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息苦しくない人間関係

2022.06.27 更新 ツイート

「階級を固定する」ネットの統制から逃れる方法 東浩紀

コロナ禍によって、「偶然の出会い」を極端に減らされました。家族と家で過ごすことが推奨され、出かけるときは事前の予約が必要に。たまたま出かけた先で知らない人と出会う機会がなくなりました。ですが、この「リアル」での「偶然」がいかに貴重なものか――。思想家東浩紀さんによる『弱いつながり 検索ワードを探す旅』は、2014年に出版されたものですが、今あらためて読むと、人生に「偶然」を取り戻したいと切に思います。冒頭の「はじめに」をご紹介します。

(写真:iStock.com/patpitchaya)

「弱い絆」があなたの人生をかけがえのないものにする

ネットは階級を固定する道具です。「階級」という言葉が強すぎるなら、あなたの「所属」と言ってもいい。世代、会社、趣味……なんでもいいですが、ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディアがネットです。

 

グーグル検索のカスタマイズは、すでにかなり進化しています。あなたがなにか調べ物をするとき、「〇〇さんだったらこんなことを知りたいだろう」とまえもって予測検索をしてくれる。この技術は今後ますます進むでしょう。自由に検索をしているつもりでも、じつはすべてグーグルが取捨選択した枠組みのなか。ネットを触っているかぎり、他者の規定した世界でしかものを考えられない。そういう世界になりつつあります。

とはいえ、ぼくたちはもうネットから離れられない。だとすれば、その統制から逸脱する方法はただひとつ。

グーグルが予測できない言葉で検索することです。

ではそのためにはどうすればよいか。本書の答えはシンプルです。場所を変える。それだけです。

検索ワードは、連想から生じてきます。脳の回路は変わりません。けれどもインプットが変われば、同じ回路でもアウトプットが変わる。連想のネットワークを広げるには、いろいろ考えるより、連想が起こる環境そのものを変えてしまうほうが早い。同じ人間でも、別の場所でグーグルに向かえば、違う言葉で検索する。

そしてそこには、いままでと違う世界が開ける。

世界は、検索ワードと同じ数だけ存在するからです。

 

本書は自己啓発本のように見えるかもしれません。わざとそのように作りました。けれども、自分探しをしたいひとにはこの本は必要ないと思います。

そもそも、自分探しをしたいのなら本を読む必要はないのです。旅に出る必要もない。単純にあなたの親を観察すればいい。あるいは生まれた町や母校や友人。「あなた」はすべてそこにある。人間は環境の産物だからです。

だからこそ、自分を変えるためには、環境を変えるしかない。人間は環境に抵抗することはできない。環境を改変することもできない。だとすれば環境を変える=移動するしかない。

これは単純です。けれども意外と実践されていない。人間はみな自分の能動性を信頼しすぎているからです。たとえば、あなたがいま中学生で、有名大学──まあどこでもいいですが、東京大学に行きたいと思ったとしましょう。そのためにもっとも重要なことはなにか。人気参考書を読むことでしょうか。有名予備校に通うことでしょうか。生活習慣を変えることでしょうか。

端的に言うとすべて違います。もっとも効果が高いのは、東大合格者数の多い高校に通うことです。つまり、東大に行く確率がもっとも高い環境に身を置くことです。

東大は、合格者の現役率が高く、さらにそのなかでも有名進学校出身者が多いことで知られています。要は、一部の有名高校から、浪人もせずにさくっと合格した人々が多い大学です。それでは、それら有名高校の生徒たちは特別に優秀だったのでしょうか。そうでない、とは言いません。けれども、それ以上に、まわりに東大に受かるひと、受かったひとがたくさんいるため、東大に入るノウハウが手に入りやすかったことが大きいと思います。

有名高校に身を置くと、どの予備校に行けばいいか、どの参考書を使えばいいか、迷う必要がない。まわりがやっていることをやればいいだけです。これだけで相当に負荷は軽くなります。「どのように勉強したらよいのか」がわかれば、あとはルーチンをこなせばいい。

これはぼく個人の経験でもあります。ぼくはある進学校を卒業しています。当時もいまも、卒業生の半分が現役で、浪人を入れれば三分の二が東大に入る学校です。三分の二が入る、というのはつまり、成績が下のほうでも東大に入ってしまうということです。彼らがみなほかの高校でトップクラスの成績を取ることができたかといえば、そうは思いません。環境が、彼らを東大に入れているのです。

同じことは、受験以外にも言えます。批評家としてさまざまなかたにお会いしました。お金持ちもいれば世界的なクリエイターもいました。つねに思うのは、人間は環境が作るということ。お金持ちと付き合っていれば、自然とどうやったら金が入るのかがわかり、自分もお金持ちになる。クリエイターと付き合っていれば、自然とどうやったらものを作れるかがわかり、自分もクリエイターになる。人間とは基本的にはそういう生物です。例外は「天才」と呼ばれますが、多くのひとは天才ではありません。


ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは、あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。

そして、多くのひとは、「自分が求めること」と「環境から自分が求められると予測されること」が一致するときこそ、もっともストレスなく、平和に生きることができます。進学校に通う受験生がその一例です。これは悪いことではありません。繰り返しますが、人間はそういう生き物なのです。

しかしそれでも、多くのひとは、たったいちどの人生を、かけがえのないものとして生きたいと願っているはずです。環境から統計的に予測されるだけの人生なんてうんざりだと思っているはずです。

ここにこそ、人間を苦しめる大きな矛盾があります。ぼくたちひとりひとりは、外側から見れば単なる環境の産物にすぎない。それなのに、内側からはみな「かけがえのない自分」だと感じてしまう。それは哲学的に言えば「主観」と「客観」、あるいは「実存」と「構造」、もう少し最近の哲学風に言えば「分子的」と「モル的」の違いということになりますが、そんな用語を使わなくとも、みないちどは感じたことがある矛盾ではないかと思います。

その矛盾を乗り越える──少なくとも、乗り越えたようなふりをするために有効な方法は、ただひとつ。

もういちど言いますが、環境を意図的に変えることです。環境を変え、考えること、思いつくこと、欲望することそのものが変わる可能性に賭けること。自分が置かれた環境を、自分の意志で壊し、変えていくこと。自分と環境の一致を自ら壊していくこと。グーグルが与えた検索ワードを意図的に裏切ること。

環境が求める自分のすがたに、定期的にノイズを忍び込ませること。


抽象的な話ではありません。これはじつはビジネス書にも書いてありそうな、実践的な話でもあります。

アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェターが一九七〇年代に提唱した有名な概念に、「弱い絆(ウィークタイ)」というものがあります。グラノヴェターは当時、ボストン郊外に住む三〇〇人弱の男性ホワイトカラーを対象として、ある調査をしました。そこで判明したのは、多くのひとがひととひとの繫がりを用いて職を見つけている、しかも、高い満足度を得ているのは、職場の上司とか親戚とかではなく、「たまたまパーティで知り合った」といった「弱い絆」をきっかけに転職したひとのほうだということでした。深い知り合いとの関係よりも、浅い知り合いとの関係のほうが、成功のチャンスに繫がっている。

これはいっけん奇妙な結果に見えますが、ちょっと考えてみると当然のことだとわかります。

かりに、いまみなさんが転職を考えているとしてみてください。そのとき、友人や同僚は、みなあなたの現職を知っているし、性格や能力も知っています。だとすれば、どうしても、あなたにとっても予測可能な転職先しか紹介してくれません。

それに対して、「パーティでたまたま知り合ったひと」はあなたのことなんてなにも知らない。知らないがゆえに、まったく未知の転職先を紹介してくれる可能性があります。それはすごい勘違いである可能性もあるけれど、あなたが知らないあなた自身の適性を発見できる可能性もあるのです。

この「弱い絆」の話は、社会のダイナミズムを考えるうえでとても重要な概念で、最先端のネットワーク理論でもよく参照されています。


つまりは、人生の充実のためには、強い絆と弱い絆の双方が必要なのです。

いまのあなたを深めていくには、強い絆が必要です。

けれどもそれだけでは、あなたは環境に取り込まれてしまいます。あなたに与えられた入力を、ただ出力するだけの機械になってしまいます。それを乗り越え、あなたの人生をかけがえのないものにするためには、弱い絆が不可欠です。

世のなかの多くのひとは、リアルの人間関係は強くて、ネットはむしろ浅く広く弱い絆を作るのに向いていると考えている。でもこれは本当はまったく逆です。

ネットは、強い絆をどんどん強くするメディアです。ミクシィやフェイスブックを考えてみてください。

弱い絆はノイズに満ちたものです。そのノイズこそがチャンスなのだというのがグラノヴェターの教えです。けれども、現実のネットは、そのようなノイズを排除するための技法をどんどん開発しています。いまのネットでは、「パーティでたまたま隣り合って、めんどうだなと思いながら話しているうちにだれかを紹介される」という状況を実現するのがとてもむずかしい。めんどうだ、と思ったら、すぐにブロックしたりミュートしたりできるからです。

ではぼくたちはどこで弱い絆を、偶然の出会いを見つけるべきなのか。

それこそがリアルです。

身体の移動であり、旅なのです。

ネットにはノイズがない。だからリアルでノイズを入れる。弱いリアルがあって、はじめてネットの強さを活かせるのです。

 

※続きは、『弱いつながり 検索ワードを探す旅』をご覧ください。

東浩紀『弱いつながり 検索ワードを探す旅』

「かけがえのない個人」など存在しない。私たちは考え方も欲望も今いる環境に規定され、ネットの検索ワードさえグーグルに予測されている。それでも、たった一度の人生をかけがえのないものにしたいならば、新しい検索ワードを探すしかない。それを可能にするのが身体の移動であり、旅であり、弱いつながりだ――。SNS時代の挑発的人生論。

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東浩紀

一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』「ゲンロン」(以上、ゲンロン)なども刊行。

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