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大河ドラマ「真田丸」執筆中に前立腺がんの手術をした脚本家・三谷幸喜さん。その体験から「前立腺がんって実は、まったく怖くない」と実感、「前立腺がんのイメージを変えたい」と主治医・頴川晋先生（東京慈恵会医科大学泌尿器科主任教授）との対談本『ボクもたまにはがんになる』を刊行。そこから、お二人の楽しいやりとりを少しご紹介します。

腰痛と血尿は要注意

三谷 僕は人間ドックのPSA検査で数値が少し高かったことでがんを早期発見できましたが、そうじゃなかったら絶対気づきませんでした。まったく自覚症状がなかったので。

頴川 逆にいうと自覚症状があるということは、病気がすでに進んでいるということです。これは前立腺がんに限ったことではなくて、ひどい胃もたれが続いて おかしいなと思ったら胃がんだったなど、症状が出たときは進行がんというケー スが多いんです。

三谷 前立腺がんの場合は？

頴川 血尿と腰痛ですね。ただ、腰痛の場合、皆さんまず整形外科にかかるんですよ。前立腺がんは、骨が造られる造骨性の特殊な転移をするので、整形外科の医師がみたらすぐわかります。それで、そこから泌尿器科にこられます。

三谷 症状としては、通常の腰痛とまったく一緒なんですか？

頴川 似ています。がんが進行すると、前立腺の周囲の骨盤や背骨など、骨に転移して激しい痛みを引き起こすんです。ほかにも、前立腺の中でがんが大きくな ると尿道を塞いでしまい、尿が出にくくなったり、頻尿になったり、さらに膀胱 にがんが進むと膀胱の中で出血をして血尿が出たり。

三谷 血尿が出たら即、病院？

頴川 はい、絶対、即行ってください。絶対、がつきます。血尿は前立腺がんに限らず、何かしら病気があると思っていいです。それから、もうひとつありました、残尿です。

三谷 残尿ですか。残尿って、どこも痛くないし「そういう歳だしなぁ」と年齢のせいで済ませてしまうかも。

頴川 残尿こそ危険です。尿路感染といって前立腺炎、腎盂腎炎、膀胱炎を引き起こすなど、病気の温床です。残尿は急に増えるわけではなく徐々に増えていって気づかないことが多いので、おかしいなとわかったときには腎臓がダメになっていたりする。だまされやすいんですよ。

三谷 残尿注意ですね。それ以外だと、健康診断や人間ドックで、必ずPSA検査のオプションをつけたりして、定期的にチェックするしかないんですか。

頴川 40代まではあまり心配ありませんが、 歳を過ぎたら検診の機会を積極的につくることをおすすめします。先ほども申し上げたように、前立腺がんは転移が起きていない早期発見なら、根治する可能性が非常に高く、5年相対生存率 (診断を受けた5年後に生きている人の割合)はがんの中ではナンバー1、100%に近いんです。

三谷 がんとしては、進行がとにかく遅いんですよね？

頴川 はい。一般論としては遅いですが、全部ではありません。3分の2がゆっくり進行するイメージです。ただし、前立腺がんは進行が遅いからといって油断は禁物。また、すでに進行しているがんとして見つかった場合も、余命が 年を 超える方もいますし、少なくとも4割の方が5年以上生きられます。今はもっと のびていて、非常にコントロールしやすいがんといえます。前立腺は男性にしか ない臓器ですから、まさに男性の健康と長寿のバロメーターですよ。

がんになったことはプラスしかない

三谷 こう言ったら誤解を招くかもしれませんが、あらためて振り返ると、僕にとって前立腺がんになったことはプラスしかないんですよね。痛くもなく、5年経った今でも体に変化もない。むしろ、自分の健康に真剣に向き合うようになりました。先生とも出会えたし……。いいことしかない気がしているんです。

頴川 今、統計を見ると、2人に1人ががんになる時代です。50%ですよ。ですから、もちろん病気をしないことが一番ですが、病気をしたとしても早く見つけ て早く治すこと。前立腺がんについては、「PSA検査をうけよう」。これに尽きます。

三谷 今まで将来のこともそんなにきちんと考えなかったんですが、そういう意味でも意識が変わりました。

頴川 お子様もいらっしゃいますしね。

三谷 それはほんとにそうです。特に僕は子供がまだ1歳というときにがんが発覚したので。よりいっそう健康でいなきゃ、という思いが強くなりました。あと、 何かあったときのために、やっぱりお金を残しておかなきゃいけない、とも。こ れまで考えたことなかったんですよね。妻からの健康チェックも厳しくなりました。

頴川 どんなふうに？

三谷 人間ドックの担当の先生がすごく怖い方で、数値をみて「このままだと息子さんの成人式に出られませんよ」って。すごいことを言うなと思ったんですが、「とにかくモズクを食べろ」とすすめられて。海藻って体にいいんですかね？

頴川 いいとは思いますけど……。

三谷 それ以来、毎日モズクを食べています。妻からも強く言われて。

頴川 その先生のご実家がモズクやさんだったりして(笑)。

働きざかりで、がん

三谷 僕が前立腺がんになった直後にそのことを話したのは、妻と事務所の社長と、「真田丸」のプロデューサーだけ。その後、俳優の市村正親さんにも話しま した。市村さんは、僕が先生と出会うきっかけとなったドラマ「おやじの背中」 に主演予定だったんですが、初期の胃がんが発覚して降板されて。そのこともあ って、お伝えしたんですよね。そしたらお見舞いに来てくださって。

頴川 病室がかなり盛り上がったそうで。

三谷 偶然にも僕を担当してくださった看護師さんが市村さんも担当されたとかで。

頴川 市村さんがいると病室が明るくなるらしいですね。

三谷 そうそう、ワーッと。それで、そのときに話したんですが、僕と市村さんではがんになった年齢は違うけれど、お互い働きざかりで、子供が小さかったじゃないですか。だからやっぱりいろいろメンタルにきますよね、って。

頴川 子供の学費とか将来とか、抱えるものが社会的にもいっぱいありますよね。

三谷 だから、人生設計が変わるというか。

頴川 がん年齢、というものがあります。40歳～60歳。中年から少し上ったあたりです。階段でいうと、そこに必ず段差がありますよ、ということです。自分の 体は自分ひとりのものじゃないと意識を高くもって、特にその時期を大事に過ご していただきたいと思っています。もちろん何歳だったらいい、ということでは ないですけれども。

肉体だけが衰えていく

三谷 つくづく思うんです。年齢を重ねるにつれ、仕事に関しては経験値も上がって、絶対に昔よりはいいものができていると思うし、なおかつ、いいものがで きる環境に身を置けるようになるじゃないですか。そんなふうに、すごくいい方 向に向かっているのに、肉体だけが衰えていくのがせつないというか、もったいないというか、悔しいというか。人間に生まれた以上、仕方ないんでしょうけど。 映画「ベンジャミン・バトン」みたいに、老人で生まれてきて徐々に若返って死 ぬのがいいなって。たぶん、ある程度歳を重ねた人はみんなそう思っているんじゃないのかな。

頴川 ちょっと逆説的でもありますが、ある意味、アルツハイマーはそういうものだ、という人もいます。

三谷 どういうことですか？

頴川 アルツハイマーは、積み重ねてきたものがどんどんわからなくなっていきますよね。それはつまり、幕引きに対する不安を自分で取り除いている、という。

三谷 そうか、いい話だなあ。

頴川 必ずしもその意見に賛成ではないですが、最後はどんどん子供にかえっていって衰えていく自分すら忘れるわけですから、そのほうが幸せなのかもしれな いと。

イヤなのは、毎年2回の定期検査

三谷 今は、特に何の不安もないんですが、毎回年2回、血液検査を受ける日の朝は何かイヤな感じがいつもあります。たぶんがん経験者は皆さんそうですよね？

頴川 定期検査に戻ってこられる方は皆さん、口をそろえて言われます。「前の日からちょっと心配になって」と。これは何年経っても同じなんですよね。人間 ドックを受けるのと違って、病気をしたというのがありますから。

三谷 ちょっとずつ、数値の変動はあるんですよね。それはもう誤差の範囲だと先生はおっしゃるんですけど、やっぱり気になる。

頴川 大丈夫だった、今回も安心できたって、それの繰り返しですからね。そういうものなんだろう、と思うしかないですね。手術後の1年は3か月おきで、1年目が過ぎたら半年おきにチェック。

三谷 次は、1年おきとかになっていくんですか？

頴川 いや、やっぱり年2回というのが、スタンダードですね。

三谷 それがいいかも。逆に怖いです、次は1年後、とか言われちゃうと。前にも話しましたけど、たとえば 年経ったとしても、もう来なくていいとは言われたくない(笑)。

頴川 10年過ぎてもお越しください。どこかは傷んできますから。定期的にメンテナンスすることが大切です。