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二人の嘘

2021.10.31 更新 ツイート

ベストセラー小説『二人の嘘』は、どのようにして生まれたのか。 幻冬舎編集部

罪を裁いた者と裁かれた者の恋を描いた一雫ライオンさんの『二人の噓』の話題が沸騰中です。
大ヒットを記念して、「2021年を代表する一作」と絶賛するブックジャーナリストの内田剛さんと一雫さんが特別対談。
作品の魅力や生まれた背景について存分に語っていただきました。  


*   *   *

内田 六月下旬の刊行直後に読ませていただきました。すごい! と思ってしまって、みんなに読んでもらいたくてうずうずしました。自分から「ポップを書かせてください」と幻冬舎さんにお願いして……。一日一冊以上小説を読み、今年ももう三百冊以上になりますけれど、一番気持ちが揺り動かされました。こんな作品にはなかなか出会えない。

一雫 本当にありがとうございます。うちの妻は仕事場の近くの書店に寄った時、内田さんのポップも使った売り場の展開がすごすぎて、思わず一回素通りしちゃったそうなんです(笑)。感激していました。

内田 売れに売れ、書店から一時消えましたよね。東京駅近くの大型書店で、「お一人さま一冊で」と店員さんがお客さんにご案内している場面を見かけました。まるで村上春樹さんの作品や、漫画の「鬼滅の刃」と同じ現象ですよね(笑)。二〇二一年を代表する一作になったことは間違いない。本当にいい出会いをさせていただきました。

一雫 担当編集者から、内田さんのポップを送ってもらった時は、うれしかったです。「奈落」っていう言葉を使ってくださったのが最高でした。

内田剛さんが手書きで制作した『二人の嘘』のPOP

「描写に温もりや手ざわり。心を鷲摑みにされた」(内田)

内田 構成が見事でした。プロローグで、主人公の子ども時代の場面を描いていらっしゃいます。傷ついた鳩を治り切らないうちに放してしまうというシーンですが、生きようともがく鳩の温もりとか、手ざわりとかが伝わってきて、心を鷲摑みにされました。

いずれ悲劇が起きることはわかっているわけですよ。第九章の章タイトルなんて、「悲劇」ですし(笑)。でも、ラストまで読んで、なんてすごい話だろうと。こういう読書体験ってなかなかできません。

一雫 構成のことをおっしゃっていただいて、ほっとしています。もともと僕はプロットをあまりきちんと書かないのですが、今回はほんとに二、三行だけ。片陵礼子と蛭間隆也っていう二人の登場人物と、金沢へ行くということだけ決めて書き始めたんです。

プロローグは、とにかくこういうトーンで進む小説ですと提示するだけでいいと思って、無意識のままに書いたんです。〈ひらひらと鳥は舞い落ちていった。〉って書いて、自分でもびっくりしました。実は小学校六年の時の記憶なんですよ。僕が放しちゃいけないって言った鳩を、友達が放しちゃったことがありました。

内田 生まれるべくして生まれた小説なんですね。本当に密度の濃いプロローグです。物語が平成という時代の区切りだということの意味も感じました。一雫さんご自身の人生の区切りとか、いろいろと意識されていたんですか。

一雫 今年で四十八になりましたが、昭和から平成になった時というのは思春期で、どうにもならない時期だったんです。平成という時代を乗り切れる気がしなかった。三十代で脚本という物書きの仕事がなんとか職になったんですけど、どうしても小説一本で生きていきたいと思うようになって、それがちょうど平成が終わるタイミングだった。そういう意識はありましたね。

昭和が良かったとは言いませんが、昭和っぽい匂いとか人間とかが好きというのはあります。それが平成の間に薄らいで、令和はどういう時代になるんだろうなっていう、ちょっとした不安感もあり、そういったことがたまたまプロローグになったんだと思います。

「縁のなかった金沢、忍ぶ愛が似合うと思った」(一雫)

内田 金沢が舞台の一つになっていますが、ゆかりはあるんですか。ご出身じゃないかと思うくらい、密度の濃い描写ですけれども。

一雫 金沢との縁はまったくありませんでした。二〇一七年の暮れに移住した、ある映画監督から「冬の金沢はいいから来てみないか」って誘われたんです。クリスマスに向こうに行って、街を案内してもらって、美味しい肴を食べてお酒を飲んで家に泊めてもらったんですが、朝起きたら窓の外に雪が降っていて山が見えた。用水路に水が流れている音もする。その時に「不倫が似合う街だな」って思ったんです(笑)。忍ぶ愛というか。

内田 確かに忍ぶという感じが、金沢の街にはしますね(笑)。

一雫 勝手なイメージで金沢の方には申し訳ないんですけど(笑)。二、三行ですけど、メモしていた。「金沢へ、忍ぶ愛」といったことを。のちに担当編集者に「それ行きましょう」と言ってもらったんですが、彼が能登半島に縁があって、またいろんな展開がつながっていきました。

内田 舞台ありきだったんですね。

一雫 土地ですね。空気感というか、雪と用水路と山、そこからです。

内田 真夏だったら全然違った物語になったかもしれません。

一雫 能登半島に取材に行ったのは真夏でした。日本海が青くて澄んでいて(笑)。「冬はねずみ色ですよね?」と地元の方に確認しました。主人公が辿る道行きは、僕と担当編集者、おじさん二人が取材旅行で巡ったルートなんです。

作品に描いた警察署にも、実際に行ったんです。「すみません、取調室から海は見えますか」っていきなり質問して(笑)。色々な方が出てきてくださって、しかもみなさんいい方で、「さすがに取調室は見せられないんだけど、会議室ならどうぞ」と言ってもらいました。

「立場が大きく異なる男女二人なのに同じ匂いがする」(内田)

内田 それであのシーンが生まれたんですね。主人公の女性、相手の男性との二人の間には、立場に大きな差がありながらも、同じ匂いがします。

一雫 片陵礼子は十年に一人の逸材と言われる天才。東大法学部を首席で卒業して裁判官の道を選んだけど、生い立ちに影がある、というところまでは決めていました。一方、蛭間隆也は物言わぬ男にしたかった。僕自身が口から生まれてきたような人間なので(笑)。もう憧れですね。偽証して誰かを庇う、言い訳しない男。

二人の立ち位置が違うように見えてくれたら、という思いはありました。最近、格差、上級や下級などという言葉が世間では噴出していますが、エリートと言われている人も事情を抱えているはずです。みんな、いろいろあるに決まっているじゃないですか。周囲から崇められている礼子が実は――と進めたかったんです。

内田 主人公の職業が判事というのは、間違いを犯してはいけない、人間的な感情を削ぎ落とす、という二つの要素が効いていて、読むほどにこれ以上ない設定だと思えてきます。

一雫 実は迷いました。主人公が男性という設定も考えていた。でも現代で不倫を書くなら女性の方がかっこいいかもしれない。女の人の方が理性を超えた時の強さがある。そこで主役を女性にしました。

「この小説はミステリーではない。哀しければいい」(一雫)

内田 法廷ドラマとしても魅力がありますが、取材は大変だったのではないでしょうか。

一雫 映画、ドラマの脚本で、弁護士や検察官に触れたことはあるんですが、裁判官は初めてです。動きが少ないという印象しかなくて、よくわからない。そこで、東京地裁に傍聴に行きました。第一章の冒頭の裁判も実際に傍聴した裁判に近いです。なぜ助けを求めなかったのかって聞かれた時に、「人に迷惑をかけてはいけないと親に教わってきたんです」と被告が答えていて、ほんとうに真剣に言っていると感じました。

裁判官の方の書籍もたくさん読みました。東京地裁の元裁判長で現在は弁護士の方に時間をいただいて、お話も伺いました。

内田 本当に“親切設計”で(笑)、判事の仕事がどういうものなのか、生活はどうなのか、リアルに伝わってきて、とてものめり込みやすかったです。

それに物語に疾走感がありますよね。読む手が止まらない。これはテレビの仕事をされていたからでしょうか。テレビの世界では、チャンネルを変えさせないようにセリフや場面を考えると聞きます。小説でもそこは意識しているのですか。

一雫 脚本家として仕事ができたことに感謝していますし、得たものはあると思いますが、あまり意識はしていないです。疾走感があるとしたら、片陵礼子の人生だけを書こうと思ったからかもしれないですね。蛭間隆也は彼女についてきてくれればいいと思っていました。受け身。それも僕の憧れですね。すぐに積極的に動いてしまうので(笑)。

内田 ミステリーとしても十二分に楽しめます。

一雫 読み手の方からミステリーとして評価していただくのはうれしいのですが、“不倫小説”を書こうと思っていただけで、裁判官という設定がなかったらミステリー要素は一切なかった。相当毛色の違う退廃的な小説になっていたと思います。

僕はミステリーがあまり得意ではなくて、仕事場に「この小説はミステリーではない。哀しければいい」と書いたメモを貼っていました。マジックで殴り書きして。じゃないとミステリー小説になっちゃうなって思って。どうやったら恋愛になるのか。自分がドキドキしながら書いていました。

内田 上質なミステリーの趣があります。恋愛小説としても見事です。不倫を書こうと思ったきっかけはあるのですか。

一雫 僕は間違いだらけの人生を送ってきました、ほんとに。高校は退学になってますし、二十代も違う意味でいろいろ……。内田さんが奈落という言葉をポップに使ってくださったのがうれしかったのは、僕自身が奈落に落ちたと思っていて、最後の最後、沼の底にどうにか足をついて、必死で這い上がってきた感覚があるから。

今の世の中には、間違うことを執拗に責める風潮がありますが、僕は「間違いを犯さない人生に何があるんだ」と思っているところがあり、小説の世界では、読んでいる間は現実逃避してほしいと願う気持ちが強いんです。

内田 それこそ小説の面白さですよね。

1973年生まれ。東京都出身。明治大学政治経済学部二部中退。俳優としての活動を経て、演劇ユニット「東京深夜舞台」を結成後、脚本家に。映画「ハヌル―SKY―」でSHORT SHORTS FILM FESTIVAL & ASIA 2013 ミュージックShort部門UULAアワード受賞。映画「TAP 完全なる飼育」「パラレルワールド・ラブストーリー」など多くの作品の脚本を担当。2017年に『ダー・天使』で小説家デビュー。その他の著書に、連続殺人鬼と事件に纏わる人々を描いた『スノーマン』がある。

「すべてを投げ出す以上の愛はない。間違いからドラマが生まれる」(内田)

一雫 実際には自分ができない体験に、没頭してもらえる。語弊があるかもしれないけど、理性が利く人間ばかりじゃなくて、どこか回路が違うから表現できることもある。不倫というのも、僕の中では、ただ肉体的な浮気とかそういうものではなくて、すべてを手放して堕ちていくというイメージ。主人公と相手の男性にはそこまで行かせたかった。だからこそ、思いがけず純愛小説と言ってもらえるようになれたのかもしれません。

内田 すべてを投げ出す以上の愛はないでしょう。間違いを犯さない人はいないし、間違いがあるからこそドラマが生まれるとも言えます。

一雫 蛭間も礼子も誰にも本音を言わない。それで不幸なことになってしまう。人間としては大変ですけれど、生き方としては清らかで、ほんとの意味で正しいんだろうなと思います。

僕が書きたいのは、家族のこと。肉親という逃れられないもののことです。あと、強者と弱者というのは僕の根っこにあるもので、そこは大事にしました。

内田 貧富、強弱、男女……。さまざまな対比がありますが、あいまいなゾーンをまぶしく書かれていますね。蝶番が出てくるシーンが象徴的ですが、隙間の描き方が見事だなと思いながら読みました。

一雫 実は蝶番って、思い浮かんだ時に「来た!」と思ったんですよ。原稿を家で書くんですが、居間のソファに座ってたら、子どもがバーンとドアを開けた時に、蝶番が見えたんです。「この蝶番がないと、壁とドアはバラバラなのか」と思って書きました。

内田 見事な仕掛けでした。全編を包み込むようなキーワードとして浮かび上がってくる。でも、作品の“肝”になっているので、この対談記事には書かないほうがいいかもしれませんね。

一雫 この小説に限っては、“ネタバレ上等”でいいと思っています。最後に悲劇が起きるのはわかっている。その過程を楽しんでもらう。章タイトルも第一章は「ある判事の日常」、実用書みたいにわかりやすい。「過去を消したい男」や「いまを大事にする女」など、ストレートなほうがいいんです。道中を楽しんでもらうために。

内田 二人で堕ちていく先に悲劇が待っている。けれども優しさがある。温かくて救われます。

「小説だけで生きていこうと決めて、書きました」(一雫)

一雫 生意気にも小説だけで生きていこうと決めて、この作品を書きました。今後もやっていくつもりなんですけれど、書くにあたっての初期衝動というか、人生がうまくいってなかった時に助けられた作品があるんです。ほんとうに自分がどうしようもないって思った時に、読んで、まだがんばろうって思えました。

内田 この本も、誰かの人生を変えているかもしれないですよ。

一雫 読んでもらって、恋愛したいって思ってもらえたらうれしいです。主人公が一センチでも変われればいいと考えていました。たとえそれが悲劇であったとしても、次へ踏み出せたらいい。

内田 この作品は描写が緻密ですね。蒸発した母親が吸っていたマイルドセブンの匂いとか、印象的な場面がたくさんあります。

一雫 僕に唯一、武器があるとしたら、記憶力です。過去のことを勝手に結構覚えている。その時の色とか匂いとか空気とか、そういうものを忘れられないんです。小さい時に母が吸っていたタバコの匂いとか、いまだに覚えています。

物語って、どうしても嘘を書くわけじゃないですか、壮大な嘘を。その時に、自分の中で自信を持って書ける真実が欲しいんですよ。嘘じゃない色、ほんとうの匂い。ビジネスホテルの簡易的なカーテンの下がカビているとか、安っぽい絨毯のタバコの焦げ跡とか、自分が見たものをほぼそのまま書いています。

内田 気が早いかもしれませんが、次回作の予定は。

一雫 堕落三部作にしようかとか、担当編集者と話はしていますが、まだ何も決まっていません。

内田 この一作で、次作が待望される作家になられたと思います。期待しています。

一雫 がんばります。

内田剛(うちだ・たけし) 1969年生まれ。約30年の書店勤務を経て2020年よりフリーに。文芸書ジャンルを中心に各種媒体でのレビューや学校図書館などで講演やPOPワークショップを実施。NPO本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーのひとり。POP作成を趣味としており、書いたPOPは5000枚以上。著者に『 POP王の本!』(新風舎)がある。

 

関連書籍

一雫ライオン『二人の嘘』

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