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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2021.05.02 更新 ツイート

特権的でクリエイティブな"会員制"が世界のミレニアル世代に人気 鈴木綾

ロンドンでロックダウンが少しずつ解除されてレストランも屋外席が解禁になった。そして、ロンドンの高級会員制クラブもまた、お客さんを迎えるようになっている。

 

ロンドンに引っ越してからこの謎の文化に初めて出会った。東京にももちろん東京倶楽部とかアークヒルズ・クラブなど高級会員制クラブはあるが、どちらかというと政財界の偉い中高年男性の行く場所だと思っていた。一方で、同世代の同僚や友達の中にも高級会員制クラブの会員が案外多かった。前の上司は記者や取引先に会う時にクラブのレストランをよく使っていた。同業他社の若い男性と待ち合わせした時に、「I’ll be waiting for you at my club」と向こうのクラブに誘われたこともあった。

ロンドンの若者が通うクラブの会費は、いい方のジムとあんまり変わらない。年間1000ポンド(150,000円)以下で入れるところもたくさんある。しかし、入会必須条件が一つある。それは「clubbable」(クラブにふさわしい、馴染める)であること。でも、今と昔の「clubbable」はどう違うだろう。

バッキンガム宮殿から歩いて10分にあるSt. JamesとPall Mallあたりに行くと、そこからヒントを得られる。この地区は19世紀後半に、「clubland」として世に知られるようになったほどクラブが次々とできた。保守派向けのクラブ。リベラル向けのクラブ。ロンドンで最も古いクラブ「White’s」は1693年に設立されたが、この時期にクラブ文化が開花した。ここでは上流階級と経済の発展とともに登場した新興中流階級の男性たちが、職場と家庭の責任を抜け出して秘密裏に交流できた。喫煙室、レストラン、バー、くつろぎのスペースと特別にキュレーションされた図書館がそろえられていた。

クラブについて詳細に記述したライター、アンソニー・ラジュンヌはクラブをこう定義している。

「いいクラブというのは外の世界の下品さからの避難所であり、安心感を与えてくれる固定点であり、より洗練された生き方の響きであり、ちゃんと機能するプラスチックの食塩入れより、機能不調の銀の塩入れが好まれている場所でもあるべし」

「いいクラブ」に入会できる「clubbable」な人は、いうまでもなく白人男性。長い間ロンドンのクラブは、白人男性特権社会の拠り所であり続けた。ある国籍の人、白人以外の人種の人、女性は禁止。しかし、「clubbable」の定義には曖昧な部分もあった。クラブによって理想な会員が違っていた。既会員は自分と同じような考え方や価値観を持っている人と角の立たない会話を楽しみたかった。クラブは社交場であって激しい議論をする場ではなかった。文字通り「安心感を与えてくる」場所だった。

使えない、飾るための純銀の塩入れと同様に、伝統的なクラブは様々な「飾り」ルールを設けている。朝ごはん中の会話は禁止(朝はみんな二日酔いになっているから会話が辛い)だとか握手は禁止(会員は当然ながらみんな入会する時点から知り合いになっているはずだから挨拶はいらない)だとか。

第二次世界大戦後、快楽主義の旗を揚げてよりナイトクラブに近いクラブがちょこちょこできたけど、「clubland」時代以来のクラブ文化を覆す重要な出来事が1995年に訪れた。この年、ロンドンのソーホー地区でレストランを経営していたニック・ジョーンズが、レストランの常連客のアーティストや俳優たちのためにお店の2階に会員制スペースを作った。その名は「ソーホーハウス」。

ソーホーハウスはそれから事業を拡大させ、現時点ではヨーロッパからアジアまで世界に28カ所もの「ハウス」がある。ソーホーハウスは数多くのセレブたちを会員とゲストとして迎え、「エクスクルーシブ」を21世紀流に再定義した。

ネットが普及して世界がより自由になったけど、世界のお金持ちの「世界から隔絶された自分たち独占の遊び場を持つ意欲」は変わっていなかった。「clubbable」というクラブのルーツに忠実であり続けたソーホーハウスは、「クリエイティブ産業で働いているクリエイティブ精神を持っている方」しか受け入れない。

ソーホーハウスが築き上げた世界規模の企業帝国は、今や「ソーホー・ワックス」というコーワーキング・スペース、「カウシェッド」というスパブランド、「ソーホー・ホーム」という家庭用品ブランドを擁している。

でも、コアはやっぱり「ハウス」だ。各ハウスには朝でも昼でも夜でも楽しめるアクティビティがある。朝はコーワーキング・スペースでコーヒーを飲みながらメールチェック。お昼はレストランでゆったりランチ。夕方はジムでちょっとした運動、そして夜はバーでカクテル。宿泊施設もある。グローバル会員は世界中すべてのソーホーハウスが利用可能。

どこの「ハウス」でもインテリアはミレニアルを代表するスタイル、ミッド・センチュリー・モダン。50年代頃にアメリカで発展したデザインでアメリカのドラマ「マッドメン」で登場する家具を想像すればわかりやすい。一応「クラブ」だから夜になると照明が暗くなる。イスタンブールのソーホーハウスで父と同い年の女性と食事をしたら彼女は全くメニューが読めず困っていた。要するに、暗いところで小さい文字が読めない年の人はお呼びでない。「unclubbable」だ。

しかし、ソーホーハウスを成功させたのはセンスの良い会員選定条件じゃなかった、と私は思う。むしろWiFiとノートパソコンが決め手だった。昔のクラブは仕事の悩みやストレスからの逃げ場(The Garrick  Clubという、数少ない、現代まで残った男性専用会員制クラブのホームページに「No work allowed」とはっきり表記されている)のに対して、ソーホーハウスなど新しい世代のクラブはワークは大歓迎。午後3時に東ロンドンのソーホーハウスに入ると、ラウンジ・スペースはマックブックの後ろで輝くりんごのシンボルで眩しい。

他のクラブも、家賃の高騰で苦しむ中、コーワーキングを進めて新しい収入源を開拓した。リモートワークやネットの普及がさらなる追い風になった。現代のクラブは社交の場というより、新しい事業やアイデアを議論したりコラボレーションしたりができる場になっている。その延長線で、ソーホーハウスの「clubbable」は、スマホアプリを作ったり、「未来の都市の姿を考える」的なカンファレンスを企画したりする、起業家、あるいはおしゃれな企業に勤めていると自惚れるキラキラピープルたち。つまり、これが現代のエリートたちだ。

多くの会員たちは、ミレニアルだろう。車を持ちたくない、オフィスを持ちたくない、「シェアエコノミー」の先駆者たち。ソーホーハウスもある意味で「シェアラグジュアリー」。自分で何十億円もかかる別荘を買う必要はもうなくて、会員になるだけである意味で何十億もかかる別荘を持つ人のような生活が可能。つまり、「商品化されたラグジュアリー」。2019年に退会した男性の言う通り。「お金持ちのための国際マクドナルドだ」。

これが昔のクラブとソーホーハウスの根本的な違い。昔のクラブは一箇所にしかなかったので、会員数が物理的に限られた。一方で何箇所ものハウスを持ち、レストランとスパも経営するソーホーハウスは成長を維持するために会員数を増やし続ける必要がある。フィナンシャル・タイムズによると、世界の会員数はなんと11万人。ソニーの従業員数とほぼ変わらない。会員数と「エクスクルーシブ」は逆相関がある。増やしすぎると輝きが汚れちゃう。

レストランの予約がなかなか取れないロンドンでは、会員であることは確かに便利。一度デートで連れていかれたことがあったけど、食事の後、外に出ずに一階下のラウンジでゆったり会話できたのは良かった。でも、根っこから反体制気質な私は、会員にならなくていい。会員費を払うより、そのお金を楽しい旅行に使いたい。

ちなみに、MBAも一種のクラブ(ハウスはないが)なので、他のクラブに入る必要をあまり感じない。面接官を務めるMBAの先輩たちに「どんな人がこの学校にあっている?」と入学の評価基準を聞いたとき、「空港でたまたま知り合って、2時間面白い会話ができる人」とみんな答えた。これが彼らの「clubbable」なのかもしれない。ソーホーハウスと同様、MBAも世界のエリートの社会的地位を強化するネットワークだ。

第2と第3のロックダウンの間にレストランが一瞬再開した時、ソーホーハウスの会員になっているレクシーと一緒に近くのハウスに行った。

「せっかく会員になっているのになんで行かないのー」

賑やかなレストランの真ん中にある四角いバーの高ーいスツールを選んだ。完璧な人間観察スポット。レクシーと好みの白ワインを何杯か頼んで二人で気持ちよく酔っ払いながら、「右に座っている人たち、絶対デート中じゃない?」とか「後ろの彼、かっこいいよね」的な話で盛り上がった。レクシーがかなり酔っ払ってしまったので、「もう帰ろうね」と会計を頼んだ。レクシーはなぜかコートを着ずに手に持ったままクラブを出て家に向かって歩き出した。

「コート着ないの?」って聞いたら、レクシーがコートの下から立派な銀の水差しを取り出した。

「それ盗んだの?」

レクシーが大笑いした。

「彼らはもう山のような水差しがあるだろうからいいでしょ。私は資本主義者以外から盗まないの」

ソーホーハウスは昔の会員制クラブとは違う存在だけど、どんな時代にだってお金持ちはみんな銀が好き。だって銀のスプーンくわえて生まれてきた人たちなんだから。

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イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。現在はロンドンの投資会社に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

 

 

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