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パラシュート

2021.04.10 更新 ツイート

#3 開け、パラシュート…息をもつかせぬノンストップ・サバイバル・サスペンス 山田悠介

「大学生二人を拉致した。攻撃を止めなければ命はない……」。首相官邸に届いたテロリストからの脅迫電話。ところが首相はそれをはねつける。国から見放された賢一と光太郎は、無人島上空からパラシュートをつけて突き落とされる。テロリストと首相への復讐に燃える賢一は……。息をもつかせぬノンストップ・サバイバル・サスペンス、『パラシュート』。中高生から圧倒的人気を誇る山田悠介さんが贈る本書より、物語の冒頭をご紹介します。

*   *   *

男が指示を出すと、賢一はその仲間たちに強引に立たされた。賢一は首を振りながら後ずさりするが、男たちの力には敵わなかった。

悪い予感は的中した。扉のすぐ手前に連れていかれたのだ。

(写真:iStock.com/Ronald Paras (Picxel8 Studios))

「おい、冗談だろ」

抵抗しても無駄だった。下手をすれば落ちる。いや、どちらにせよ奴らは落とすつもりである。

下に一瞬だけ目をやった。雲の中を突き進んでいるのか。真っ白だった。

「おい……」

歯をガチガチとさせながら声を絞り出す。男はトランシーバーを手に、誰かと連絡を取っているようだった。しばらくしてその意味が分かった。

白い靄が消え、真っ青な空が一面に広がった。太陽の光が瞳に差し込んだ。

賢一の目に、もう一機のジェット機が映った。こちらにどんどん近づいてくる。

仲間か?

「よく見てろ」

後ろから命令が飛ぶ。

間もなく、もう一機の扉も同じように開いた。

中にいる人物を見て、賢一は叫んでいた。

「光太郎!」

風の音で掻き消される。仮に届いたとしても、俺の言葉を理解できるのか。

テロ集団に身体を支えられている光太郎は、ぐったりとしている。腹部が赤いように感じるが、あれは血なのだろうか。

そのとき、賢一の記憶が呼び覚まされた。そうだ、光太郎は真っ白いTシャツを着ていたではないか。

彼は信じたくなかった。ハッチ際でもがき、そして叫んだ。

「光太郎!」

やがて力尽きた賢一は、グッタリとなり、男に訊いた。

「殺したのか?」

男は、

「さあ」

と首を傾げた。無責任な答えである。

賢一の頭の中がカッと真っ赤に染まった。彼の目は血走った。

コイツら、ぶっ殺してやる!

「彼が死んだのか生きているのか、それは分からない」

賢一は、握りしめていた拳を開いた。

「なんだと」

賢一は小さく口を動かす。

「君も彼のようにしてやってもいい。しかし、一応私の身体にも日本人の血が流れている。この場で殺すのは止めよう」

テロ集団に押さえつけられている賢一は、男を鋭く睨む。

「君には、生き延びるチャンスをやろう。彼にはパラシュートを背負わせている」

男が何を言おうとしているのか把握できなかったが、賢一は目を凝らし光太郎の肩に注目する。

確かに、リュックのような物を身につけている。

「現在、高度三五〇〇メートル。君にはもうじき、当機から落下してもらう。君は空中で彼を掴まえ、パラシュートを開け。そうすれば、命は助かる。まあ無理だとは思うがな」

賢一の中でさまざまな感情がぶつかり合う。怒り、恐怖、悲しみ、いずれも表には出せない。ただ、放心する。

『落下』

その二文字がぼんやりと浮かんだ。

「選択の余地はない。君はここから飛び降りる」

賢一は、光太郎と空を見比べた。

自分が生きるか死ぬかより、彼の命が気がかりだった。

「準備はいいか?」

覚悟なんてできやしない。無意識のうちに、賢一は男に訊いていた。

「もし俺があっちに乗っていたら、光太郎と同じ目に遭っていたということか?」

男は上唇をつり上げて言った。

「そうだ」

賢一は胸を痛めた。そして男は最後にこう付け足した。

「君は運が良かったよ」

光太郎の身体がジェット機から落とされた。同時に、賢一は後ろから背中を蹴られた。二人は、真っ逆さまに落ちていった。

透き通った空だった。不意に放り出された賢一の身体は、前に回転しながら急降下していく。一瞬、ジェット機が目に飛び込んできたが、すでに小さくなっていた。

風圧で胸が苦しい。きつく締めつけられているようである。そのせいで息がうまくできない。耳の中が圧迫されて頭にまで刺激が走る。空気が耳の穴に激しく入り込んでくる。鼓膜が破れそうであった。口は開けるが声を出すことができない。まずは体勢を整えなければならなかった。むろん、支えてくれるものなど空にはなく、スカイダイビングなどやったことのない賢一にとって、体勢を整えるのは困難であった。当然、光太郎のことを考える余裕はなかった。

しかし人間、極限状態に陥ると自然に頭と身体が連動するのか。ゴーッという音に包まれている中、賢一はまず自分を落ち着かせ、大きく身体を開いてみた。すると多少バランスが取れるようになり、回転を止めることができた。ようやくうつ伏せの状態が取れた賢一は、光太郎の姿を捜す。完全に彼の姿を見失っていた。雲に邪魔されて視界が確保できない。それ以前に、しっかり目を開くことさえ困難なのである。

いったいどこにいる。

その一点に夢中であった。いつしか、恐怖よりも責任感のほうが強くなっていた。

俺が撃たれていたかもしれないんだ。

何としても光太郎を守らなければならない。助けなければ。そして一緒に生き延びるんだ。

生き延びて、あいつらに仕返しする。絶対に許さねえ。奴らの顔、特に日本語をしゃべる男の顔は網膜に焼きついている。

(写真:iStock.com/Andranik Hakobyan)

賢一の身体は確実に地面に向かっている。時速何キロで落下しているのか。一〇〇か、二〇〇か。ただ身体を安定させると、落ちているという感覚はなく、飛んでいるという感じであった。どちらにせよ、俺の身体には命を守る道具がない。身体一つで落下している。そう思うと心臓がギュッと締めつけられた。

死にたくねえ。光太郎だって死なせねえ。生きていてくれ。

雲を抜けたとたん、半目状態だった賢一の両目がパッと開いた。

光太郎!

どれくらい離れているのかは推測できないが、左斜め下に、仰向け状態で身体を大きく開きながら落下している光太郎の姿をとらえることができた。意識はあるのか。目を開けている様子はない。光太郎は、まったく動かないのだ。ジェット機から落とされたことすら認識していないかもしれない。

賢一と光太郎との距離はかなりあった。地上まであとどれくらいあるのか見当もつかないが、地面はどんどん近づいてくる。時間がない。早く掴まえなければ二人とも死ぬ。しかしこの距離である。二つの身体が重なるのは容易ではない。

早く追いつかなければならない。しかし今のこの体勢では無理だ。

賢一はまず、バタバタと舞う青いシャツを脱ぎ捨てた。シャツは鳥のごとく、飛んでいく。賢一は、大きく広げていた両腕と脚を閉じ、プールに飛び込むときのような形になった。風の抵抗が半減し、落下速度が増したようである。これならすぐに追いつけるはずだった。しかし、そう簡単にはいかなかった。光太郎との距離は縮まっているような気はするが、まだまだ手は届かない。

少しでも速度を上げようと、賢一は指先までピンと張った。

風を切り裂いていく音。賢一は青い空を真下に突き進んでいく。しかし光太郎との距離は思うように縮まらない。もっと速度を上げる方法はないかと考えたが、良案など浮かばなかった。

手が届いてくれと祈るしかなかった。

「光太郎!」

彼は叫んでいた。

「光太郎!」

無駄だとは分かっている。声が届くはずがない。聞こえたとしても、何が変わるわけでもない。それなのに大声で叫んでいた。

「光太郎!」

ただ一点を見つめる。彼の眠る顔。

突然悲しみが波のように押し寄せてきた。彼との過去が、走馬灯のように蘇ってきたからだ。

光太郎とは、小学校からの親友だ。とはいえ最初はものすごく仲が悪かった。犬猿の仲である。二人ともクラスのリーダー的存在で、ちょっとしたことでいつも睨み合っていた。賢一自身、光太郎のことが嫌いだった。しかし心のどこかで彼に一目置いていた。自分と同じくらい身体は大きいし、ケンカも強い。上級生に勝ったという話も耳にしていた。いつか衝突するときが来るかもしれないと、子供ながらにそう思っていた。

そんなある日、お互いの子分が殴り合いのケンカを始めた。理由は些細なことだ。グラウンドの陣地の奪い合い。当時ドッジボールが流行っており、大きな陣地を確保しなければドッジボールはできなかった。今思えば単なる球の投げ合いだが、あのころはみな、どうすればドッジボールが上手くなれるのか真剣に考えていた。

両グループのケンカは、言い争いから殴り合いへ、といった感じだった。最初はそれくらいで収まるはずだったのだが、だんだんとエスカレートし、いよいよリーダー同士のケンカにまでなってしまった。

賢一が殴れば、光太郎が返す。お互い鼻血を流しながら、闘った。とはいえしょせん子供のケンカである。殴り、殴られ、それを繰り返す。二人とも体力の限界に達し、グラウンドに大の字になって倒れた。子分たちは怖がって逃げてしまい、グラウンドには二人だけとなっていた。

一陣の風が通り過ぎたあと、笑いがこみ上げた。ケンカの理由をよく考えたらバカバカしくて、おかしかったのだ。二人は空を見ながら大声で笑った。そして、お決まりの握手をした。お互いの力を認め合ったのだ。

あのときからだった。光太郎とつるむようになったのは。

よく考えると、二人でいたときは悪いことばかりしていた。

誰かれかまわずケンカを売って、容赦なくボコボコにする。たまに痛い目をみることもあった。ただそれも、面白さの一つだった。とにかくあの当時はスリルを求めていた。退屈な毎日から抜け出したかった。親も、教師も、言うことは同じであった。

勉強しろ。良い点を取れ。良い大学に入れ。そうすれば将来の幸せは約束されるのだから。

ウンザリだった。大人は誰一人として俺たちの気持ちを分かってはくれなかった。大人がうるさく言うほど、反発心は強くなっていく。光太郎も同じ気持ちだったのだろう。だから彼との仲は深まっていった。

高校、大学はギリギリで入学できた。全国で下から二番目の偏差値の大学だそうだ。親が一応入っておけと言うから受験した程度である。もちろん真面目には通っていない。遊びに行っていたようなものだ。

今思えば、光太郎とは将来について語ったことが一度もなかった。どんな職業に就きたいのか、二人とも夢なんてなかった。何となく毎日を生きていた。

今が楽しければよかったのだ。周りからゴミ扱いされようが、俺たちなりにやってきた。

そして二一年間生きてきて、一つの答えが出た。

やっぱり大人は、俺たちを助けてはくれなかった。今回が良い例である。国にまで捨てられたのだ。笑える話だ。もう奴らは信じない──。

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パラシュート

「大学生二人を拉致した。攻撃を止めなければ命はない……」。首相官邸に届いたテロリストからの脅迫電話。ところが首相はそれをはねつける。国から見放された賢一と光太郎は、無人島上空からパラシュートをつけて突き落とされる。テロリストと首相への復讐に燃える賢一は……。息をもつかせぬノンストップ・サバイバル・サスペンス、『パラシュート』。中高生から圧倒的人気を誇る山田悠介さんが贈る本書より、物語の冒頭をご紹介します。

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山田悠介

1981年、東京都生まれ。デビュー作『リアル鬼ごっこ』は、発売直後から口コミで評判となり、累計200万部を超える大ベストセラーとなる。著書に『親指さがし』『ドアD』『復讐したい』『神様のコドモ』(幻冬舎文庫)、『その時までサヨナラ』『僕はロボットごしの君に恋をする』(河出書房新社)、『キリン』(KADOKAWA)など。映像化された作品も多数。中高生からの圧倒的人気を誇る。

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