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昭和の凶悪殺人事件

2022.12.10 公開 ツイート

農作業中の女性が被害に…熟女狙いの強姦殺人鬼 小野一光

高度経済成長やバブル景気に浮かれた昭和後期に起きた、25の凄惨な事件に迫るノンフィクション『昭和の凶悪殺人事件』(小野一光・著)が発売たちまち重版となり、話題だ。

今回はそのなかから「熟女好き強姦魔“第三の殺人”」を掲載。静かな農村地域で女性を次々と襲う犯人。警察はついにその尻尾をつかんだが――。

*   *   *

(イメージ写真:iStock.com/JackF)

畑で見つかった44歳主婦の白骨死体

「畑のなかに死体があります……」

昭和50年代の初秋、某県G郡の消防署にそんな電話が入ったのは午前8時過ぎのこと。

通報者はよほど慌てていたのか、警察への110番ではなく、消防への119番をダイヤルしていた。指令台の署員は相手を落ち着かせ、状況を詳しく聞くと、所轄のG警察署に通報した。

捜査員が現場へ急行すると、ミカン畑の外れに、うつ伏せの姿勢で手足を伸ばした白骨死体があった。死体は紺色のツーピースを着ており、年齢は30歳から45歳と推測される女性だった。

自他殺の判別は困難な状況だったが、死体の近くで手提げ袋が発見され、そのなかに財布が見当たらなかったことから、事件性が疑われた。

やがて死体の身元はすぐに判明する。家出人捜索願を出されていたH市の主婦、橋本加奈子(仮名)だった。44歳の彼女は、定職に就かない夫と2人の子供を抱え、パート店員として生活を支えていた。

死体発見の1カ月前、加奈子はG郡にある実家の盆の準備のために帰省しており、午後2時過ぎに実家を出て以来、行方不明となっていた。

加奈子には家出をする理由がなく、犯罪被害者となった可能性が高いため、県警はG署に捜査本部を開設。本格的な捜査が始まったのである。

農作業中の年配女性へのワイセツ事案が頻発

現場周辺の聞き込み捜査が続けられるなか、近隣のJ郡で、農作業中の年配の女性にワイセツ行為をはたらく事件が発生していたことが判明した。

それは、ミカン畑で農作業をしていた主婦の山中美由紀(仮名)が、ミカンの木の下に連れ込まれたというもので、犯人は40歳くらいの男だった。男は美由紀の激しい抵抗にあい、白い車で逃げ出したという。

(イメージ写真:iStock.com/Rostislav_Sedlacek)

しかし、それ以上の捜査の進展はなく、時間だけが過ぎていく。いつしか年をまたいで翌年になった春先のある日、捜査本部に加奈子の死体発見現場の近くで、類似する事件が起きたとの一報がもたらされた。

わずか1キロメートルしか離れていないJ郡にあるミカン畑で、農作業中の50歳の主婦が、40歳くらいの背が低い、緑色の作業着姿の男に襲われたのである。

男の作業着の胸にはマークが刺繡(ししゅう)されていたというが、その主婦はどうしても思い出すことができなかった。そのため目撃者を求めて、捜査員が近隣での聞き込みを行ったところ、その直前に隣町に住む53歳の主婦が痴漢に襲われたとの情報が寄せられた。

すぐに捜査員が被害に遭ったという熊本聡美(仮名)のもとを訪ねると、彼女は白い車に乗った男に襲われそうになったことは認めるものの、それ以外の特徴については口ごもる。

聡美の表情の変化に気付いた捜査員は、連日のように彼女のもとを訪ねては説得を重ねた。しかし5日目頃から、聡美は捜査員を家に入れなくなり、面会を拒むようになった。

そこで聡美の夫を説得する方法に切り替えたところ、地域の農業委員だった夫は、その申し出を快諾した。

「男の作業着の胸には、Xトラックという会社名と、前田(仮名)という苗字が刺繡されていたそうです」

翌日、聡美に話を聞いた夫から捜査本部に電話が入った。彼女はあまりにも鮮明に名前を記憶していたため、犯人逮捕に繋がって、自分に累が及ぶことを恐れ、証言を拒んでいたのだ。

Xトラックはすぐに割り出され、捜査員は会社の事務所を訪ねた。そこで従業員名簿の提出を求め、渡されたコピーのページをめくっていく。するとそのなかに、H市に住む前田雄介(仮名)という男の名前が認められた。

前田は39歳で、緑色の作業着をいつも着ており、白い乗用車を所有。背は低く、外見もこれまでの目撃証言と合致していた。さらに前田の旧姓は篠田(仮名)といい、前歴13回の窃盗常習者であることも判明した。

(イメージ写真:iStock.com/Yusuke Ide)

捜査本部では前田の行動をしばらく内偵することに決め、張り込みと尾行を繰り返したが、なかなか犯行に繋がる行動を見せない。そこで山中美由紀が被害に遭った事件で、逮捕することにしたのである。

強制わいせつ致傷容疑で逮捕された前田は、逮捕事件の取り調べに対して素直に自供。さらに余罪を追及したところ、7件の強姦及び強姦未遂事件を自供した。

しかしこれは、13回もの前歴を有する前田の計算が働いたものだった。殺人が警察にバレていないならば、別件だけを素直に自供して服役することで、二度と殺人で追及されることはないだろうと考えたのである。

前田の犯行手口から、殺人事件への関与の確信は深まったが、捜査本部はあと一歩を踏み出せずにいた。そこで前田の生い立ちから周辺までを調べ上げたところ、彼の年上の内妻が病弱で、彼女を一人残して服役することを憂えていることがわかった。

捜査員は内妻を入院させるために奔走し、生活保護の手続きにも手を貸した。前田はそのことを取調官から聞かされて恩義に感じ、取り調べに素直に応じる姿勢を見せるようになったのである。

しかし、それは留置場でのある出来事で一転してしまう。朝の洗面のときに、同房者がすれ違いざま「あんた、G郡の殺しで調べられるよ」と耳打ちしたのだ。

それ以来、前田は体の不調を訴え、取り調べを拒否するようになってしまう。

(イメージ写真:iStock.com/makisuke)

自慢気な殺人自供への違和感

前田の態度の変化に手を焼いた捜査本部は、ポリグラフ検査を行うことを決めた。そこで検査官が質問するなかで、白骨死体の着衣を含めた五種類の服の写真を見せ、すべてに「いいえ」と答えさせようとしたところ、前田は紺色のツーピースの写真を見るなり、あることを呟いた。

「たしか、ミカン畑で殺した女が着ていた服だ」

口に出してから、前田はしまったとの表情を見せたが、後悔先に立たず、検査官に追及された彼は観念して口を開く。

「たしかにこの服でした。G郡の殺しは、私がやりました」

その場で検査は打ち切られ、G署の取調室に戻された前田は、橋本加奈子の殺害を認め、犯行時の状況を自供したのだった。

 

それによると、昭和57年の夏、前田は女性の一人歩きを狙って車でG郡を物色していたところ、汗を拭きながら山道を下ってくる加奈子を見かけた。盛夏ということもあり、「暑いでしょう。クーラーもついてるから、車で送ってあげますよ」と声をかけ、彼女を車に乗せたのだった。

やがて車をミカン畑に停めて加奈子を強姦しようとしたが、彼女は「体の具合が悪いから」と哀願し、許しを請う。そこで前田が躊躇(ちゅうちょ)したところ、車から飛び出して逃げようとしたのである。

慌ててあとを追いかけた前田は、必死で逃げる加奈子を捕まえると、馬乗りになって下着を脱がし、強姦しようとした。すると彼女が唾を吐きかけて抵抗したため、かっとなり両手で首を絞めたところ、殺してしまったというのが、犯行のあらましだった。

死体を遺棄すると、加奈子の手提げ袋にあった財布を抜き取り、そのカネで缶コーヒーを買ったことや、自宅に帰ってから内妻に顔にできた傷について聞かれたことなど、どこか自慢気に語る前田の姿に、取調官は違和感を抱いた。

(これは初めて人を殺した犯人の態度じゃない。こいつは、他にも殺しをやっているはずだ──)

そう確信した取調官は、あえてはっきりと切り出すことにした。

「Z町の事件もお前がやっただろう?」

前田ははっとして、一瞬口ごもったが、言い逃れの言葉が浮かばない。しばらくうつむいて唇を嚙むと、口を開いた。

「すみません。Z町の事件も私がやりました」

それは、2年前の夏に、Z町の海岸でホットドッグを販売していた45歳の笠井涼子(仮名)が、松林のなかから絞殺死体で発見された事件だった。

(イメージ写真:iStock.com/Vadim Serebrenikov)

このとき前田は、やはり強姦目的でバイクに乗って町を徘徊。海岸で涼子を見かけると、松林に2時間潜んで、人影が途絶えるのを待ったのだという。

やがて深夜になり、彼女が帰り支度を始めたところで、前田は「パンをください」と声をかけた。客だと思い、愛想よくドアを開け、パンを取り出そうと涼子が背を向けたところ、前田はいきなり彼女を羽交い締めにして、近くの松林に引きずり込んだのである。

強姦しようと前田が涼子に馬乗りになると、彼女は大声を上げて抵抗した。そこで事件の発覚を恐れた彼は、とっさに両手で首を絞めると、絶命してしまったのだった。

その後、前田は周囲にあった枯れ草を涼子の死体にまんべんなくかけて隠すと、彼女の車内にあったバッグを盗み、車のエンジンキーを抜き取ってポケットに入れ、バイクでその場を離れていた。帰宅してから、前田は自分のシャツの胸のボタンが取れていることに気付いたと語る。

約2年前の犯行にもかかわらず、前田の記憶は鮮明で、彼は自身の犯行について詳細に供述した。

涼子の死体が発見された際、鑑識活動によって、枯れ草に埋もれていた緑色のボタンが採取されており、証拠保全されていた。それが前田の証言の裏付けとなった。さらに、彼の供述に基づいて涼子の車のエンジンキーも発見され、犯行の証拠品とされた。

また、先の加奈子が被害者となった事件では、前田が抜き取った財布を捨てたという場所を、4日間にわたって捜索。その財布の発見には至らなかったが、前田が顔につけられた傷については内妻から証言を得られており、本人の自供もあることから、殺人事件として立件可能との判断が下された。

捜査員が歯ぎしりした痛恨の不起訴

前田には、2人の女性に対する殺人罪のほかに、強姦未遂罪と窃盗罪も加えられ、のちの公判では求刑通りの無期懲役判決が下っている。彼はその判決について控訴せず、刑はすんなりと確定した。

だがじつは、捜査員が前田の判決結果に満足しているかといえば、そうではなかった。

というのも彼は、取り調べのなかで、3人目の女性の殺害を自白していたのだ。それはZ町の事件の2年前に発生した、60歳の鎌田サキ(仮名)がH市内の公園で絞殺された事件である。

(イメージ写真:iStock.com/Cuckoo)

取調官の追及に対して、前田は「L公園で女を殺したのも私です」と犯行を認めていた。しかし、事件が発生したのは4年前のことであり、前田の犯行に繋がる証拠品は発見されなかった。そのため前田の証言による“秘密の暴露”に当たる状況証拠のみで、検察に殺人罪で送致せざるを得なかったのである。

2件の殺人ならば無期懲役もあるが、3件となれば死刑は免れられない。

そうしたなか、前田は検察庁での取り調べが始まると、サキが被害者となった事件について、全面否認に転じたのだ。

同地検はあらゆる要素を検討したうえで、以下の3つの判断でサキの事件についてのみ、前田を不起訴処分とせざるを得なかった。

・被疑者は、検察官に対しこれまでの自白をひるがえして全面否認に転じた

・被疑者を犯人と特定する証拠がなく、罪体と被疑者を結び付ける唯一の証拠は警察取り調べ段階の自白のみである

・被疑者の自白に対する裏付け証拠は、実況見分調書、死体解剖鑑定書の客観的証拠によって、捜査官が予備知識を有している事実関係に限られており、その自白には信用性がない

それはまさしく、捜査員たちの歯ぎしりが聞こえてくるような結果だったのである。

*   *   *

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昭和の凶悪殺人事件

2022年11月10日発売、小野一光著『昭和の凶悪殺人事件』の最新情報をお知らせします。

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小野一光

1966年、福岡県生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに数々の殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。最新刊『昭和の凶悪殺人事件』のほか『冷酷 座間9人殺害事件』『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』『連続殺人犯』『限界風俗嬢』など著書多数。

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