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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2021.04.27 更新 ツイート

「シン・エヴァ」を見てきた夫と対面した話 カレー沢薫

先日からシン・エヴァンゲリオンを見に行く見に行く、と言って何故か仕事に行っていた夫だがついに「明日見に行く」ということになった。

しかし、私は今までエヴァを一切見ていないため、いきなりシンだけ見てわかるわけがない、よって本当についていくだけになってしまうので、正直面倒くさいと思っていた。

だが前回にも書いたがエヴァを見たエヴァファンを見るのは好きである。

 

この世には「推しについて語るオタクからしか摂取できない栄養」があり、特にエヴァファンが出すやつは栄養価が高い。
ドラッグストアに並んでいる奴ではなく、養蜂場が通販でしか売ってないローヤルゼリーの味がする。

それに今まで触れてきたエヴァファンたちは全て「ネットを介して」である。
それは飲みやすくカプセル状にされたローヤルゼリーに等しい。

それより、エヴァと25年越しの決着をつけて来た人を生で、それも映画館出たてのところに遭遇できるというのは、今巣箱から出されたばかりでまだ蜂が大量にたかっており「これローヤルゼリーというより蜂の巣ですよね?」という逆に口に入れるのが憚られるような逸品を味わえるぐらいの贅沢である。

そんなわけで「シン・エヴァを見に行く夫を見に行く」ことにした。

だが夫としては別に「俺の生き様しかと見とけや」と私を誘ったわけではなく、我々は一緒に映画館に行って別々の映画を見るというのが普通なので、私も別の映画を見ると思っていたようだ。

それが「2時間半ロビーで待っている」というエヴァより謎なことを言い出したので、コナンやるろうに剣心を見ることを勧めてきた。

確かに2時間半ロビーで虚空を見つめていたら「連行」という形で歴史的瞬間を見逃す可能性がある。
しかし「イオン」というのは、用もないのに来てベンチやフードコートで2時間ぐらい微動だにしない人が常に一人二人いる空間である、それが一人増えたところで誰も気にしないだろう。
それに別の映画を見てしまったら「感想がぶつかりあってしまう」恐れがある。

実際は感想の言い合いになったことなど1回もないが、万が一「斎藤一ドプフォ!」という状態になってしまった目も当てられない。
蜂蜜に上等な料理をぶちまけるが如き愚行である。

よって、その間マッサージに行くとか買い物をするとか言いくるめて、終わる10分前にはロビーに行き出てくる夫を待ち構えた。

出てきた夫は開口一番「トイレに行ってくる」と言った。

この言葉にがっかりなどしていない。
エヴァ公開当初、厳しいネタバレ禁止令により、見た人の感想は「長いからトイレに行きたくなった」がほとんどだったので逆に「シン・エヴァ見てきた人だ!」と感動した。

その後「ケツが痛かった」と言ってなかなかエヴァの話をはじめない夫だが、この「とりあえず先に文句めいたことを言ってしまう」のも「聞かれるまで話さない」のもオタクにはよくあることだ。

逸る気持ちを抑え、夕飯を食べるため道中見つけたお好み焼き屋のカウンター席に座り、満を持して聞いた。

「でエヴァはどうだったの?」

夫は「良かったよ」と短く答えたがその目は比喩ではなく輝いていた。
店の照明のせいかもしれないが、ハイライトが3つぐらい入っており、クリスタで描いたような目をしていた。

これは栄養を食い貯めておくチャンスだと、私の内臓が言っている。
よって「具体的にどう良かったのか?」と尋ねると「それはネタバレだから言えない」という答えが返ってきた。
私は見ないからネタバレとか気にせず話してくれ、というと「見た時の衝撃が薄れるから」という返答であった。

これは今まで接してきたエヴァファンたちと全く同じ返答である。
もしかしたら「テンプレ回答集」が存在するのであろうか、特に「見ないからネタバレしてもいい」の通じなさはすごい、頑として「見ること前提」で話をしてくる。

目の前に良い栄養がいるはずなのに、どうもそれを上手く抽出できない。
丸々太ったインパラにかぶりついているのに毛ばっかり口に入ってくる。

当初は「説明下手かよ!」と思っていたが、徐々に夫の説明が下手なのではなく、聞く私が下手なのだとわかってきた。

そもそも「見ないから教えて」という聞き方が不味い。
布教というのは相手もその沼に落ちてくれそうだから一生懸命やるものである。
それを「沼には入らないけど、沼の底にあるお宝だけ見せて」というのは舐めていると思われても仕方がない。

それに特にエヴァみたいな難解な話は聞く方にも知識が必要なのだ、相手に知識がなければ「おしっこ漏れそうだった(両方の意味)」ぐらいしか言えないのである。

敗因は私の「勉強不足」だ。

勉強していれば相手が「お? いい質問してきやがったな?」という栄養の引き出し方ができたはずだ。

栄養というのはタダでもらえる物ではない、手ぶらで「晩御飯わけてくださいー!」と扉を太鼓の達人しても、塩をまかれるだけだ。

良い話が聞きたいなら、せめてwikiで予備知識を入れて、質問集ぐらい作っておくなど、相手が気持ちよく話せる準備をこちらもしてくるべきだったのだ。
つまり、相手の晩御飯が映える器を用意しておかなければいけなかった。
それを、とりあえずついていけば美味いタダ飯くえるだろう、ぐらいの感覚でついてきてしまったのだ。

夫も私相手では、今しがた見た感動と興奮を伝えることができずに不完全燃焼だっただろう、悪いことをした。

これから、タダ飯にあずかるときは、自分も少しは勉強、そしてパイセンが気分よく奢れるよう「さすがしびれるすごいせんぱいそうなんすか?」という後輩さしすせそをマスターしてからついて行こうと思う。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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