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猫だましい

2020.10.29 公開 ツイート

大腸がんのステージIV?ああ~!またやっちまった~! ハルノ宵子

自身の一筋縄ではいかない闘病と、様々な生命の輝きと終わりを、等価にユーモラスに潔く綴る、ハルノ宵子さんのエッセイ『猫だましい』より、試し読みをお届けします。

*   *   *

ステージⅣ

今年(2017年)1月正月明けのことだ。

「ほらここ、腸壁を突き破って裏側まで出てるから、ステージIII……IVかな」。不鮮明なC T画像を指差しながら、都立K病院の消化器内科医はボソッとつぶやいた。ステージIVの大腸がん「ああ~! またやっちまった~!」

その1年ちょい前には、自転車の酔っ払い運転でコケて大腿骨を骨折し、人工股関節置換手術で、1ヶ月近く他の病院のお世話になったばかりなのに。また入院かぁ~……。

なんでなのか、私は“がん”というモノに、まったく「ガーン」とならない。よくがんの告知を受けて目の前が真っ白になったとか、どうやって家まで帰り着いたのか記憶がないという人がいるが、私はがんという病気を特別視しない。ただただいやおうなく、病院と付き合わねばならないことだけがイヤなのだ。いつどこでこのメンタルが培われたのかは不明だが、父親だって大腸がんをやっているし、ありとあらゆる種類の猫のがんと付き合ってきたので、無知ゆえではない。むしろ人より多くの症例を見てきていると思う。

5年前には乳がんで、片乳を全摘出している。5年目を目前にして、そろそろ無罪放免と いう昨年の夏頃だった。同病院の乳腺外科の美人主治医から「腫瘍マーカーの数値が上がっ てきている。乳腺は定期検診でよく見ているから大丈夫だと思うけど、このマーカーは他に も、大腸・胃・肺のがんでも上がる可能性があるので、できれば年内に内視鏡検査を受けた 方がいいでしょう。ただしうちの病院はメチャクチャ混むので、内視鏡専門のクリニックな どに行った方が早い」と言われた。たまたま我家の町内にある徒歩5分のK病院だが、がん 拠点病院に指定されている。全国からがん患者が押し寄せるのだから無理もない。

イヤだな~……上から下からアレを入れるなんて。しかし思えば確かに、その頃から不調を感じ始めていた。やたら疲れるし、すぐに微熱が出る。食欲が無いのは以前からだが、ちょっと無理して食べたり、早食いをすると目の前が斑になり、頻脈と動悸で気を失いそうに なる。1時間ほど横になって休めば治るのだが、ここにきてその頻度が増している。以前か らちょくちょく起きていた症状なので、「食後心筋梗塞」を疑われ、心臓のCTやら 時間 心電図などもやったが、心臓の異常は見付からなかった。これまでの人生、一度も胃カメラ も大腸内視鏡も経験は無かったので、ここらで覚悟を決めて一発やるっきゃないか。と思い つつもグズグズと、 月も後半になってやっと、東京駅八重洲口に近いクリニックで受ける ことになった。

場所柄、企業や会社などの検診を専門としているのだろう。ビルのワンフロアーにある、小ぎれいで明るいクリニックだ。ナースは皆美人で、プリザーブドフラワーが飾られ、低くインストルメンタルが流れる例のあの感じだ。医師は 代と思われた。内視鏡ばかり専門にやっているのだから、それなりに信用できるだろう。せっかくお腹を空っぽにして来ているのだから、胃も腸もいっぺんにやってしまうと言う。軽い麻酔の点滴をされたので、ちょっとポヤッとはするが眠ってはいない。

まずは大腸からだが、内視鏡が入ってすぐに、医師と助手のベテランナースが、何やらボソボソと話している。さらに奥に進めようとすると、麻酔のお陰で痛くはないが、強い違和感。医師とナースがザワついている。そのまま2、3分格闘していたが、あきらめたように内視鏡を抜いた医師が、すごく大きながんがあって、どうやってもその先に内視鏡が入っていかないと言う。とにかく全貌が分からないくらい大きいので、いつ通過障害から腸閉塞を起こしてもおかしくないから、すぐにでもK病院に入院して、食事と栄養を管理してもらった方がいいと言う。これから年末年始で病院は機能停止だ。そんな時に入院したって意味がないと言うと、「だからこそ危ないんですよ! お正月に腸閉塞でも起こして救急車で運ばれたら、緊急手 術でごっそり腸を取られて、有無を言わさず人工肛門になりますよ」と力説する医師の表情には、消化器内科医を始めてお初にお目にかかるような巨大な大腸がんを見付けてしまった、かすかな高揚感が見て取れた。よーく分かりました。このところの不調の原因が、巨大大腸がんによる通過障害だと正体 が分かったからには、悪いけど、長年両親の食事管理をしてきたのだ。それなら医者よりも 私の方が詳しい。大切な年末年始を病院なんかで点滴だけで過ごすなんて、冗談じゃねー よ! (とは口に出さず)分かりました。決して無理はせず、食生活には細心の注意を払い、 年明けまで生活しますので。と、クリニックを出た。

すっかり暮れた街は、クリスマス直前の賑わいであふれていた。やれやれ……面倒なことになったな。とりあえず年明け早々のK病院の予約を取ることから始めるしかない。それまでは自由だ。自分の時間だ。今はせっかく八重洲にいるんだしね。と、東京駅の地下街でお惣菜とパンを買って、大丸のカフェでキッシュ(もちろん必要以上によく噛み)と生ビールを2杯飲んでから帰路についた。

関連書籍

ハルノ宵子『猫だましい』

歩けない猫は猫じゃない。 自身の様々な闘病、老いた両親の介護と看取り、数多の猫たちとの出会いと別れを、透徹に潔く綴る、「生命」についてのエッセイ。 60を迎える頃、ステージIVの大腸がんを告知された時の第一声は「ああ〜! またやっちまった〜! 」。その1年少し前に、自転車の酔っ払い運転でコケて大腿骨を骨折、人工股関節置換手術で、1ヶ月近く病院のお世話になったばかりだし、5年前には乳がんで、片乳を全摘出している……。吉本隆明の長女であり、漫画家・エッセイスト・愛猫家である著者が、自身の闘病、両親の介護と看取り、数多の猫たちとの出会いと看病・別れを等価に自由に綴る、孤高で野蛮な、揺るぎないエッセイ。

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