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量子で読み解く 生命・宇宙・時間

2022.02.11 公開 ツイート

生命の営みを支える「量子効果」。量子がなければ宇宙の秩序は崩壊する 吉田伸夫

物質や光などを極限まで小さく分けた最小単位を「量子」と呼び、私たちの身の回りにある物質は全てこの量子からできています。しかし量子には謎が多く存在し、そもそも量子が一体どのような姿をしているのかもわかっていません。教科書を開けば「量子とは波であると同時に粒である」という一見して矛盾した記述がされており、多くの学習者を悩ませてきました。量子の世界で、一体何が起きているのでしょうか。発売後たちまち重版となった『量子で読み解く生命・宇宙・時間』の一部を抜粋して紹介します。

(写真:iStock.com/dell640)

生物が活動できるのは量子効果のおかげ

世界は美しい。だが、なぜ美しいのか?

例えば、こんな世界は美しくないだろう。辺りを見回しても、形あるものは何もない。ただ、ガスや泥のように、とりとめなく変化し続けるばかり。そんなドロドロでグニュグニュの世界。想像しがたいかもしれないが、世界とは本来、そんな姿になってもおかしくないのだ。

物質には、形があるのが当たり前で、形がないのは例外だと思われるかもしれない。しかし、それは地球の表面にへばりついて生きている人類の偏見である。

宇宙全体を見渡すと、物質の大部分は、プラズマ(高温のため原子が電離して荷電粒子の気体となったもの)や暗黒物質(電荷を持たないため原子を形成しないガス状の物質)のように、形のないものである。

重力の作用で球状にまとまった恒星、あるいは、渦巻きや楕円体の形に星やガスが集合した銀河には、形があると言ってもいいだろう。しかし、宇宙に存在する天体が、球や渦巻きよりも高度な幾何学図形を形作ったり、さまざまな機能を実現する合目的的なシステムだったりすることはない。規則的と言えるのは、せいぜい、同心球の層に分かれた星の内部構造くらいである。

それでは、われわれの周囲にある物質が、しばしば長期にわたって複雑な形態を維持し、生命体のように精妙な組織を形作れるのはなぜだろうか?

この問いに答えるのが、「量子論」という物理学の分野である。量子論によってはじめて説明が可能になる物理的な効果――「量子効果」と呼ばれる――、物質に関わるあらゆる物理現象に見られる。物質に形や大きさがあるのも量子効果である。われわれが住んでいるのが、生命を宿し複雑精妙なできごとに満ちあふれた美しい世界であるのは、量子効果のおかげである。

これまでの物理学は生命の謎を説明できなかった

古典的な物理学の規範とされたニュートン力学は、物体が運動方程式に従って真空中を動き回るという形式になっていた。これは、時計のような機械仕掛けや惑星の公転など、決まり切った動きを説明するには便利な理論だが、複雑な構造を生み出す現象に対しては、ほとんど無力である。ニュートン力学に支配され量子効果が無視できる世界でも、ある種の“形“が現れることがある。

典型的な例として、風紋を取り上げよう。風紋とは、小さな砂粒が地面を覆った砂砂漠や砂丘の表面に見られる帯状の模様である。

風紋がなぜ形成されるのか、大ざっぱなメカニズムは、初等的な物理学で説明できる。砂粒が水平に敷き詰められた領域に、同じ向きに風が吹いている場合を考えよう。風速が臨界値を越えると砂粒が表面に沿って動き始め、さらに風の勢いが増すと宙に飛び出す。ただし、一般的な砂粒は、粒が微細な黄砂のように浮遊し続けることはなく、10センチかそこら飛行すると、重力の作用を受けて落下する。

砂地の表面が、何らかの理由で数センチ程度の範囲で盛り上がっていたとしよう。風上側の斜面では砂粒が移動し、最も高くなった地点から飛び出す。この砂粒が、10センチほど離れた地点に降り積もって、新たな盛り上がりを作る。一方、風下側の斜面では、砂粒はあまり移動しない。また、飛行の向きは風向に応じて変動するので、降り積もる地点は横方向に広がる。

砂地のどこかに偶然生まれた盛り上がりがあると、その風下には横に広がった盛り上がりが生まれる。こうした過程が連鎖的に続いた結果として、砂地の表面に、畝のような形が何筋も形成される。これが風紋である。風が吹き続けると、盛り上がりの頂上が崩れたり、表面を移動する砂粒が風下側に押し出されたりするため、風紋は、高さがあまり変わらないまま筋の形を刻々と変化させていく。

風紋が描き出す模様は、抽象的なアートのようで見ていて飽きない。しかし、いくら美しい模様が作られるからと言って、風紋がいつか進化を遂げ、風紋生命を誕生させることは、あり得ない。

なぜ風紋は生命に進化できないのか?その理由は、安定した構造が形成できないことにある。

風紋は、人の目に美しい模様を見せてくれる。しかし、風に吹き飛ばされては着地するという頼りない過程が刹那的に生み出す形態であり、変化し続けるばかりで安定性に欠ける。

物理学で言う「構造の安定性」とは、大理石彫刻のように堅牢で変化しないのではなく、わずかに変形させても自然に元に戻ることを意味する。ヤジロベエのようなメカニズムだが、人間が設計した工作物ではなく、「自然に」という点が重要である。こうした構造安定性は、多くの場合、量子効果の現れである。

関連書籍

吉田伸夫『量子で読み解く生命・宇宙・時間』

生命は活動し、物体は形を持ち、時間は流れる。物質や光の最小単位・量子は、これらのあらゆる現象と関わりを持つ。だが量子には謎が多く、運動方程式など、私たちが住むマクロ(巨視的)な世界の物理法則が通じない。その正体すら判別できず、教科書でも「粒子であり波でもある」という矛盾を孕む説明がなされる。本書では「粒子ではなく波である」という結論から出発し、量子を巡る事象の解明に挑む。細胞の修復、バラバラに砕けない金属、枝分かれしない歴史……こうした世界の秩序は量子が創っていた――。日常の見え方が変わる一冊。

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量子で読み解く 生命・宇宙・時間

2022年1月26日刊行の『量子で読み解く 生命・宇宙・時間』の最新情報をお知らせいたします。

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吉田伸夫 理学博士

1956年、三重県生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。理学博士。専攻は素粒子論(量子色力学)。科学哲学や科学史をはじめ幅広い分野で研究を行っている。ホームページ「科学と技術の諸相」(http://scitech.raindrop.jp/)を運営。著書に『明解量子重力理論入門』『明解量子宇宙論入門』『完全独習相対性理論』(いずれも講談社)『宇宙に「終わり」はあるのか』『時間はどこから来て、なぜ流れるのか?(ともに講談社ブルーバックス)、『光の場、電子の海』(新潮選書)、『素粒子論はなぜわかりにくいのか』『量子論はなぜわかりにくいのか』『科学はなぜわかりにくいのか』『この世界の謎を解き明かす 高校物理再入門』(いずれも技術評論社)など多数。

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