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日本が壊れる前に

2021.03.03 公開 ポスト

貧困を乗り切るための売春を「自己責任」と切り捨てるのがネオリベ中村淳彦/藤井達夫

風俗嬢やAV女優を長く取材してきたノンフィクションライターの中村淳彦さんが貧困問題にたどりついたのはいわば必然のことでした。そして、貧困をめぐる取材を進めると必ずぶつかるのが「新自由主義(ネオリベラリズム)」の問題だったそうです。しかし、「ネオリベラリズム」という単語を聞いたことがあっても、その内実を知る人は多くないかもしれません。中村さんと政治学者の藤井達夫さんが「日本におけるネオリベラリズムの実状」を解き明かす『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房、2020)から抜粋してお届けします。

二〇〇四年を境にAV女優、風俗嬢が変わった

中村 風俗嬢への休業補償や持続化給付金などの制度の適用、不適用が二転三転しました。理由は国の制度なので風営法で性風俗関連特殊営業に分類される従業員や関係者は、グレーだし、反社会勢力かもしれないし、丸々外してしまおうということ。風俗嬢も男性従業員も、ネオリベ的な国の制度によって敗者となって貧困化した人たちが働いている

 

さらに、コロナで甚大な被害を受けている。貧しい人たちを支援するための制度なのに、真っ先に貧しい人たちを適用外にするという制度矛盾があるわけです。実際に現場でサービスする女性たちは反社どころか、貧困女子なわけで、コロナ前まで国は風営法の性風俗関連特殊営業関係者を国民としては見ていなかったので、有事が起こって混乱したわけですね。

藤井 ネオリベ化した世界において、最後のセーフティネットを提供している場所でもあり、現代のアジールでもあるのが風俗産業ということか。

中村 性風俗がグレーと呼ばれる所以は風営法、売春防止法、職業安定法、迷惑防止条例などなどの法律に抵触している可能性があって、とくに女性のスカウト、斡旋、紹介は完全に違法なので地下で行われている。そのような産業なのでデータみたいなものはなにもなくて、国に産業構造の理解もないので、すべてが反社扱いみたいになってしまう。きちんと就業しても低賃金だから生活ができない一般女性が風俗産業に流れて、その女性たちを同一産業内のブラックな部分と一緒にして反社扱いするのは、かなり問題がある。

藤井 中村さんは『日本の貧困女子』(SB新書)で北関東の女性たちの売春の実態をレポートされていますね。とても貴重な記録だと思いました。風俗産業、アダルトビデオなどのグレー産業は摘発と隣り合わせなのでデータみたいなのは取りようがないですね。北関東の女性たちの売春は、組織にかかわっていない、個人の間で行われるものですから、さらに見えにくい。

中村 社会の経済状況と風俗産業はつながっていて、経済状況がおかしくなると、風俗嬢をやるべきでない一般女性が流れてくる。日本では二〇〇四年あたりから一般女性が増えて、二〇〇九年には現在と同じく一般女性だらけになりました。この一〇年間は異常な状態が継続していますね。

藤井 なぜ二〇〇四年なのでしょうか。

中村 日本の経済的な停滞とネオリベ的な政策、それに裸になる女性たちの世代の問題、風俗やポルノ産業の競争がはじまったとか、複数の要因が重なった。たとえば慶應義塾大学から東京大学大学院の学生だった鈴木涼美がAV女優になったのもこの頃で、AV業界の競争が激しくなって業界全体が一般女性に目をつけていました。その頃に二〇歳前後だった女子がブルセラ世代だった。

経済的停滞で一番大きい影響は雇用の非正規化で、女性から貧困化したことや、大学奨学金制度の改悪でしょう。さまざまな理由が重なってAV女優や風俗嬢の人種が二〇〇四年を境に明らかに変わってきた

藤井 それまでの風俗嬢やAV女優は、多重債務者だったり、たとえば親に虐待を受けていたような、普通の家庭出身じゃない子が多かったわけですよね。

中村 二〇〇〇年代前半まで、若者を含めて本当に多重債務者はたくさんいました。正直、メチャクチャでしたね。消費者金融が市民権を得たり、借金はしやすい時代だった。二〇〇四年までは、裸の世界はとにかく特別な理由があるワケありの人が働く業界だった。それが二〇〇四年頃からだんだん、普通にちゃんと働いている女性が生活のためにやるようになっていった。

AV女優は九〇年代には「一億円もらってもやりたくない!」と女性たちにいわれてきた最底辺の仕事、恥ずかしい仕事でしたが、自分から出たいと応募する一般女性も増えてきた。

藤井 九〇年代後半といえば、山一證券の倒産から就職氷河期時代がピークに向かうとき。そういえば、武富士などのサラ金が堂々とCMを流していた時代ですよね、グレーゾーン金利がまだ存在していて。もちろん、闇金もすでに社会問題化してました。

中村 AVの場合は貧困のセーフティネットではなく、芸能的な要素もあるので、売春のほうがわかりやすいかな。お金がない女性がカラダを売ろうというのは普遍的な感覚で、二〇〇四年から五年くらいかけて、日本の経済的苦境とか衰退と比例して一般女性ばかりになった。今はもう惨状といっていい状況で、日本はもはや売春する女性だらけ。八〇年代の東南アジアみたいな状況になっている。

藤井 日本に暮らす女性がみんな売春しているわけではないでしょうが、貧しさが女性たちを売春に走らせたというのは、想像ができます。学歴や職歴などが問われることはないでしょうから、労働としては手っ取り早いのでしょうね。ただ、動機はそれだけだったのでしょうか?

中村 基本的には経済的な理由以外で足を踏みいれないでしょう。完全に経済の問題。いまもっとも酷い状況に陥っているのが女子大生、女子専門学生です。学費高騰、親世帯の収入減、奨学金の金融事業化、出席の厳格化、学生バイトの低賃金、消費増税、そしてコロナーーこれだけ悪条件が重なると困窮します。正直、かなりの割合の女子大生が困窮していて「パパ活」を含めた売春経験者の割合は、仮に事実を調査してデータ化することが可能なら、信じられない数値がでると思いますね。

藤井 ああ、それでコロナが女子大生の売春を増加させるだろうとおっしゃっていたのですね。

中村 コロナ前からすでに女子学生の売春は常態化、常識化している。だからコロナの影響はむしろ関係ないですね。信じられない数の学生が売春していますから、藤井先生の教え子でもきっといますよ。困窮が理由なので学力も育ちもまったく関係がない。本当に酷い現実がありますね。

優秀な女子大生の売春がここまで増えるような状況でも、企業は内部留保を増やして、団塊世代の幸せな余生などを財務省は優先している。これからの日本を担う女子大生は、放置されている。絶望的な優先順位の選択というか。女子大生たちの望まない風俗勤め、望まない売春を見ているだけで、少子化が説明できる。

藤井 その背景にはいろいろな問題があります。国民政党を自称しているとはいえ、自民党はあくまで企業や自営業者の利益団体中心の政党。都市部では大企業、地方でも農林水産業関係、中小企業などありとあらゆる利益団体に根を張り巡らせている。ところが、平成、令和と時代が変わってそこから漏れる人びとはどんどん増えている。自民党の統治は、漏れた人には当然厚くありません。とくに売春婦の実態などは、正確に把握されないですよね。

中村 夜の世界は匿名性が強いので、大規模な統計データみたいなことをとるのはむずかしい。女子大生風俗嬢にしても、誰もバレたくないから自分のしていることを口外しない。だから、誰も実態がわからないし、ベールに包まれているわけです。

藤井 近代国家、特に福祉国家の発展は、広い意味での社会調査なくしてはあり得ません。貧困状態にある人たちがどれくらいいて、母子家庭がどれくらいいて、不良少年がどれくらいいるのかを調査した上で、社会科学に基づく政策的な介入を行う、それが福祉国家です。福祉国家では、貧困や教育、子どもの専門家がどんどん政府に入っていく。彼らの知見を使って政府が現状を把握し、適切な介入をしていく。福祉国家の下でのソーシャル・ワークとはそういうものですが、きわめてテクノクラティックで規律的という問題も孕んでいた。

一方、ネオリベの下では、NPOなどの民間の団体にアウトソーシングされたり、丸投げされたりしていきます。国の介入ではうまくいかない場合もあるからですが、なによりコストがかかるからです。だから、今では、民間の団体に支援を受けつつ、自分や家族内で頑張る「自助」、もしくはコミュニティで頑張る「共助」が基本となります。それがネオリベのやり方ですね。

中村 自分で選択して、自己責任で経済的な苦境を乗り切ろうとする風俗嬢はまさにネオリベ的です。逆に福祉国家を望む人たちは自立している風俗嬢に介入しようとするので、よく対立が起こっている。風俗や売春は社会調査ができない、しようとしても困難なので、彼女たちへの支援みたいなことはなかなか進まない。そもそも経済的に自立していれば、支援なんて必要がないわけだし、風俗や売春の問題はいつまでも社会保障の土壌には乗らない。スタート地点にも立てないわけです。

(『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』第一章「コロナ禍が浮き彫りにした見たくなかった現実」より)

中村淳彦/藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』

学費のため風俗に走る女子大生、貧困地域で蔓延する主婦の売春、低賃金で部品のように働かされる介護現場。 ——「貧困」は社会のいちばん弱い部分を直撃する。 バブル崩壊から日本社会は転げ落ちはじめた。 終身雇用、労働組合のあり方、すべてが時代遅れとされ、ネオリベ(新自由主義)と自己責任論が社会を席捲した。 そこで犠牲になったのは、主に女性たちと若者。 そして、いま中年男性が狙われている。 国が決めたマクロな政策はときに末端の人々を壮絶な現実に陥れる。 ——衰退途上国で、次に堕ちるのは、中年の男たちだ。 衰退途上国・日本の現状を徹底討論したノンフィクションライターと政治学者による平成30年史。そして未来は?

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日本が壊れる前に

『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』の試し読みです。

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中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

藤井達夫

1973年岐阜県生まれ。2005年に早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、早稲田大学大学院政治学研究科ほかで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。著書に『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』(イースト新書)、『日本が壊れる前に』(亜紀書房、共著)がある。新刊『代表制民主主義はなぜ失敗したのか?』(集英社新書)は11月17日発売。

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