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バイアスとは何か

2022.10.30 公開 ポスト

取調べ録画の「アングル」で裁判結果が変わる 冤罪を生む「カメラ・パースペクティブ・バイアス」藤田政博

「イケメンだと刑が軽くなる」――公正さを求められる「裁判」でも、そんなことが起こっているかもしれません。

合理的判断を邪魔し、現実を歪んだ形で認識してしまう「バイアス」。もとは人間が生き残りに有利になるため受け継いできた心理的なフィルターですが、場合によっては差別を生んだり、裁判の結果に影響をおよぼす危険性もあるそう。この「バイアス」を実例や研究結果を挙げながらわかりやすく解説する新書『バイアスとは何か』より、一部を抜粋してご紹介します。

カメラのアングルで「自白」の印象が変わる

2019年6月1日から、裁判員裁判対象事件(殺人・放火・強盗致死などの重大犯罪)を中心に、身柄を拘束された被疑者に対する取調べの全過程が録音・録画されるようになりました(一部の録音・録画はその10年ほど前から行われてきました)(警察庁、2020, 第2章)。これがいわゆる取調べの可視化です。これによって、刑事裁判で、「被疑者は捜査官に無理やり自白させられた」という被告人の主張と、「被告人は自分から反省して自発的に(任意に)自白した」という検察側の主張が真っ向から対立した場合、どちらが正しいのか、裁判官や裁判員が判断するための情報が得やすくなりました。

取調べの録音・録画の必要性は長年主張されてきましたが(たとえば、渡部保夫 [1986] など、)ようやく日の目を見たことになります。ただ、取調べの過程が記録さえされればすべて問題解決、とはなりませんでした。

取調べの録画の際に、どのような映像を録画するか、それが見る人にどのような影響を与えるかには細心の注意が必要であることがわかったからです。

(写真:iStock.com/Atstock Productions)

なぜなら、私たちは映像から強烈な印象を受けるためです。その一つが、アングルです。話をする人をどのような角度から撮影するかによって、その人が自分から自発的に話しているのかどうかの印象がかなり変わってきます。

これを、カメラの視点によるバイアスという意味で、「カメラ・パースペクティブ・バイアス」(Lassiter et al., 2001)といいます。

 

具体的には、被疑者取調べでいうと、被疑者だけをクローズアップで映した映像は、被疑者が自発的に話しているような印象を与えます。そうすると、罪を認める供述をしている場合、自分から進んで認めたように見えるでしょう。

それに対して、捜査官だけを単独で映したり、捜査官と被疑者を横から同じ大きさに映る角度で録画した場合には、被疑者一人をクローズアップで映した映像と比べると、被疑者が進んで話をしているようには見えません

このように、アングルによって被疑者の話し方の印象が変わります。それだけでなく、模擬裁判での模擬陪審の判断結果も変わったという報告もあります(Lassiter et al., 2002)。

 

この現象の原因については、社会心理学的には「誤った原因帰属」(原因を知りたくなるような現象が生じたときに原因探しをし、本当の原因とは別の現象が原因だと思い込むこと。目立つ現象を原因だと思い込むことがよくある)や、本章で取り上げた「基本的帰属の誤り」などが影響していると考えられています(Lassiter, 2010)。こういったバイアスをなくすことはできませんから、なるべく誤った判断が導かれないような録画方法と提示方法の研究が引き続き必要です。

イケメンは刑罰が軽くなる?!

刑事裁判は厳格なものです。それを適用する裁判官、陪審員、日本では裁判員といった人々は可能な限り公正であろうと努めているはずです。それは捜査や公判を担当する検察官も同様であると考えられます。

それでは刑事裁判におけるバイアスは、そのような努力によって完全に取り除かれているのでしょうか

社会心理学的な研究の結果、身体的魅力(社会心理学では身体のうち顔を問題にすることが多いため、「身体的魅力」というと多くの場合顔がハンサムであるとかかわいいということ)が高いと、より軽い刑罰が選択される傾向があるというデータがあります。ただし、容姿を武器にして犯罪を行ったと考えられる場合は逆に高くなったことが報告されています(Sigall & Ostrove, 1975)。

(写真:iStock.com/kuppa_rock)

以上も模擬のケースですので、実際の裁判で結果が異なる可能性もあるでしょう。しかし、被告人の身体的魅力は刑事裁判においてバイアスとして注意すべき要因の一つであるようです。

バイアスが生む冤罪

ここまでは、有罪となった人が、バイアスによってその後の処遇に有利になったり不利になったりすることがあるという話でした。それでは、そもそもバイアスによって有罪無罪の結論そのものが変わることはあるのでしょうか。

「法と心理学会」という日本の学会が発行している学会誌『法と心理』では、2017年に「バイアスと冤罪」という特集を組んでいます。そこでは、無罪であるはずの事案が間違って有罪になるというバイアスが存在し、有罪無罪の判断に影響する研究例と事例が紹介されています。

 

たとえば、欧米で行われた「トンネル・ヴィジョン」現象の発見と対策についての研究のまとめがあります(笹倉、2017)。トンネル・ヴィジョンとは視野狭窄という意味で、重大事件の捜査に関わる捜査官が、事件を解明しなくてはならないと強く思うことによって、ある被疑者が犯人だとされやすくなる事象です。

解決を強く願うことは捜査機関の職務執行としてぜひとも必要なことですが、それによってさまざまにありうるはずの犯人像を早い段階で決めつけてしまい、他の被疑者に対する捜査が打ち止めになる危険があることが指摘されています。この対策としては、トンネル・ヴィジョン現象が起こりにくくなるようにルールを改正すること、法執行関係者に認知バイアスについて知ってもらうこと、捜査において二重盲検法(刑事事件の取調べにおいては、取調べ担当官も事情聴取対象者も、捜査機関が持っている犯人についての仮説を知らない状態で取調べを行うこと)を活用することなどが提案されています。

(写真:iStock.com/FOTOKITA)

こうした現象を踏まえると、バイアスによって誤って有罪となっている可能性は日本にも存在していることが示唆されるのです。

自分自身の認知や生活が多少うまくいかないという程度であれば、バイアスが存在することもそれほど大きな問題にはなりません。しかし人の一生を左右する刑事裁判の有罪無罪においてこのようなことが生じているのだとすれば、放置しておくわけにはいきません。

人間の判断にバイアスがどのように影響しているのかという研究が重要な意味を持ちうるのには、このような事情もあるのです。

*   *   *

この続きはちくま新書『バイアスとは何か』をご覧ください。

藤田政博『バイアスとは何か』

物事を現実とは異なるゆがんだかたちで認識してしまう現象、バイアス。それはなぜ起こるのか、どうすれば避けられるのか。本書では、現実の認知、他者や自己の認知など日常のさまざまな場面で生じるバイアスを取り上げ、その仕組みを解明していく。探求の先に見えてくるのは、バイアスは単なる認識エラーではなく、人間が世界を意味づけ理解しようとする際に必然的に生じる副産物だということだ。致命的な影響を回避しつつ、それとうまく付き合う方法を紹介する画期的入門書。

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バイアスとは何か

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合理的判断を邪魔し、現実を歪んだ形で認識してしまう「バイアス」。もとは人間が生き残りに有利になるため受け継いできた心理的なフィルターですが、場合によっては差別を生んだり、裁判の結果に影響をおよぼす危険性もあるそう。この「バイアス」を実例や研究結果を挙げながらわかりやすく解説する新書『バイアスとは何か』より、一部を抜粋してご紹介します。

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藤田政博

1973年生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業、同修士課程修了。北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。政策研究大学院大学准教授などを経て、現在は関西大学社会学部教授。専門は、社会心理学、法と心理学、法社会学。著書に、『司法への市民参加の可能性──日本の陪審制度・裁判員制度の実証的研究』(有斐閣)、『Japanese Society and Lay Participation in Criminal Justice』(Springer)、『裁判員制度と法心理学』(共編、ぎょうせい)、『法と心理学』(編著、法律文化社)などがある。

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