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大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた

2020.10.29 更新 ツイート

かつて関西人は阪神ファンではなく、巨人ファンだった 井上章一

大阪人はおもしろくて当たり前、大阪といえばたこ焼き、熱狂的な阪神ファン、ドケチなおばはん……大阪に対してこんなイメージを持っていませんか?

大阪のステレオタイプなイメージは、実はメディアによって作られ広められたものだった?! 庶民的な部分ばかりに注目され、面白おかしく誇張されがちな大阪像。幻冬舎新書『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』ではその謎を解き明かします。

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時代をかえたサンテレビ

巨人、大鵬、卵焼き」という言いまわしを、以前はよく耳にした。子供が好きなものを、3つそろえてならべた慣用表現である。小さい子は、たいてい卵焼きが好き。大相撲やプロ野球では、強い横綱大鵬や読売巨人軍を応援する。それが児童たちの常であると、この文句はつげていた。1960年代の、はやり言葉でもある。

(写真:iStock.com/flyingv43)

大鵬や読売ジャイアンツの人気は、よく優勝する、群をぬく力にねざしていただろう。だが、読売球団へのひろい支持は、テレビの放映によっても、ふくらまされていた。じじつ、1960年代の民放は、読売戦以外の中継を、ほとんどしていない。テレビの画面で見るプロの試合は、ほぼ読売対どこそこという組み合わせにかぎられた。

ジャイアンツの試合ばかりが、受像機から流れてくる。そのせいで、ひところは、野球好きの半数以上が、このチームをひいきにした。大人も子供とかわらず、読売に声援をおくったものである。

大阪や神戸、そして阪神間においても、事情はかわらない。地元の阪神タイガースへ心をよせる者は、それほどいなかった。関西人であっても、野球愛好者の情熱は、おおむね読売にかたむいていたのである。

様子がかわりだしたのは、サンテレビが阪神戦の放映にふみきってからだろう。

 

1968年にもうけられた同局は、放映ソフトの獲得と拡充に苦慮していた。早朝から深夜までの放映をどうなりたたせるかに、なやんでいたのである。地元球団である阪神の、全試合完全中継へのりだしたのも、そのためにほかならない。阪神戦は、おおげさに言えば新設UHF局の巨大な埋め草として、浮上したのである。

当時は阪神球団がもとめた放映権料も、安かった。具体的な金額はわからないが、資金力のない地方局でも買いとれたのである。

それでも、阪神戦のテレビ放送がはじまったことは、あなどれない。読売戦しか流れない放送のあり方に、これで風穴があいた。視聴者は、その気になれば、阪神の闘いぶりを毎日見られるようになったのである。

 

最初はサンテレビの放映圏である兵庫県内にしか、その電波はとどかない。だが、やがては京都のKBSなど、他府県にあるUHF局との連携もはじまった。在阪各局も、阪神戦をとりあげるようになっていく。

その積み重ねが、関西人の野球観をかえたのである。読売びいきから阪神ファンへと。テレビが地域住民の感受性を左右する、その力はあらためて見直されるべきだろう。

東京キー局は、なぜ野球中継を見はなしたのか

今につづくプロ野球、職業野球のリーグ戦は、1936年にはじまった。その仕組みをととのえたのは、東京巨人軍をひきいた読売新聞である。プロ野球そのものも、読売新聞がてがける興行だと、当時はみなされた。読売以外の新聞は、だから試合の結果などをほとんどつたえていない。

戦後にプロ野球人気が高まってからは、やや様子がかわりだす。読売以外の新聞も、紙面をさくようになっていく。

とはいえ、他紙の報道も、人気の高いジャイアンツを中心にすえつづけた。テレビの時代になっても、読売グループの日本テレビが、このチームをもりたてている。他の地上波各局も、それに追随した。おかげで、ジャイアンツの人気は、ますます高まっている。

(写真:iStock.com/razihusin)

関西圏では、1969年に放送を開始したサンテレビが、事態をかえだした。同局がはじめた阪神戦の中継は、地元で阪神ファンをふやす、その起爆剤になっている。今では、関西でくらす野球好きの多くが、阪神を応援していると、前にのべた。

しかし、こうした現象は、関西圏以外でもおこっている。中部地方や中国地方でも、中日ドラゴンズや広島カープが、ファンをふやしていった。

20世紀のおわりごろには、地方局が地元のチームを、いっせいにあとおしする。放映権料の高い読売ではなく、コストがかからない地元球団の試合の放映に、ふみきった。これにあおられ、地元にチームのある野球好きは、そちらへ心をよせるようになる。読売への気持ちは、払拭して。

 

野球に関するかぎり、各地の地方局が、地元の自立をうながしたのだとみなしうる。関西圏の阪神ファンも、この全国共通といってよい趨勢によって、おおきくふくらんだ。そこに、関西や大阪の固有性は、量的な面をべつにすれば、見られない。

この傾向は、全国的に読売のひいき筋をへらしている。かつては、読売対どこそこの中継を見たい読売ファンが、圧倒的な多数をしめていた。読売戦が全国ネットで高い視聴率を獲得したのは、そのためである。読売への一極集中こそが、野球放送を地上波の優良ソフトたらしめていた。

 

しかし、今は野球好きの想いが、各地の地方球団へ分散されている。もう、どの球団も、全国ネットで視聴者をひろくひきつけることは、できなくなった

読売球団が自らの放映権料を、早い段階で下げておれば、事態はかわっていただろう。読売の対戦カードは、もう少しテレビの中で延命しえたかもしれない。しかし、球界の盟主を自負するジャイアンツに、安売りのふんぎりはつけられなかった。

東京のキー局が、野球中継を見はなしたゆえんである。

関連書籍

井上章一『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』

大阪と聞いて何を思いうかべるだろうか? 芸人顔負けのおばちゃん、アンチ巨人の熱狂的阪神ファン、“金もうけとど根性”の商売人……しかしそれらは東京のメディアが誇張し、大阪側も話を盛ってひろがった、つくられた大阪的イメージだ。「おもろいおばはん」の登場は予算のない在阪テレビ局が素人出演番組を安く量産した結果だし、阪神戦のテレビ中継がまだない一九六〇年代、甲子園球場は対巨人戦以外ガラガラだった。ドケチな印象はテレビドラマが植えつけたもので、「がめつい」は本来、大阪言葉ではなかった。多面的な視点から、紋切型の大阪像をくつがえす。

井上章一『日本の醜さについて 都市とエゴイズム』

個人主義で自己主張の強い欧米人とくらべ、日本人は集団主義的で協調性があり、「和をもって貴し」とする民族だと言われてきた。しかし、ひとたび街に目をむければ、それはまちがいだと気づく。利権まみれで雑多な東京。くいだおれ太郎やかに道楽など人形だらけで幼稚な大阪。“千年の都”と称されながらスクラップ・アンド・ビルドをくりかえす京都。ローマと東京、ヴェネツィアと大阪、フィレンツェと京都――街並をくらべるかぎり、近代化に成功し、本物の自由を勝ちとったのは欧米ではなく日本なのだ。都市景観と歴史が物語る、真の日本人の精神とは?

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