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闇が呼んでいる

2020.12.31 更新 ツイート

#4 恐れていた惨劇が…亡霊が迫りくる戦慄のミステリー 赤川次郎

女子大生4人組を薬で眠らせ、暴行する事件が発生。彼女らはみずからの薬物使用を隠ぺいするため、ある男子学生にすべての罪を着せ、自殺に追い込んでしまう。数年後、別々の道を歩み始めた4人に、奇妙な手紙が届く。差出人は、死んだ男だった……。ベストセラー作家、赤川次郎さんによるミステリー小説『闇が呼んでいる』。本当に死んだはずの男がよみがえり、復讐を始めたのか? 気になる本書の試し読みをお届けします。

→第1話から読む

*   *   *

「おい、弁当食うの、付合え」

と、真野は西川に言った。

(写真:iStock.com/Kritchanut)

「――はあ?」

「腹減ったんだ。一人で食ってもうまくない。一緒に食おう。――いやか?」

「いいですけど……」

「何がいい? この近くの弁当屋は結構いけるぞ」

西川は少し考えていたが、

「取調べのときって、カツ丼食べるって決ってるのかと思いました」

と言った。

真野は笑って、

「TVの刑事物の見すぎだ」

と言うと、タバコを取り出し、「一本どうだ?」

「僕はやりません」

と、首を振って、「外で喫っていただけませんか。肺ガンになるのはいやです」

真野は、急いでタバコをしまうと、

「いや、俺もそんなに喫いたいわけじゃないんだ」

と言うと、立って行って、弁当を買って来てくれと頼んだ。

真野が席に戻ると、

「――美香さんたち、どうしました」

と、西川が訊いた。

「各々、親が迎えに来て、家へ帰ったよ」

「そうですか。――良かった」

西川は淡々と言った。

真野は椅子に座り直すと、

「――な、君もちゃんと言うべきことを言え。そうしないと犯人に仕立て上げられるぞ」

と、身をのり出した。

「でも、何もしてないんです。言うことがありません」

「確かにな。――見当はついてる。あの四人、ヤクで捕まるのが怖くて、君にやられたと嘘をついたんだ」

「そんなひどいことを――」

「するとも! 自分が何年も刑務所に入るくらいなら、嘘の証言ぐらいするさ! 君がそのせいで刑務所へ入っても、痛くもかゆくもない」

「でも……一応友だちです」

「甘い! このままじゃ、君は有罪になるぞ」

「でも――」

「俺は反対する。証拠が何もない。君の指紋も出ない。あるのはあの四人の証言だけ。しかしな、俺一人が抵抗しても、逮捕、起訴は止められない。裁判になると、証人の言葉だけで有罪なんて、山ほどある」

「じゃ、どうすれば?」

「君には何もできないな。――しかし、少なくとも、無実だと訴え続けろ。あの四人がでたらめを言ってるんだと」

「喧嘩になります」

「刑務所へ入りたいのか?」

「まさか」

「じゃ、あの四人と殴り合いでもやる覚悟を決めろ」

少し考えて、

「分りました」

と、西川は肯いた。

「よし!」

「一つ、お願いが」

「何だ?」

「田舎の両親にこのことを話しておきたいんです。TVのニュースで突然僕の写真なんか見たら、ショックで死んじゃうかもしれません。その前に、僕が事情を話して、何もやっていないと説明します」

「分った。それがいい」

真野は上着のポケットを探って、「これを使え」

と、PHSを渡した。

「ありがとう!」

と手に取ってボタンを押したが、「――刑事さん、電池が切れてます」

「すまん! つい面倒でな」

真野は立ち上って、「今、コードレスの受話器を取って来てやる」

と、取調室を出た。

席へ戻ると、

「おい! TVを見ろ」

と、誰かが声をかけた。

「何だ?」

「あいつのことをやってる」

――西川の写真が、TVの画面に出ていた。

「どうしてだ! 逮捕もしてないぞ!」

と、真野はあわててTVの前へ駆けつけた。

「――四人の女子大生を薬で眠らせ、次々にレイプしたという恐るべき犯罪です」

と、ニュースキャスターが言った。

「あいつだ」

と、真野は呟いた。「田渕の奴、手を回したな!」

真野は、急いで取調室へと戻って、

「おい、早く家へ電話しろ!」

と、受話器を西川へと放り投げたのだった……。

(写真:iStock.com/PhoThoughts)

5 閃光

真野は苦々しい表情でTVの画面を見つめていた。

「――西川勇吉容疑者の実家は、ひっそりと静まり返っています。もう辺りは暗くなっているのに、明りが灯る気配もありません」

カメラに向って、マイクを握っているのはワイドショーの女性リポーターだ。

背景は西川勇吉の家。――両親が中にいるはずだが、出ては来ない。

「西川容疑者の両親は、外出した様子がないので、おそらく中にいると思われます。インタホンで呼んでみましょう」

カメラがリポーターについて、玄関のチャイムを鳴らしている手もとをアップにする。

リポーターは、四回も五回もチャイムを鳴らしてから、

「出ませんね……」

と言った。

「当り前だ」

と、真野は呟いた。

出て、何を言うんだ? どうせ訊かれるのは、

「息子さんが四人の女子大生をレイプしたとして訴えられていますが、親ごさんとしては、どんなお気持ですか?」

といったところだろう。

どう答えられるというんだ? 当の息子と話さえしていない。

西川勇吉は、何度も両親の所へ電話したが、出なかった。その内、いつかけても「お話し中」の状態になった。

真野はTVの前から離れた。つい、足は署長室へ向く。

「――何か用か」

署長は、渋い顔で真野を見上げた。

「あれはひどいですよ」

と、真野は言った。

「何のことだ」

分っているくせに、署長はとぼけた。いや、とぼけるには良心がとがめている。

「分ってるじゃありませんか。西川勇吉のことを、あんなにマスコミが取り上げるのはまともじゃない」

「俺は何も知らん」

「両親の家に、何時間とたたずにTVカメラが押しかけたのは、誰かが住所を洩らしたからでしょう」

「俺じゃない!」

と、つい怒鳴ってしまうのが、やましいところのある証拠だ。

「あの大臣の差し金だってことは分っています。しかし、俺の見たところ、西川はやっちゃいませんよ」

署長はジロリと真野を見上げて、

「俺の知ったことか!」

と、声を荒らげた。

しかし、すぐに言い過ぎたと思ったのか、

「ともかく……今だけのことだ。すぐにTVは飽きる」

と、自分へ言いわけしているかのよう。

「西川に、せめて両親と電話で話をさせてやりたいんです。電話番号もマスコミに知れているので、かけてもつながりません」

「だからって、どうしようというんだ」

「現地の警察へ依頼して、警官をあの家へやって下さい。両親の方からこっちへ電話するように伝えてほしいんです」

真野は署長の机に手をついて、じっと見つめながら、「当人から『やっていない』と聞けば、両親も救われた気分になるでしょう。ともかく今のままじゃ、両親は外へも出られない。飢え死にしちまいますよ」

署長は息をついて、

「――お前の言うことは分る」

と言った。「糸を引いてるのは田渕大臣だろう。しかし、わざわざ容疑者の家へ人をやるなんてことは……。TV局だって何ごとかと思って騒ぐぞ」

真野は失望した。――何をエサにされているのか、少しでも田渕ににらまれるのが怖いのだ。

「分りました」

と、真野は言った。「一日休暇を下さい」

「どうするんだ」

「休みの日にどこへ行こうが、署長の責任じゃありません」

署長はしばらく真野を見ていたが、

「――分った」

と、少しホッとした様子で肯いた。

「ご心配なく。どこかのソバ屋の出前という格好で行きます」

「そうか。――じゃ、何か食べるものも届けてやれ」

「そうします」

真野は腕時計を見て、「今車で出れば、夜には着けるでしょう。じゃ、失礼します」

出て行こうとした真野へ、署長は、

「何を訊かれてもTVカメラに返事するなよ」

と言った。

 

自分の部屋でTVを見ていた美香は、電話が鳴り出したので、手を伸して取った。

「――もしもし」

「美香? 淳子よ」

「ああ、どうしてる?」

「どうって……。家にいるわ」

轟淳子は不安げに、「ね、美香、どうしよう」

「何を?」

「だってTVで……ずっとやってるよ」

「知ってるわ。私も見てる」

「でも、西川君のご両親まで、あんな風に……。あれじゃひどすぎるわ」

轟淳子は、真面目すぎる。美香は、他の三人の内で、もし「本当のこと」を話すと言い出す子が出て来るとすれば、淳子だと思っていた。

「私に任せて」

「でも……」

「淳子。――今さら戻れないのよ。分ってる? もう私たちは、引き返せないの」

「分ってるわ」

「じゃ、気にしないことよ」

「でも……今のやり方じゃ……」

「私はよく分ってるのよ。マスコミだって、四人の名前は出さない。私が止めてるからよ」

「分ってるわ」

「一人の名前だけ洩らすことだって、できるのよ」

と、美香は言った。「そうなったら、淳子だって、もう大学へ出られないでしょ」

向うはしばらく黙ってしまった。

美香は待った。――充分に時間はある。

「美香……」

と、淳子が言った。「分った。もう何も言わないわ」

「それでいいのよ」

と、美香は肯いた。「私に任せて、淳子はゆっくり眠ってればいいの」

「うん……」

「西川がどうなるかなんて、気にしちゃだめよ!」

「分った」

――美香は、淳子が何もかも捨ててまで、自分に逆らって来るとは思っていなかった。

淳子にも彼氏がいる。その彼との仲をだめにしてまで、本当のことをしゃべりはしない、と思っていた。

美香は、夜のニュースの時間で、チャンネルを替えて待った。

あの家が画面に出る。――西川の両親の住む家である。

現地のリポーターが、相変らずのコメントをして、それで終る――はずだった。

何か騒ぎが起っている。

「お待ち下さい!」

リポーターが駆け出した。カメラがそれを追う。

「――出前を取ったようです」

白い上っぱりの男が、出前の岡持をさげて、玄関へ向うところである。

「あの男……」

と、美香は呟いた。

カメラが前へ回って、男を映し出す。

美香は、その男をどこかで見たという気がした。

リポーターたちに何か言われても、黙って首を振るだけ。

「――そうだ」

と、美香は思わず言った。

あの刑事だ! 余計なことして!

美香は、現地の警官が、家の敷地に入る報道陣を押し返すのを見ていた。

何をするつもりだろう?

美香は、リモコンで音量を上げた。

 

「――西川さん」

真野は玄関のドアを叩いて、呼んだ。「西川さん! 息子さんのことでお話が。――開けて下さい」

ふと思い付いて、ドアのノブをつかむ。

鍵がかかってない!

いやな気分だった。

「西川さん……」

家の中は静かだった。真野は上り込んで、明りをつけた。

外でマスコミの連中が騒いでいるのが聞こえてくる。

真野は、もう一度、大きい声で、

「西川さん!」

と呼んだ。「警察の者です! ――息子さんのことでお話が……」

部屋を覗いた。

茶の間は空っぽだ。廊下を奥へ入って行くと、正面の襖が半分開いていた。

「西川さん?」

と、襖を開ける。

明りをつける前から目に入っていた。

スイッチを押す手が震える。――やめてくれ! こんなことは……。

布団が敷かれて、母親がその上で血に染っていた。喉を突いたのだろう。包丁が傍に置かれている。

父親は、首を吊っていた。手が血で汚れているのは、妻を殺してから首を吊ったためだろう。

真野はしばらく動悸がおさまるまで壁にもたれて立っていた。

しっかりしろ! 刑事のくせに!

二人が死んでいることを確かめる。――何時間かたっていると思えた。

関連書籍

赤川次郎『闇が呼んでいる』

女子大生四人組を薬で眠らせ、暴行する凶悪事件が発生。四人組は自らの薬物使用を隠蔽するため、同じ大学の男子学生に全ての罪を着せ、自殺に追い込んでしまう。数年後、別々の道を歩み始めた四人に、奇妙な手紙やFAXが……。差出人は、死んだ男だった。葬ったはずの男が甦り、復讐を始めたのか?闇の中の亡霊が迫り来る戦慄のミステリー!

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赤川次郎

1948年、福岡県生まれ。76年に「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。『東京零年』で第50回吉川英治文学賞受賞。著書は600冊以上を数える。ユーモア・ミステリーの他、サスペンス小説、恋愛小説などで活躍。

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