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もう親を捨てるしかない

2021.02.19 公開 ツイート

介護で追い詰められ両親を…利根川心中の悲劇 島田裕巳

超長寿国、日本。人生100年時代と言われて久しいですが、その分高齢化も進み、お金・介護・認知症などの問題はより深刻になってきています。現代において子は、介護という地獄を受け入れるほどの恩を親から受けていると言えるのでしょうか。宗教学者で作家の島田裕巳さんによる幻冬舎新書『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』より、本音でラクになる生き方「親捨て」について、一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

81歳と74歳の夫婦が遺体で発見。逮捕されたのは実の娘

親は、捨てる──。

今や、そうした時代が訪れている。それほど事態は深刻だ。

それを証明する事件や事態が次々と起こっているが、これもその一例である。

それは、「がわしんじゆう」と名づけられた事件である。

利根川心中などと呼ばれると、じようの「ざき心中」など、男女の愛欲の果ての自殺行を思い起こす。だが、利根川心中はそんなものではない。『週刊朝日』(2015年12月11日号)誌の報道によれば、事件のてんまつは次のようなものだった。

(写真はイメージです:iStock.com/Highwaystarz-Photography)

2015年11月22日、群馬県在住の78歳の男性が、趣味のかもりようのために利根川に出かけたときのことだ。

川に、白髪で白い服を着た女性が横を向いて浮かんでいるのを目撃した。男性は、当然110番通報した。

遺体の身元は、その場所から7キロメートルほど離れた埼玉県ふか市に住んでいた81歳の女性だった。

遺体のそばでは、47歳になるその女性の三女が座り込んでいた。三女は低体温症の状態にあったが、病院に運ばれ、命には別状がなかった。

そして、女性の夫の遺体も、そこから300メートル上流で発見された。夫の方は74歳だった。

これを受けて埼玉県警は、三女を母親に対する殺人、父親に対する自殺ほうじよの疑いで逮捕した。三女は、その日の未明、両親を乗せた軽自動車を運転し、車ごと利根川に突っ込み、心中をはかったのだった。

三女は容疑を認め、「認知症の母の介護で疲れた。貯金も年金もなくなった。病気になり、働けなくなった父から『一緒に死のう』と言われ、一家心中しようとした」と供述した。

 

3人姉妹の末っ子である三女は独身で、両親と同居していた。ところが、母親の方は10年ほど前にまく出血で倒れ、それをきっかけに体調を崩し、認知症も進行していた。三女は、5年ほど前まで菓子店につとめていたが、母親の介護のために離職し、介護に没頭していた。

父親の方は、30年前から新聞の販売店につとめていたが、「せきずいの中の神経の病気」にかかり、事件の10日ほど前に販売店を辞めていた。ただ、一家は生活保護を申請し、その日のうちに受理されていたというから、心中は経済的なことだけが理由ではないであろう。

仕事ができなくなった父親が将来を悲観して心中をもちかけ、介護で追い詰められていた娘が、それに同調したということらしい。

この事件は、テレビや新聞で報道されたが、それほど詳しいものではなく、その後は思っていたよりも大きな話題にならなかった。

(写真はイメージです:iStock.com/Motortion)

私は、翌週の週刊誌が各誌、この事件を取り上げるのではないかと思ったが、大きく扱ったのは、『週刊朝日』だけだった。それも、「下流老人の悲劇」というところにポイントがおかれ、記事の最後も、ベストセラーになった『下流老人』の著者、藤田たかのりのコメントで締めくくられていた。

『下流老人』は、『週刊朝日』を刊行する朝日新聞出版の朝日新書の一冊である。うがった見方をすれば、この記事は、『下流老人』の広告である。

要は、この利根川心中に対して、世間はさほど強い関心を示さなかったことになる。

それは、この事件に重要性がないからではない。

むしろ、とても重要な事件なのだが、同種の事件があまりにも頻繁にくり返されていて、しかも、解決の目処が立たないから、世間は見て見ぬふりをしているのだ。

 

この事件を報じた埼玉新聞の記事(12月1日付)では、近所に住む70代の女性は、一家とはあいさつを交わすものの、生活苦は知らなかったと語っている。そして、「仲良しで協力していた素晴らしい家族。人のお世話にならないで何とかしようとしていたのではないか」と感想を漏らしたという。

報道では心中とは言われているものの、三女は殺人の疑いで逮捕された。事情からすれば、寛大な判決が下される可能性もあるが、彼女が両親を死に至らしめたという事実は消えない。彼女は殺人者であり、しかも、殺した相手は実の親なのである。

※編集部注:懲役4年の実刑判決が下りました(2016年6月23日、さいたま地裁)

もし娘が親を捨てていたら

20世紀のはじめに制定された明治刑法では、「そんぞくさつ」の規定があった。尊属とは、親等上、父母と同列以上にある血族のことである。尊属殺に対しては、通常の殺人罪ではなく、尊属殺人罪が適用され、刑罰は無期懲役か死刑と重かった。これについては、1973年に違憲とする最高裁判決が出され、1995年に撤廃されたが、三女の行ったことは、尊属殺の規定が生きていた時代には、通常の殺人以上の重罪だったのである。

尊属殺の規定が設けられたのは、親には孝を尽くすべきだという儒教の考えにもとづく道徳観念が、かつての日本社会では根強かったからである。尊属を死に至らしめることは、この孝の観念に反する重大で反道徳的な行為と見なされたのである。

しかし、この事件の場合、三女が精一杯孝を尽くしたがゆえに、親殺しに至ったとも考えられる。介護にすべてを捧げたことが、とんでもない結果を生んでしまったのだ。

この点は極めて重要である。単純化してしまえば、親孝行が親殺しに結びついたことになる。

(写真:iStock.com/Masaaki Ohashi)

では、どうすればよかったのか。

三女からすれば親を捨てればよかったのである。

 

そんなことを言えば、「何ということを言うか」と非難されるかもしれない。

親を捨てるという行為は、人の道に外れていると思われるだろう。

だが、もしこのケースで、老夫婦に介護をする子どもがいなかったとしたら、どうなるだろうか。

そういうケースはいくらでもある。夫が認知症の妻の介護をするという形である。

その場合も、行き詰まって、夫が妻を殺すなり、心中に発展する可能性もある。

しかし、高齢者の夫婦2人だけなら、周囲はより早い段階で窮状を察知し、生活保護を含め、何らかの保護が行われていたのではないだろうか。少なくとも、子どもがいなければ、その子どもがそこに巻き込まれ、殺人まで犯すことにはならなかった。

親を捨てることしか解決策はないのではないか。

 

殺人や心中に至らなかったとしても、介護に人生を費やし、その犠牲になっている人たちは無数に存在する。

「介護離職」ということばがあるくらいで、介護のために仕事を辞めざるを得なくなった人間は少なくない。離職してしまえば、収入が途絶えるわけで、それは、必ずや悲劇を招き寄せることになる。

介護による悲劇に陥らないためには、もう親を捨てるしかない。

今や、日本の社会はそうした状況におかれているのである。

関連書籍

島田裕巳『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』

年々、平均寿命が延び続ける日本。超長寿とは言っても認知症、寝たきり老人が膨大に存在する現代、親の介護は地獄だ。過去17年間で少なくとも672件の介護殺人事件が起き、もはや珍しくもなくなった。事件の背後には、時間、金、手間のみならず、重くのしかかる精神的負担に苦しみ、疲れ果てた無数の人々が存在する。現代において、そもそも子は、この地獄を受け入れるほどの恩を親から受けたと言えるのか? 家も家族も完全に弱体化・崩壊し、かつ親がなかなか死なない時代の、本音でラクになる生き方「親捨て」とは?

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島田裕巳 作家、宗教学者

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』『八紘一宇』『もう親を捨てるしかない』『葬式格差』『二十二社』(すべて幻冬舎新書)、『世界はこのままイスラーム化するのか』(中田考氏との共著、幻冬舎新書)等がある。

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