ではどう考えても同期の中でも1位2位を争う洗練されたシティガールだったのに、研修先は埼玉県庁、最初の本配属は「地方部」という名前からして田舎くさいところだった。で、都の下水道設備更新とか、総務省の地方自治法改正とか過疎対策とか、東京でおしゃれにポップに暮らしている分には全く1ミリも関心を持つ必要のないことを、3年後にそこは私の出番とばかりに得意気にしゃしゃり出るくらいには一所懸命担当する。

当然、会社に入らなければ一生調べなかっただろうけど、若い私が想定する程度の興味や関係の範囲内で人生を終えるよりは、「つまらないけどこうすれば面白い」と「意外と面白い」を組み合わせていくことによって人生を豊かにした方がよほど楽しい。

よほど生真面目なら学生時代に全ての授業に全力で取り組むとかするのかもしれないが、多くの人間は必要に駆られた挙句、追い込まれないとなかなか興味や関係のないことを調べたりはしない。それに、多少は入れ込んで取り組まないと、どんな対象であっても楽しくはなかなかならない。携帯ゲームのように、こちらが愛情を注がなくてもこちらを楽しませてくれるものというのは大抵ロクデモナイもので、大抵は押した力の分だけしか押し返してきてはくれないし、その反応も最初のうちは鈍いのだ。別に仕事である必要はないんだけど、社内評価があまりに低いと生きづらいとか、給料もらってるとか、馬鹿にされるとネタがもらえないとか、入れ込む必然性があるとそこへは辿り着きやすい。

だから新聞社にいた時、選挙班に行くよう命令された時には、あの全候補者に前時代的な調査票配って借金取りみたいに回収して、人の名前と所属と当選回数というこの世で一番退屈な記事を作成しなきゃいけないところですか、とグレそうな気分だったのだが、そしてそもそも選挙に大した希望も持っていなかったのだが、膨大な資料と尊大な上司に追い込まれて必然的に選挙のことだけを少なくとも1日の半分 ×7カ月以上考えてみれば、たとえ例の調査票の回収みたいな最も瑣末な仕事の最中であっても、多少の面白みは感じられるようになる。

例えば新人候補について問い合わせる際の事務局の電話対応は党によって対応が全く違うし、立ち上がれ日本とか太陽の党とかネーミングセンスにもツッコミどころが満載だし、世襲や学歴の分布も見えてくる。慣れてきた最初のうちなど、氏名と本人の見た目や性格の組み合わせの妙に笑う、みたいなくだらない遊びで簡単に1日が潰れる。街頭演説など選挙活動を見に行くと、沿道の人々の中にも面白みがある。すごい感じ悪かったのに落選した時にだけ何のセンチメンタルなのかすごい良い人になる候補者なんかもいた。

私が企業のそこそこ高い給料とニックネームがパワ原さんだった上司に追い詰められないと掘り当てられなかったその面白みを勝手に発見し、追い詰められていない人にもとりあえずしゃぶりつきやすく紹介した映画『劇場版 センキョナンデス』が面白かった(2023年2月18日より全国順次ロードショー)。ラッパーのダースレイダーと芸人のプチ鹿島が選挙戦を面白がりながらカメラで追いかけるドキュメンタリー映画なのだが、実にドラマよりドラマチック。

本作が扱っている選挙は2021年衆院選(主に香川1区)と2022年参院選(主に大阪)であり、昨年のこの国の最大のニュースである暗殺事件の速報や候補者たちの反応がリアルタイムで挟み込まれるのもその一つの要因だけど、英米紙を網羅するダースレイダー氏と毎日14紙読み比べを続けているプチ鹿島氏だけに、おもしろが匂いたつ場所への臭覚が鋭い。

例えば地元新聞社の一族の出である自民党のデジタル平井氏と立民の小川氏が熱戦を繰り広げていた香川1区。小川氏が維新新人に出馬断念を迫るというネガキャンと思えるような記事をめぐりその地元新聞社に取材を申し込むと、デジタルな大臣を推す同社の指定はファックスでの質問票の提出。それだけでちょっとしたジョークが作れるが、返信として送られてきた文書には? そしてその文書の送信時間とは?

面白がりたい男二人を前に、現実ってこんなに神を下ろすのか、とも思うが、作為的に世界を作るドラマと違って目の前の世界を映すという体裁のドキュメンタリーでは、目玉をどこにつけてどこに向けるかに神の降臨はかかっているわけで、その目玉の角度を決めるのが比喩的に勘と呼ばれるもの、つまりセンスで、センスを培うのは知識と教養と性格である。急にカメラを持って選挙戦を見に行っても顔の圧の強い与党現職とかに握手されて終わる。

超大真面目に議席を争う候補者たちを追う表現者たちの目は、ふざけてはいるが冷笑していない。どちらの選挙においても、きちんとドラマチックなラストがあって、ドラマではないだけに目の前の現実のどこに笑いどこに憤るかについてある一つの選択肢を見せてくれる。

追い詰められて入れ込んでみれば面白いということ自体は分かったとしても、やはり政局に大した興味を持てない私は、なんとなく政治に疎くなりすぎないように、本作の監督二人のYouTube番組『ヒルカラナンデス』をラジオ代わりに聴きながら化粧していることがよくあるのだけど、高校や大学時代の私がこの番組や映画を見た場合、面白いけどもう少しだけ大臣のキャラや永田町の仕組み、固有名詞の背負う意味を理解していたらもっと面白いだろう、と思っていたはずだから、私の人生にはほぼ役に立たない選挙班などやらせてくれた企業にはそれなりに感謝しつつ、映画の背後に浮かび上がる小選挙区制や与野党の関係、それから街中で足を止める、清き一票を等しく持った有権者たちの民主主義への意識に想いを馳せ、春の到来を祈った。

関連書籍

上野千鶴子/鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』

「上野さんは、なぜ男に絶望せずにいられるのですか」? 女の新しい道を作った稀代のフェミニストと、その道で女の自由を満喫した気鋭の作家が限界まできた男と女の構造を率直に、真摯に、大胆に、解体する。 「エロス資本」「母と娘」「恋愛とセックス」「結婚」「承認欲求」「能力」「仕事」「自立」「連帯」「フェミニズム」「自由」「男」――崖っぷちの現実から、希望を見出す、手加減なしの言葉の応酬!

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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