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オンリー・イエスタディ

2003.01.15 公開 ポスト

第14回 ここではない、どこか他の場所――ゲッタウェイ宣言見城徹

一九七九年十月十二日
 この夜、僕は神宮前にある「バー・ラジオ」のカウンターで関根恵子(現・高橋惠子)と酒を飲んでいた。編集の仕事を早めに終え、四谷のコートで彼女にラケットボールを教えた後、近くのレストランで軽く食事を取り、行きつけだったこの店へ流れてきたのだ。
 この日も、店内には名の通った建築家やデザイナー、カメラマン達が集まっていた。僕はウォッカ・マティーニ、彼女にはこの店のオリジナルカクテル「イングリッド・バーグマン」を注文して楽しい一時を過ごしていた。その時、突然一人の酔っ払った男が、モデルらしき女を4、5人引き連れて店に入ってきた。金髪の坊主頭に派手な黄色のセーターを着て、よく見ると首からはポラロイドカメラをぶら下げている。
 強烈な光を放つ美しい男だった。その男は僕たちのカウンターの前で立ち止まった。関根恵子とは旧知の仲らしい。彼女に一言二言挨拶をし、上機嫌なままに席に着くと「そこのお二人さん、こっち向いて」と2度シャッターを押した。僕は自分の意志とは反対にそっぽを向き、彼女はカメラに笑顔を向けた。
 男は、写したポラロイドを1枚ずつ僕たちに手渡した。それがYMOの坂本龍一との最初の出会いだった。
 この夜をきっかけに、少しずつ僕は坂本と親しくなっていく。その数年後、『月刊カドカワ』の編集長になった僕は、一本の企画を持ってソロになった坂本のもとを訪ね、連載を強引に頼みこむ。坂本は分刻みのスケジュールで忙しい毎日を送っていたが、快くそれを受けてくれた。
 その後、わずか5000部平均だった『月刊カドカワ』の発行部数は30倍の15万部まで跳ねあがった。その原動力となった坂本は、一度も休むことなく、約5年にわたり「月刊龍一」という連載を続けてくれた。その間、坂本が個人事務所を作る時には僕も我が事のように動き廻り、ソロアルバムが出るたびにプロモーション活動にも奔走した。
 気がつけば、毎夜坂本と会っていた。

 

一九八八年四月十二日

 出会った当時、20代の後半だった坂本龍一も僕も、それぞれの現場で時代のヒットを飛ばし続けていた。それでも、いつも何かに行き詰まり、つねに出口を探し求め、毎夜、心臓の縁にひりついた感情を抑えきれずにいた。夜の闇と共に、強烈な焦燥感と輝かしい狂気の時間が訪れる……。
 西麻布で落ち合い、3、4軒無鉄砲に飲み歩き、夜中の2時が過ぎると広尾へ流れる。夜が明け、僕の会社が始まる時間までそこに居座り統ける。最後に辿りつく場所は、決まって広尾の「ピュルテ」という店だ。
 4年間、ほぼ毎夜、いや確かに毎夜、僕たちは西麻布と広尾を流浪した。出口の見えないドン詰まりが「ピュルテ」だった。出口がないとわかっていても僕たちは毎夜ここを訪ね、ひりついた感情を酒で流した。そして朝の陽の光に日常の場所へ戻され、夕闇が訪れるとまた見えない出口を探して、西麻布から広尾の街をさ迷うのだ。
 やがて坂本は、映画『ラストエンペラー』の音楽を担当すると同時に役者としても出演することになり、中国へ旅立った。が、どうも彼は中国が好きになれなかったらしい。土地が肌に合わないと、撮影が少しでも空けば東京へ戻って来た。成田空港から真っ先に僕に電話をよこし、西麻布で落ち合い、最後は広尾の「ピュルテ」で朝まで飲み明かすのだ。坂本は疲れ切っていた。「きっと、いい映画になるんだから」と励ましつづけるしかない。『ラストエンペラー』がようやく完成すると、日本でこの作品をヒットさせようと配給会社の尻をたたき、二人で走り廻った。
 88年4月、坂本はこの映画によってアカデミー賞作曲賞を獲得する。発表が行われるL・Aには僕も出向き、受賞の喜びを分かち合った。贈られてきたシャンパンや花束に埋め尽くされた坂本の部屋で、二人だけの祝杯をあげた。その瞬間、共に捩れ合いながら過ごした焦燥と狂気の日々を思い起こしながら、どんなに無駄に思えても、無駄なことなど何ひとつない、と実感していた。

 

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