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日本が壊れる前に

2021.02.27 更新 ツイート

「一億総中流」という面白くはないが安定した人生を日本はなぜ捨てたのか? 中村淳彦/藤井達夫

風俗嬢やAV女優を長く取材してきたノンフィクションライターの中村淳彦さんが貧困問題にたどりついたのはいわば必然のことでした。そして、貧困をめぐる取材を進めると必ずぶつかるのが「新自由主義(ネオリベラリズム)」の問題だったそうです。しかし、「ネオリベラリズム」という単語を聞いたことがあっても、その内実を知る人は多くないかもしれません。中村さんと政治学者の藤井達夫さんが「日本におけるネオリベラリズムの実状」を解き明かす『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房、2020)から抜粋してお届けします。

一億総中流時代のさまざまな規制

中村 現代が酷いと感じる一方で、ネオリベ到来以前の日本、団塊ジュニア世代である僕が小中学校、高校時代を過ごした一九八〇年代は非常に幸せだったイメージがあります。

一億総中流と呼ばれた時代は、面白い人生ではなかったかもしれないけど、レールに乗った安心した生涯がある程度見える、やはり幸せな社会だった。そして、画一的な大人ばかりが生産される社会に反発した尾崎豊が若者たちのカリスマとなったりした。

 

藤井 僕も中村さんと同じ世代なので、よくわかります。一億総中流の時代はさまざまな規制が存在しました。そのなかでもっとも重要なのは、労働の規制です。僕らの社会は個人の所有・私有を前提としていますが、所有を生み出すのは労働です。労働をとおして生み出されたものは、正当な所有物になる。これは一七世紀のジョン・ロックの考え方で、これに基づいて僕らの今の社会ができている。

中村 価値を生みだす労働を支える雇用は〝人間のセーフティネット〞といわれている。

藤井 労働で稼いだお金で、自分や家族の生活を賄うのが大前提だし、生活・家庭・社会の安定は、労働の安定によって維持されている。でも、かつては、資本家と労働者の個人契約が主流だった。なので、賃金が非常に低かった。しかも資本家の都合で、簡単に首を切られるリスクもある。そもそも、労働は不安定なものだったのです。そこで労働を安定させるため、たとえば、労働三権が保障されました。それらは雇用を守る規制であるわけです。

中村 昭和時代には、雇用を安定させることを目的とした規制があったわけですね。高度経済成長だったことで規制強化しながら、終身雇用制、年功序列というシステムができあがった。年齢とともに昇給するシステムが機能し、安定した会社員たちは安心して家庭をつくって子どもを産んだ。

もっとも日本が安定した時代に生まれたのが我々団塊ジュニア世代で、一九七二(昭和四七)年、一九七三(昭和四八)年生まれは二〇〇万人以上いる。二〇一九(令和元)年の出生数は八六万人なので、現在の二倍以上の子どもが生まれていた。良質な雇用の安定と出生数は相関関係があるわけですね。

藤井 経営者に労働者を一定期間雇用させる、あるいはある程度の賃金を保障させる。これははっきりとした国家による規制です。使えなくなった労働者を切り捨てるのは今でもAV業界などは行っているかもしれませんが、そのような劣悪な雇用は一八世紀から一九世紀の資本主義社会では当たり前のことでした。ところが、これでは人びとの生活が不安定になるということで、雇用者に対して規制をかけることになった。

中村 八〇年代の日本は働きすぎの企業戦士とか、行き過ぎた受験戦争とか、細かい問題はあった。でも、日本の製造業は国際的にも評価されていて、世界を席巻していたともいえる。とにかく好景気だった。一時的な成功だったとはいえ、あれだけ豊かで安定した国を作れたのは、どこで誰がなにをやったからなのでしょうか。

藤井 簡単に言えば、工業化の成功なのですが、ここでは二つの要因を挙げておきたいと思います。一つは、企業の自発的な努力がありました。時代背景としても、アメリカを中心とするグローバルな資本主義の分業体制のなかで、日本は棚ぼた的な役割を与えられたことが大きかった。これによって、製造業を中心とした企業は大きく成長しました。

もう一つは、日本政府が企業を強力にバックアップしました。これは非常に重要な点です。政府は企業活動を支えることで持続的な経済成長を実現すると同時に、企業に国民の生活の安全を保障させる役割を担わせた。企業が人びとを正規社員として雇用し、労働の安定を保障することで、生活の安全を確保する役割を担う。また、そうすることで、社会保険制度も円滑に機能します

中村 日本は企業に雇用されているサラリーマン世帯が標準となっている。社会保障制度では個人の健康保険、厚生年金の半分を企業が支払っている。

藤井 企業に社会や人びとの生活安全を確保させる。政府はとにかく企業をバックアップする。バックアップを受けた企業は、従業員、つまり国民の生活を保障する。この形で昭和の時代の社会全体が安定したというわけです。

中村 昭和時代に形成され、平成時代にだんだんと壊れていった日本型社会主義ですね。八〇年代までの日本は社長や役員から平社員の給与差が少なく、平等で格差が少ないことが特徴だった。サラリーマンだけでなく、小さな商店も、工場も、地方も元気に機能していた。あの頃の日本に戻ろうという話ではなく、どうしてあのような成功ができたのか、ちゃんと知る必要があります。

藤井 第二次大戦後は、ソ連を中心とした社会主義圏と、アメリカを中心とした資本主義圏の対立があり、日本は西側諸国に組み込まれました。ブレトン・ウッズ体制というのですが、当時はイデオロギー上の対立であると同時に、経済のあり方の対立でもあったわけです。この頃、アジアの国々の多くは社会主義化した。中国、モンゴル、ベトナムなどが共産主義化、社会主義化していくなかで、日本は地政学的にも、自由主義‐資本主義を掲げる西側諸国の重要な砦で、アメリカもなんとしても日本を安定させたかった。日本を社会主義化させないために、労働者の生活を安定させ、過激化させないことが重要で、そのなかで日本の福祉国家化がなしとげられました。

中村 まさに、政治によって国を作り上げていったわけですね。いま以上に圧倒的に自民党が強かった時代でした。一応、ここで風俗産業のことをぶっ込んでおくと、自民党が福祉国家を形成していく過程で、性風俗産業も充実した。一九五七(昭和三二)年の売春防止法の施行で危機を迎えるも、本番行為をしないファッションヘルスなど、性交類似行為のサービスが開発されて繁華街の特定地域で営業を許された。

そして八〇年代〜九〇年代前半にピークを迎えます。政治的に分類すると、現在の性風俗産業は非常に自民党的だといえる。韓国も同じで朝鮮戦争後、資本主義化の過程で各地に売春街が次々とできています。

藤井 性風俗も豊かさとセットだったんですね。福祉国家のもとでの社会が安定するのは、競争が社会を破壊してしまわぬように、規制をとおして競争をコントロールしようとしたからです。もっとも代表的な規制は、所得が高い人ほど税率が高くなる累進課税による所得の再配分です。社会保険の充実もあります。先ほどお話ししたように、生活を自力で維持できない家庭に政府が介入することもその一つ。日本でも福祉国家は、社会の工業化とともに完成に向かうのですが、その際、製造業界が非常に大きな役割を果たしました。

「規制を外せ」「市場を開放しろ」というアメリカからの圧力

中村 ところが、製造業界が八〇年代からはじまったグローバル競争に負けていってしまった。

藤井 日本を支えてきた製造業が、NIEsと呼ばれた新興工業経済地域の国々にどんどん追いつかれてしまった。そうしたなかで、アメリカは八〇年代から九〇年代にかけて、いち早くポスト工業化社会に対応して、ものづくりから情報・知識産業へとシフトした。

日本の最大の問題は、その移行がうまくできなかったことです。

中村 国民に安定をもたらした終身雇用によるメンバーシップ型の組織や縦割り行政が硬直して、ポスト工業化に対応できなくて競争に負けた。国民全員に安心や安定を与えれば、硬直化して変化に対応できなくなり、逆にネオリベによって徹底的に競争をさせれば、敗者が膨大にでてしまう。福祉国家でも、ネオリベでも、一長一短ですね。

藤井 その通りですね。福祉国家がうまく機能する社会的条件は、社会の工業化です。より正確には、工業化社会を前提にして福祉国家が制度化された。逆に言えば、ポスト工業化社会で、二〇世紀型の福祉国家がうまくいくとは限りません。福祉国家時代の日本はいろんな形で、規制に守られてきた。労働や家族を守るための規制もそうですが、銀行や農業にも規制をかけた。それは冷戦下ではある程度許されました。革命が起きて日本が社会主義化してはまずいから、アメリカも目をつぶってきたわけです。

しかし、七〇年代のオイルショック以降、アメリカもヨーロッパも余裕がなくなってきて、長期の不況に入ります。アメリカではとくに、国内からの突き上げが激しくなるわけです。なんで日本にそんなに甘いんだ、日本との貿易不均衡を解消しろって。その流れのなかで、円安ドル高を是正するために一九八五年、プラザ合意が締結されたものの、それでもアメリカの対日貿易赤字は十分に減らなかったので、次は日米の構造協議という形で熾烈な貿易交渉がはじまることになったわけです。それ以前からですが、日本はアメリカから言い続けられるわけです、「規制を外せ」、「市場を開放しろ」と。

中村 「牛肉・オレンジ自由化」とか「市場開放」といわれていたことは、規制を取っ払うネオリベ化だったわけですね。現在の「ネオリベ」の芽というか、はじまりはオイルショックによる不況だったのでしょうか。

藤井 「牛肉・オレンジ自由化」交渉は一九七七年に始まっています。ネオリベラリズムという考え方自体は、一九三〇年代に既に存在していました。しかし、それが当時の先進国において政策として実施され始めるのは八〇年代頃からです。それ以降、経済上の規制を緩和すると同時に、国内では、それまで労働者の雇用安定に寄与してきた規制も緩められ、労働自体が不安定化しました。

中村 我々団塊ジュニア世代が生まれるあたりのオイルショック時におけるアメリカからの圧力でネオリベの芽が生まれた。でも、僕を含めて一般的に知られているネオリベ路線への転換は、小泉純一郎首相と竹中平蔵大臣による構造改革や経済政策でしょう。それ以前になにがあって、どうして小泉、竹中路線へとつながったのでしょうか。

藤井 それについては、まず、中曽根内閣のときの三公社(専売公社、日本電信電話公社、日本国有鉄道)の民営化を挙げる必要があるでしょう。非自民党で作られた細川内閣(一九九三年八月〜一九九四年四月)の時点で、すでに労働の規制緩和は行われていました。アメリカは八〇年代から経済・産業政策がネオリベ化し、日本に強い圧力をかけるようになった。アメリカ自身も、それまではさまざまな産業が規制で守られてきたのに、レーガン政権以降、その規制を国内外で取っ払っていった。

中村 国際的な大きなうねりがあって、日本も同調せざるをえなかった。

藤井 そうですね。そしてアメリカ自体が、貿易赤字と財政赤字という双子の赤字を持っていて、それらを削減しながら、経済成長をしなくてはいけなくなった。実は、レーガン政権は弱体化したアメリカを立て直すためにネオリベ的政策を導入した結果、かえって長年アメリカを苦しめることになるこの双子の赤字を増やしてしまったんですね。

中村 アメリカはネオリベを基調にポスト工業化を成功させたことで経済成長できたが、日本はデフレがとまらず、格差も広がり、国民を貧困化させてしまった。

藤井 そう言えると思います。アメリカは国内の規制を徹底的に緩和すると同時に、国家同士の規制も緩和するように迫ってきた。アメリカは日本にも市場を開放しなさい、つまり規制を取っ払え、と言ってきたのです。

中村 規制を取っ払って市場開放してグローバルになれば、顧客の層が広がりますね。国際的な競争がはじまって、勝つことができれば大きな利益が見込める。日本はそれに抗することはできなかったのでしょうか。どうして規制緩和をせざるをえなかったのでしょう。具体的にアメリカは誰にプレッシャーをかけるのですか。

藤井 プレッシャーはいろんなレベルであります。基本的には日米通商協議がずっと続いていますから、たとえば、その会議のなかで日本政府にアメリカの意向が直接伝えられます。もう一つアメリカがやっているのは、ネオリベ政策を推進する人やシンクタンク、政治家とコネクションのある学者を、日本政府に登用させることです。彼らをとおして日本政府そして世論を変えていくのです。

中村 御用学者ですか。

藤井 アメリカの息のかかった御用学者ですね。

中村 アメリカが日本の学者にどうつながって、どう息をかけるのでしょう。

藤井 コネクションを作るんですよ。たとえばイェール大学で学び、そこでアカデミックな師弟関係ができた日本人学者を帰国させ、日本の大学に勤めさせると同時に、政府の専門員会に登用するとか。

外からは政府間の交渉会議をとおしてアメリカの要求を突きつけ、政府の重要な経済政策立案者にアメリカのネオリベを学んだ人を登用させる。そうすることで日本政府を内側からネオリベ化させていくのです。

(『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』第一章「コロナ禍が浮き彫りにした見たくなかった現実」より)

中村淳彦/藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』

学費のため風俗に走る女子大生、貧困地域で蔓延する主婦の売春、低賃金で部品のように働かされる介護現場。 ——「貧困」は社会のいちばん弱い部分を直撃する。 バブル崩壊から日本社会は転げ落ちはじめた。 終身雇用、労働組合のあり方、すべてが時代遅れとされ、ネオリベ(新自由主義)と自己責任論が社会を席捲した。 そこで犠牲になったのは、主に女性たちと若者。 そして、いま中年男性が狙われている。 国が決めたマクロな政策はときに末端の人々を壮絶な現実に陥れる。 ——衰退途上国で、次に堕ちるのは、中年の男たちだ。 衰退途上国・日本の現状を徹底討論したノンフィクションライターと政治学者による平成30年史。そして未来は?

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日本が壊れる前に

『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』の試し読みです。

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中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

藤井達夫

1973年岐阜県生まれ。2005年に早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、早稲田大学大学院政治学研究科ほかで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。近著に『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』(イースト新書)がある。

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