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大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた

2020.11.12 更新 ツイート

大阪フィル不要不急のヨーロッパ公演。実現させたのは市民のクラシック愛 井上章一

大阪人はおもしろくて当たり前、大阪といえばたこ焼き、熱狂的な阪神ファン、ドケチなおばはん……大阪に対してこんなイメージを持っていませんか?

大阪のステレオタイプなイメージは、実はメディアによって作られ広められたものだった?! 庶民的な部分ばかりに注目され、面白おかしく誇張されがちな大阪像。幻冬舎新書『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』ではその謎を解き明かします。

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世界へはばたく「浪速のバルトーク」

浪速のバルトーク」とよばれた作曲家が、かつて大阪にいた。大栗裕(ひろし)である。大栗は、しばしば自作の楽曲に、大阪土着の音楽をとりいれた。「大阪」をうたった曲もある。

バルトークはハンガリー生まれの作曲家である。母国の民俗音楽に取材した作品を、数多く発表した。大栗がバルトークになぞらえられるのは、そのためである。

「浪速のハチャトゥリアン」と言われることも、ないではない。ロシアのハチャトゥリアンも、民衆的な音楽を自作にいかした作曲家であった。「バルトーク」と「ハチャトゥリアン」に、愛称としての本質的なちがいはない。

(写真:iStock.com/Y.Gurevich)

当人は、1918年に大阪の船場で生まれている。小間物商の御曹司であった。父には義太夫の心得があったという。その意味では、大阪の俗曲世界にはぐくまれた作曲家だと、みなしうる。

若いころから、吹奏楽に興味をもちだした。ホルンをまなび、その途で身をたてるようにもなっている。1950年には、関西交響楽団、のちの大阪フィルハーモニー交響楽団でホルン奏者となった。このオーケストラをひきいた朝比奈隆から、じかにまねかれて。

指揮者の朝比奈は、1956年に渡欧する。ベルリンでは、ベルリン・フィルの指揮台にたつ機会も、あたえられた。ベルリン側は、事前に朝比奈へ日本人の現代音楽を持参するよう、もとめている。あまりヨーロッパ的ではない曲を、ベルリン・フィルの演奏で紹介してほしい、と。

この要請を、朝比奈もうけいれた。曲作りの能力もある大栗に、一曲こしらえてくれと、たのんでいる。大栗の代表作である『大阪俗謡による幻想曲』(ファンタジー・オン・オオサカ・フォーク・チューンズ)は、こうしてなりたった。天神祭の御囃子(おはやし)めいた音などを、しばしばひびかせる管弦楽曲が、できあがったのである。

 

興味をいだかれた方は、ナクソスのCDに収録された大フィルの演奏を聴いてほしい。1970年の改訂版だが、下野竜也の指揮でおさめられている。ついでに書くが、関西の現代音楽をよくとりあげるナクソスに、私は敬意をいだいている。

ベルリンでの御披露目は、たいそうよろこばれたらしい。以後これは、朝比奈が海外で公演をするさいの、挨拶代わりめいた楽曲に、なっていく。「ベルリン・フィルにささげる」。そうしるされた大栗の原譜は、今も同フィルの資料庫におさめられている。

さて、戦前の朝比奈は、メッテルからヨーロッパの猿真似をやめろと言われていた。日本人なら、日本人らしい音楽をこしらえよ、と。ロシア帝政期に、「国民楽派」を生きたメッテルの、それは遺訓でもあった。その延長線上にこの曲も位置づけたいが、どうだろう。

大阪フィルの渡欧をあとおしした市民の熱意

1975年のことである。大阪フィルハーモニー交響楽団は、はじめてのヨーロッパ公演をなしとげた。オーストリアやドイツなどで、20回におよぶ演奏会をひらいている。

と、そう書くのはたやすいが、しかしなかなかかんたんにできることではない。なにしろ、オーケストラの数十人におよぶ団員を、海外へおくりこむのである。旅費、滞在費のやりくりで、財務担当者はいやおうなく頭をかかえることになる。

おまけに、当時は石油ショックのまっただなかであった。どこの企業も、経費をきりつめている。不要不急とみなされる出費は、誰もがてびかえた時期である。

(写真:iStock.com/Furtseff)

大フィルは、行政と財界の支援にささえられている。そして、そのスポンサー筋は、たいてい渡欧に難色をしめしていた。大フィルをバックアップする協会の理事長も、指揮者の朝比奈隆にあらがったらしい。「頼むからやめてくれ」、と(『朝比奈隆わが回想』1985年)。

だが、当時の大島靖大阪市長は、またちがった判断を下している。苦境の時だからこそ応援をしたいということで、市からの援助をおしまなかった。

のみならず、この時市井の音楽愛好家が、義援金あつめにたちあがっている。“大フィルをヨーロッパにおくろう”。この掛け声とともに、街頭や演奏会場の前で募金をはじめたのである。あるいは、有志のところへ、献金をたのみにいっている。インターネットもない時代の、クラウドファンディングであったと言うべきか。

 

この光景を見て、財界からきていた理事長も態度をあらためる。理事会をやりなおし、予算をくみかえた。手続きとしては問題もありそうなそういう経緯をへて、大フィルは旅だったのである。

大阪のクラシック好きが、じつは大阪だけでもないのだけれど、気持ちをよせあった。アカデミックな音楽に、市民が情熱をかきたてられている。大フィルのヨーロッパ公演という壮挙には、それだけの輝きがあったということか。

これも、とおりいっぺんの大阪人論では見すごされそうな逸話である。であるだけに、こんな一面も大阪にはあったのだと強調しておきたい。

 

2012年には、大阪市が新しい市政改革の方針をうちだしている。これにより、ざんねんながら、大フィルへの補助金は、大きくけずられた。オーケストラは今、くるしい運営をしいられている。

大フィルへの期待値が、下がったのか。それとも、行政や市民がせちがらくなったのか。あるいは、マエストロ・朝比奈隆の、今はありえないカリスマ性に、脱帽するべきか。いずれにせよ、大阪と大フィルが夢をわかちあった時代は、すぎさったようである。

関連書籍

井上章一『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』

大阪と聞いて何を思いうかべるだろうか? 芸人顔負けのおばちゃん、アンチ巨人の熱狂的阪神ファン、“金もうけとど根性”の商売人……しかしそれらは東京のメディアが誇張し、大阪側も話を盛ってひろがった、つくられた大阪的イメージだ。「おもろいおばはん」の登場は予算のない在阪テレビ局が素人出演番組を安く量産した結果だし、阪神戦のテレビ中継がまだない一九六〇年代、甲子園球場は対巨人戦以外ガラガラだった。ドケチな印象はテレビドラマが植えつけたもので、「がめつい」は本来、大阪言葉ではなかった。多面的な視点から、紋切型の大阪像をくつがえす。

井上章一『日本の醜さについて 都市とエゴイズム』

個人主義で自己主張の強い欧米人とくらべ、日本人は集団主義的で協調性があり、「和をもって貴し」とする民族だと言われてきた。しかし、ひとたび街に目をむければ、それはまちがいだと気づく。利権まみれで雑多な東京。くいだおれ太郎やかに道楽など人形だらけで幼稚な大阪。“千年の都”と称されながらスクラップ・アンド・ビルドをくりかえす京都。ローマと東京、ヴェネツィアと大阪、フィレンツェと京都――街並をくらべるかぎり、近代化に成功し、本物の自由を勝ちとったのは欧米ではなく日本なのだ。都市景観と歴史が物語る、真の日本人の精神とは?

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大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた

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