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政治を語ろう

2021.12.09 公開 ポスト

アクティビストの日常、お茶会で気づいた大切なこと富永京子

6日(月)から臨時国会がスタート。様々な議題がまた国会にあがることになりますが、選挙が終わるとなんとなく政治が遠くなる、政治の不満は時折Twitterでつぶやくくらい、という人たちも多くなるかもしれません。とはいえ、そもそも投票やTwitterデモ等で意志を表明する以外、日常的に政治とかかわる形(運動)などあるのでしょうか。世界のアクティビストたちのライフスタイルに詳しい社会学者の富永京子さんに、もっとカジュアルで身近な“政治生活”についてうかがいました。

 
(写真:iStock.com/Paolo Paladiso)

私は「社会運動」という現象の研究者です。定義は色々ですが、ひとまず「社会を変えるために行う活動」くらいの意味で捉えてもらえるといいかな、と思います。日本だと、署名とか、最近流行りのツイッターでのハッシュタグキャンペーンとか、路上でのデモなんかがよく想像されるのですが、特定のNGOやNPOに入って寄付を集めるとか、社会人の方なら労働組合に入って経営側の人と交渉をするとか、それも社会運動です。

社会運動研究者としては珍しく、私は社会運動をやったことが殆どありませんし、なにか団体に入っているわけでもありません。正直、Twitterなどで政治的な発言をするのも、特定の政治家や政党のファンの人に絡まれるのが嫌なのであんまりしたくないですし、たまに政治的なことを書いてもすぐ消してしまったりします。

ただ、そんな私でも「社会運動に参加した」と言える出来事があります。それは、10年近く前にイギリスで参加したあるお茶会でした。このお茶会は少し変わっていて、参加者が円形に座って、それぞれに自己紹介するところから始めます。

参加者は約30名程度でしたが、日本から来た参加者は私一人でした。つたない英語で自己紹介しつつ、「英語が下手で申し訳ないけれど……」というと、多くの人々が「それはあなたが申し訳なく思う必要はないし、気にするべきではない」とスピードの遅い英語で声をかけて下さいました。

実はこれが既に、彼らの「社会運動」なのです。

これのどこが社会運動なんだよと感じられる人もいるかもしれませんし、私も運動の研究をしていなければピンと来なかったかもしれません。このお茶会は、1999年代以降に見られる「オルター・グローバリゼーション運動」の一環として始まった活動で、もう少し大規模なものになると、キャンプやパーティーになることもあります。そこでは、障害を持った人でも参加しやすいように作り変えたルールのサッカーをやったり、トイレや寝室を男/女の二つだけでなく、誰でも使えるものを増やしたりしていきます。みんなでの生活を通じて、「多様性」や「異質性」を実現し、今の社会では「マイノリティ(少数派)」になってしまう人々が生きやすい社会を模索していく試みなのです。

 

イギリスでの私の経験に話を戻すと、このお茶会において、私は言語的な面での、いわゆる「マイノリティ」だったと言えます。だからこそ、私を置いていかないために、身振り手振りを多くしたり、筆記具を用意したりといったことが、参加者の人々にとっての「社会運動」だったのです。

もちろん、こうしたお茶会のような社会運動にも、ところどころで今の社会の習慣がまかり通ってしまうことはあります(私が「申し訳ない」と謝ったのも、ある種「できないやつが謝るべき」という社会の習慣を踏襲していたからでしょう)。このお茶会では、手作りの菓子や紅茶が振る舞われたのですが、汚れた食器の洗浄はもっぱら女性が行っていました。もちろん、男性に声をかければやってくれたかもしれないけれど、汚れた食器があるという事実に「気づいた」のが女性だけということだったのでしょう。ある女性参加者は水を無駄にしないやり方で食器を洗いながら、「結局どこでも、食器を洗うのは女の仕事と見なされているってことでしょ」と会合の後で話していました。こうした問題提起をするのも、そのひとつひとつに応えていくのも、お茶会という社会運動の役割です。

このお茶会は4時間程度で終わりましたが、それでも私の生活に大きな影響を及ぼしました。それは、自分の生活が、政策の場で掲げられる「ジェンダー平等」や「気候変動」「多文化共生」という大文字の言葉と確かにつながっていると気付いたことです。皿洗い一つだって環境や性別役割の課題と密接に関連していることを、このお茶会の経験を通じて知ることになりました。

 

ただ、こういうお茶会みたいな運動は、あまり日本で定着しているとは言えません(そもそも日本の社会運動参加率は非常に少ないので……)。あったとしても、皆が私のように社会運動を研究しているわけでもないので、いきなり知らない人ばっかりの場に向かうのはとても大変でしょう。もし、私の書いたようなタイプの社会運動に興味があって、自分でも生活の中でなにか始めてみたい、というなら、過去に行われた、日常を通じて行うタイプの運動について書かれた本を読むのはいかがでしょう。

私が最近読んで興味深かったのは、アリス&エミリー・ハワース=ブース『プロテストってなに? 世界を変えたさまざまな社会運動』(青幻舎)です。デモやストライキといった、テレビやウェブメディアで見るような運動も紹介されていますが、チーズを買わない、自撮りをする、髪の毛に豆を編み込むといった行動もたくさん掲載されていて、私たちにできそうなものも豊富にあります。

プロテストってなに? 世界を変えたさまざまな社会運動』アリス&エミリー・ハワーズ=ブース著/糟野桃代訳(青幻舎) 市民が立ち上がった約40の抗議の物語と、平和的に意思を表明する方法を多数紹介。

たまに「そんなチマチマしたことやってて、社会が変わるわけないじゃん」なんて言う人もいます。こういう批判に対しては、隣で苦しんでいるマイノリティの人々を大事にできない人が、仮にデモや革命で社会を変えられたとしても、それってその人と同じような人——「大きな」運動を起こすような、声が大きくて、話を聞いてもらえて、頭が良いと言われるような人々——しか自由に生きられない世界だよね、と過去の運動や研究でもよく指摘されています。それに、こういう「チマチマしたこと」が大きな社会運動に繋がらないかといえば、そんなことは全然ありません。私がこうしてここに書くようになり、もしかするとあなたの政治の見方も少しだけ変わっているかもしれませんし、それだってお茶会の場のちょっとした会話という、きわめて短時間の、小規模な運動がきっかけです。私をお茶会に誘ってくれた彼らもその後、さまざまな社会運動を通じて社会を少しずつ変えています。

 

最後に、日本は「お茶会」的な運動の場がないと私は先ほど書きましたが、大学に就職してみて、すでにゼミや職場が「お茶会」的な空間なのかなあ、と思うこともあります。合宿の目的地をどこにするか、食べられるものに制限のある人や、お酒が飲めない人、夜出歩くことのできない人との飲み会をどうするか、など、学生さんや同僚たちから学ぶことはとても多いように思います。そういう意味で、私たちの生活の場だって「お茶会」的な運動の場にいつでもなり得るのかもしれません。

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富永京子

1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授、シノドス国際社会動向研究所理事。専攻は社会運動論・国際社会学。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。著書に『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)、『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『みんなの「わがまま」入門』(左右社)など。

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