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もう親を捨てるしかない

2021.03.07 更新 ツイート

尊厳死を望む83歳の男性。日本は超長寿社会を持て余している 島田裕巳

超長寿国、日本。人生100年時代と言われて久しいですが、その分高齢化も進み、お金・介護・認知症などの問題はより深刻になってきています。現代において子は、介護という地獄を受け入れるほどの恩を親から受けていると言えるのでしょうか。宗教学者で作家の島田裕巳さんによる幻冬舎新書『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』より、本音でラクになる生き方「親捨て」について、一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

壁にぶち当たる安楽死、尊厳死の実現

ある日の新聞の投書欄には、「長生きはめでたいことなのか」という投書が載っていた。

投書しているのは、神奈川県の83歳の男性である。この投書は、日本人の平均寿命は男女ともに過去最高を記録したが、それがめでたいことなのかを問いかけたものだった。

その男性は、今の日本の高齢化対策は、もっぱら長生きさせることにおかれてきたと言う。

けれども、社会の活力の維持には適切な形での新陳代謝が必要であり、高齢者にしても、いかなる状態になっても長生きしたいとは考えていないというのだ。

この男性は、まだ元気なのだろう。自分が寝たきりになり、排泄もままならない状態になったら、介護を拒否し、安楽になりたいという希望を述べていた。

その上で、自分では安楽にはなれないので、社会に適切な処置を願いたいというのだ(朝日新聞、2015年8月30日付朝刊)。

(写真はイメージです:iStock.com/Toa55)

これは、安楽死を可能にする仕組みが日本社会にも作られることを望む、安楽死願望の表明である。

ただ、これは男性自身が選んだことなのか、それとも新聞社の側が配慮したことなのか、そこらあたりがはっきりはしないのだが(おそらくは後者だろう)、投書のなかでは、「安楽死」という表現は使われていない。それに該当するであろう箇所は、「安楽になること」と記されている。

安楽死ということばは、昔から使われてきたが、社会的には役に立たなくなった人間を人工的な手段を用いて死に追いやるというイメージがつきまとうことから、このことばを使うことに慎重な人たちも少なくない。

ペットや実験用に使われる動物を安楽死させることは、「殺処分」と呼ばれている。要は、人間の安楽死も殺処分と混同されることがあるので、極力安楽死ということばを使わないというのが、今の風潮なのである。

だからこそ、安楽死の代わりに、「そんげん」という表現が使われることが多い。尊厳死の方が、安楽死よりも意味するところが曖昧であるようにも思えるが、1976年に設立された「日本安楽死協会」も、83年には「日本尊厳死協会」と改称されている。

 

この日本尊厳死協会では、会員に対して、「尊厳死の宣言書」というものを配布しているので、参考のために、それをここで紹介しておこう。

それは、「リビング・ウイル(Living Will)」とも呼ばれているが、生前から尊厳死を希望することを本人が宣言しておくものである。それは、次のような内容になっている。

(1)私のしようびようが、現代の医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合には、ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命措置はお断りいたします。

(2)ただしこの場合、私の苦痛を和らげるためには、麻薬などの適切な使用により十分な緩和医療を行ってください。

(3)私が回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った時は生命維持措置を取りやめてください。

以上、私の宣言による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従ってくださった行為一切の責任は私自身にあることを付記いたします。

年  月  日    自署

新聞に投書した83歳の男性が、日本尊厳死協会のことを知っているのかどうかは分からない。この宣言書に署名しておけば、男性の希望はかなえられるのかもしれない。

だが、投書を読む限り、男性は、こうした意思表示をしなくても、社会の側が自然に延命治療を中止し、安らかに死なせてくれることを望んでいるようにも思える。

 

実は、日本尊厳死協会では、尊厳死の法制化をめざしている。ただそれは、現在でも実現していない。

この協会は、現在12万人近い会員を抱えている。膨大な数である。しかも、超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」も組織されている。

にもかかわらず、障害者の団体からの反対もあり、法制化にまでは至っていない。今度こそ法案が上程されるという話は、国会が開かれるたびに流されるが、上程さえされたことはない。

したがって、尊厳死の実現は、個々の医師に委ねられているのが現状である。現代の医学が、たとえ高齢者であっても、なんとか長生きさせることに全力を傾けてきただけに、尊厳死や安楽死の実現は、つねに壁にぶち当たってきたのである。

「なかなか死ねない」長寿国日本の実情を世界各国の平均寿命から眺めると

私たちが、こうした問題に直面し、悩まなければならないのも、投書した男性が言っているように、平均寿命が絶えず更新されていくような長寿社会、さらに言えば、「超長寿社会」になったからである。しかも日本は、この面では世界有数の国なのである。

2015年5月13日に発表された世界保健機関(WHO)による「世界保健統計2015(World Health Statistics 2015)」によれば、2013年時点においてもっとも長寿な国は、男女の平均が84歳の日本である。

(写真:iStock.com/SPmemory)

以下、男女の平均だけを問題にするが、2位はスペインとフランスに挟まれたピレネー山中の小国アンドラの83歳である。この2位には、オーストラリア、イタリア、サンマリノ、シンガポール、スペイン、スイスが並んでいる。

以下、主なところを見ていくと、お隣の韓国が82歳で同率9位である。経済危機を迎えたギリシアが81歳で同率20位で、実質それを救った今やヨーロッパの盟主的な立場にあるドイツも同じである。これを皮肉なことと見る人もいるかもしれない。

イギリスも同じ81歳である。これがアメリカになると、79歳(同率の34位)と、日本に比べればかなり低い。日本人の人生とアメリカ人の人生は5年も違うのだ。

中国はさらに低くて75歳(同率の68位)であり、ロシアになると70歳の北朝鮮よりも低く、69歳(なんと同率の124位)である。

最下位は、西アフリカのシエラレオネで、46歳、世界全体の194位である。下位にはずらりとアフリカ諸国が並んでいる。南アフリカでさえ、60歳で同率の167位である。アフリカ諸国においては、まだ乳幼児の死亡率が高い。

 

シエラレオネの46歳の平均寿命と言えば、日本では明治、大正時代に相当する。今や、これから経済発展をとげていく最後の大陸がアフリカとされており、予測の通りになれば、経済の発展とともに平均寿命も延びていくだろう。だが、日本のレベルに到達するには、考えられないほどの時間が必要かもしれない。

たしかに、平均寿命という面で考えれば、日本人はシエラレオネの人々に比べて、はるかに幸福だ。生まれたばかりの赤ん坊を失うという悲劇を経験することは少ないし、相当に長いあいだ健康な生活を維持することができる。平均寿命が長くなったということは、そういうことである。

しかし、投書した男性が言うように、現在の日本人は超長寿社会になったことを持て余しているようにも見える。

それは、長生きを実現している本人にとってだけではなく、それを支えなければならない、あるいは介護しなければならない家族にとっても言えることである。認知症で徘徊するようにでもなれば、家族はそれを放っておくわけにもいかない。だが、警察庁の発表にあったように、捜しても見つからない場合さえあるのだ。

関連書籍

島田裕巳『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』

年々、平均寿命が延び続ける日本。超長寿とは言っても認知症、寝たきり老人が膨大に存在する現代、親の介護は地獄だ。過去17年間で少なくとも672件の介護殺人事件が起き、もはや珍しくもなくなった。事件の背後には、時間、金、手間のみならず、重くのしかかる精神的負担に苦しみ、疲れ果てた無数の人々が存在する。現代において、そもそも子は、この地獄を受け入れるほどの恩を親から受けたと言えるのか? 家も家族も完全に弱体化・崩壊し、かつ親がなかなか死なない時代の、本音でラクになる生き方「親捨て」とは?

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島田裕巳 宗教学者・文筆家

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』(すべて幻冬舎新書)、『0葬』(集英社)、『死に方の思想』(祥伝社新書)、『戦後日本の宗教史』(筑摩選書)等がある。

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