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ヒビコレセーフ! ヒビコレアウト?

2014.05.31 更新 ツイート

第7回

近しい親族が亡くなったら……散骨はアリか?ナシか? 水無田気流

散骨は脱墓石化運動のはじまり!?

 墓とは、消費者目線で見ると、自分で買っても管理することはできない究極の商品である。たとえば、「永代供養」も永代ではなく、供養費3~5年の滞納で無縁墳墓に移されてしまうという。森謙二は、このような不条理を避け、人間の「死後の尊厳」を守るために、墓の「有期限化」「共同化」「脱墓石化」を論じている (*1)。たしかに、「永代」を謳っても、永遠に管理してくれる子孫が近郊にいるとは限らないので、いっそ期限を定め、時期が来たら共同墓地へ移動したほうが管理者の負担は小さい。墓石に刻まれた家名を守るべし、との負担があまりに大きければ、昨今話題の樹木葬などにするという方法もある。上述した散骨も、見方を変えれば脱墓石化運動の一環ともいえよう。

 ただ、問題は残されている。まず、安易な散骨は法に触れてしまう可能性がある。死体等遺棄罪では、「遺骨」を「遺棄」すると3年以下の懲役刑となってしまうからだ。法務省の非公式な見解では、散骨が「節度をもって行われる限り」違法性はないとされたそうだが、これが直ちに散骨の合法性を保証するかというと、難しいところである。散骨業者のように、粉状にして遺骨と分からないようにする、何かにしっかり包む、といった工夫が不可欠のようだ、また、上述した墓埋法では、焼骨の埋蔵は墓地以外の区域にしてはならないと明記してあることから、墓地以外の場所に「埋める」のはNGである。

 ……ものすごくややこしいのだが、要するに熱海市の事例は、たしかに業者からしてみれば節度をもっての散骨ということになるのだろう。だが、先に述べた住民は、遺骨が風で飛んでくるのを懸念していた。いや、散骨の名だが飛び散らないようにする散骨で、でも埋めるわけではないから埋蔵ではなく散骨だが、その散骨とこの場合の散骨は違う……ということらしいのだが、要はこの問題、言葉と法制度と生活感情の交叉点に立っているのである。

 知人の間からも、散骨に興味をもち、お墓を管理する子どもや孫に負担をかけるくらいならば……と調べてみて、その結果あまりにもややこしいので断念した、といった話はちらほら聞こえてくるようになった。子どもたちに一般的な管理の面倒をかけたくないと思ってのことなのに、かえって広大なグレーゾーンの広がりに、一般的な墓のほうが面倒くさくない、となってしまうのだそうである。それぐらい、冠婚葬祭の「普通」は強固、なのかもしれない。一方、現在散骨への関心はタブー意識を踏み越えて、高まりを見せている。

もしも近しいあの人が生前散骨を希望していたら……

 さて今回、読者のみなさまにぜひうかがいたいのは、散骨のアリナシである。おそらく、今や友人・知人が散骨を希望した、といった場合、とくに忌避感を抱く人はあまりいないだろう。本人の意思を尊重すべき、という意見が多数派ではないかと思う。だが、もし自分が管理すべき近しい親族が散骨希望を言い残していたら? たぶん、一般的な埋葬以上に面倒な手続きが待っているだろうし、熱海市の事例のように、地域住民の反対まで沸きあがってしまうこともある。第一、墓参りに行かれないのは、それなりに寂しい。

 わが家も、早めに私の母が亡くなってしまったのだが、息子は会ったことのない「おばあちゃんのお墓参り」が大好きである。墓は普段離れて暮らす家族が集まる、ささやかな止まり木のような役割も果たしているように思う。神妙な顔をして手を合せている息子を見ると、墓というのも生者にとって必要なもののような気もしてくる。もっとも、この子が大人になり、仕事をもち、新しい世帯をもったときに、こんな風に喜んで墓参りに来られるかなあ、とも思うのだが……。

 さらに、もし母が生前散骨を希望していたら、どうしようとも思う。おそらく本人の希望なので、一生懸命調べて可能な限りかなうようにしたとは思うが、今回のように私が仕事を怠けていたら、娘の墓参りを待たず、千の風になってシートノックを浴びせてきたかもしれない。やはり、お墓に安置されているほうが、(私の場合)安心かもしれない……。一方で、やはり家墓の管理を息子に背負わせることを考えると、もう少し手続きが面倒でなくなれば、自分は散骨でもいいかな、とも思う。正直、この問題についてはなかなか答えが出ない。

 ともあれ、読者のみなさまにうかがいたい。果たして、親しい親族が散骨を希望したら、その希望に沿うのはアリか、ナシか……!? 今回は、ヘビーなアリナシでごめんなさい。
 

*1 森謙二、2000『墓と葬送の現在―祖先祭祀から葬送の自由へ』東京堂出版

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それっていいの? 正しい? 幸せになれる? 大丈夫―――!? どう判断していいのかわからない、日本の難問、日々の課題。気鋭の社会学者が予断を排してわけいります!

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水無田気流

1970年神奈川県生まれ。詩人、社会学者。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。立教大学社会学部兼任講師。著書に『無頼化する女たち』(亜紀書房)、『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』『平成幸福論ノート』(以上、田中理恵子名義、光文社)、『女子会2.0』(共著、NHK出版)など。詩人として『音速平和』で中原中也賞、『Z境』で晩翠賞も受賞している。
http://d.hatena.ne.jp/minashita/

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