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帆立の詫び状

2022.06.19 更新 ツイート

バーキンを求めて

趣味は何ですか 新川帆立

よく訊かれて困る質問がある。「趣味は何ですか」というものだ。

以前ならば「麻雀」と答えていた。だが最近はコロナの影響もあり、麻雀をする機会はがくんと減ってしまった。趣味は麻雀と答えるのもおこがましい状態だ。

 

本音を言えば、趣味は「バッグを愛でること」である。このエッセイ連載を以前から読んでくださっている方は、私のバッグ偏愛ぶりをご存じかと思う。最近では、エルメスパトロール(通称「エルパト」)をするのがもっぱらの気晴らしになっている。

 

 

不肖生意気ながら、バーキンを探しているのだ。

 

作家デビューが決まった時、次の目標を「自著累計100万部突破」と定めた。一つの作品で100万部を超えるのは難しいが、こつこつ書いて作品数を重ねれば、累計100万部は夢ではない。100万部を目指してたくさん書いていこうと思った。そして100万部を突破したら、夢のバーキンを買うのだ、と決めていた。

ミーハーではあるが、バッグ好きにとってバーキンはどこかで超えなければならない壁である。だが単にお金を出して買えばいいというものではなく、バーキンに見合うだけの仕事をしてはじめて、胸を張って所持できる。その「そろそろバーキンを持ってもいいよね」というラインが、私にとっては100万部突破なのである。

そして、デビューから1年5カ月が経過した2022年6月現在、自著累計95万部まできている。ついにバーキンに王手がかかった。ここまで来たらもう誤差範囲である。バーキンを見つけ次第、購入しよう。そう決めて、エルメスの店をまわった。

 

だが、(エルメス愛好家にとっては常識なのだが)バーキンにはなかなか巡り合えない。店頭に並ばないので、販売員さんに「バーキンの入荷はありますか?」と訊いて、在庫確認をしてもらう。そしてその在庫というのが、あった試しがない。百貨店に入っているエルメスだと、外商がお得意様のために在庫を押さえているという話も聞く。路面店であっても、おそらく大口顧客のための在庫確保が行われているだろう。私のような「流し」の客には在庫が回ってこないのだ。

とはいっても、可能性はゼロではない。実際にバーキンを所持している人や販売員さんたちからも聞いたのだが、在庫さえあれば「流し」の客にもバーキンを売ってくれるようなのだ。タイミングさえよければ、ということである。

↑すごく寒かったシカゴの冬(上)が終わり、最近は花が咲くようになりました(下)

私は粘り強くエルメスをまわった。銀座、日本橋、横浜、梅田、博多、ボストン、シカゴ、ラスベガス……日本各地、米国各地のエルメスである。出張や旅行でどこかに出かけるたびにエルパトをしている。〆切を一つ終えたらエルパト、もう一つ終えたらエルパト。どうせ在庫はないと分かっているのに、一縷の望みをかけてエルパトしてしまう。シカゴの店舗では在庫を尋ねるたびに、(なぜか)綺麗なブリティッシュイングリッシュで“No, we do not have any.”と言われる。これは結構強い断り文句だ。一日に何度も同じことを尋ねられるのだろう。もはや販売員さんに”No.“と言われるのがちょっと癖になってきて、自宅からエルメス店舗まで徒歩30分の道を往復するのが、散歩コースのようにもなっている。

 

ここまで探して、どうして見つからないのか。銀座の中央通りを歩いてみてほしい。10分、15分のあいだに、バーキンを持っている人を何人も目撃するだろう。こんなに持っている人がいるのに、どこにも売っていない。みんな一体、どこで買っているんだ。皆さん、エルメスの大口顧客なのですか。世の中にはそんなにお金持ちが多いのですか……。

 

100万部を突破したらバーキンを買おうと思っていたが、100万部を突破することよりもバーキンを買うことのほうが難しいではないか。失意で膝が抜けそうになりながらも、やはり諦めきれずエルメスをまわる。ここまでくると意地である。思えば、エルメスに出入りするようになってから5年ほど経つが、一度もバーキンに出会えたことがない。最近はコロナによる物流難で、バーキンどころか他のバッグの在庫もままならない状態だ。

 

実は、バーキンを手に入れることだけを目指せば、他に手段はある。ぱっと浮かぶだけでも二つの方向性がある。

 

第一に中古で手に入れるということだ。新品はほとんど出回っていないのに、中古市場にはたくさん在庫がある。質屋やブランドショップにも売っているし、メルカリにも多数出品されている。アメリカでは”the RealReal”という中古売買プラットフォームがあり、毎日のようにバーキンが売りに出ている。

もう新品は諦めて中古で買ってしまおうかと何度も思った。しかし、中古で買っては負けだ、と胸のうちでささやく声もある。

 

中古品が悪いというわけではない。前の所有者が大切に使ったものなら、こちらも気持ちよく使うことができる。廃版になったモデルやヴィンテージの品など中古でしか手に入らないものもある。

だがバーキンの場合、中古なのに、新品より高値がついているのが気に入らない。生産量の少なさと流通の偏りによって、妙な稀少性が生じ、中古市場が歪んでいる。人工的な稀少性と市場のゆがみによって吊り上げられた値段を払うのが、お金の使い方としてどうしても我慢ならない。だからいつも、いっそ中古で買ってしまおうかと思いながらも、思いとどまっている。

 

第二の方向性として、エルメスでたくさん買い物をして顧客として認めてもらうことがある。同じ店舗で同じ販売員から一定額以上の買い物をし続ければ、担当がつく(=顧客として認めてもらえる)だろう。

 

しかしこの道も歩みたくない。私はバッグ愛好家だが、コレクターではない。あくまで実用品として自分が使うものしか所持したくない。デザインが気に入っていて、芸術品のようにリスペクトしている品物でも、自分の体型や生活環境に合わないものは買わない。画像検索をして「素晴らしい品だ……いいバッグだ……」と愛でるだけである。

そうすると、買い物をしたところで、大口顧客になるほどの金額を使うことはない。欲しくないものは買わないというシンプルな話だ。

 

結局「流し」の客のまま、わずかな可能性にかけて、バーキンを探しつづけるしかない。正直もう諦めかけているが、もはやバーキンを探すこと自体が趣味になりつつある。

 

初対面の人に「趣味はバッグを愛でること、最近は特にバーキンを探すことです」と言っても、ぽかんとされるだろう。だから趣味を訊かれると、「(エルメスに行って在庫を尋ね、“No.”と言われて帰ってくる)散歩……ですかね」と言葉をにごすことになるのだ。

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帆立の詫び状

原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。

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新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。

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