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オンリー・イエスタディ

2002.06.15 公開 ポスト

第6回 「ラスト・エンペラー」坂本龍一見城徹

「18日、A.M.3:00(メキシコ時間)
 AKIが死んだらしい。とり合えずMexicoに行く。
 何処にいるんだ。
 声が聞きたかったぜ。 坂 11:00_」
 これは1988年8月20月午前一〇時48分、坂本龍一が僕宛てに送ってきたファックスの全文である。「AKI」とは、生田朗(あきら)といい、坂本が最も信頼を寄せ、彼の個人事務所を取り仕切っていた男のことだ。
 この年の4月、坂本は『ラスト・エンペラー』によってアカデミー賞作曲賞を獲得していた。ロスアンゼルスのラ・ベラージュというホテルの近くで行われた授賞式には僕も参加した。受賞のアナウンスの瞬間、坂本とともに喜びを分かち合ったもうひとりの男が生田だった。世界中の国々から贈られてきたシャンパンや花束に埋め尽くされたラ・ベラージュの坂本の部屋。「コングラチュレーション!」と次の仕事の依頼を兼ねてその部屋を訪ねてくるデヴィッド・リンチ、ソニー・ロリンズ、マイケル・ダグラスらの大物たち。英語を自由に操れた生田が、坂本の傍ですべてその場を切り盛りしていた。受賞の夜、アカデミー賞側が用意したパーティーをキャンセルし、ビバリーヒルズの私邸を借り切って『ラストエンペラー』関係者だけで祝勝会を行ったときも、坂本と生田、そして僕は一緒だった。9部門の受賞者が顔を揃えるなか、僕らは二度と味わえないような歓喜と至福の時を過ごした。
 坂本とは、彼が「トラフィコ」(スぺイン語で交通の意)という事務所を設立した頃から急速に親しくなった。当時、僕はほぼ毎夜、広尾にあった「ピュルテ」という店で坂本と酒を飲んでいた。夜11時頃までに日常の仕事を終え、「ピュルテ」で坂本と落ち合い、朝9時過ぎまで飲みつづける。そんな生活が4年ほどつづいた。それは共に捩れ合いながら過ごした年月でもあった。『ラスト・エンぺラー』の制作中も坂本は、中国での仕事が空くとすぐに東京に戻っては「ピュルテ」に入り浸っていた。坂本には「きっと、すごいいい映画になるんだから」と励まし続けるしかなかった。愚痴を聞き、そのまま中国へ送り返したこともあった。
 坂本から生田が死んだらしいというファックスが届いたとき、僕はまだ女の部屋にいた。きっと坂本は直接、僕と話をしたかったのだろう。どうにも僕が捕まらないから、あのファックスを送りつけてきたのだ。昼の1時を過ぎ、自分の部屋に戻って、そのファックスを見たときにはすでに坂本とは連絡が取れない状態だった。
 後に分ったことだが、生田はメキシコのプエルト・バリャルタで、夏の休暇中に運転していた車ごと道路から崖に転げ落ちて死んだのだった。
坂本は真先に現地へ飛んだのだろう。そこで生田の遺体を確認し、弔いもやるのだろう。きっといまごろはメキシコヘ向かう飛行機の中だ……。僕はマンションのベランダから空を見上げた。そのときの太陽の照り、ねっとりとした湿度、そしてあの異常すぎるほどの暑さはいまでも体が記憶している。
 なぜ俺は連絡の取れない場所にいたのか。坂本と痛みを分け合えない苛立ちと、わずか4ヵ月前に歓喜と至福の時を分け合った友が死んだという悲しみが交錯し、いたたまれない気持ちになった。ただ空を見上げ、坂本の乗ったであろう飛行機の行方を追うしかなかった。
 空は、嘘のように晴れていた。
 ファックスを見て10分と経っていないはずなのに、大雨のような汗が溢れ出した。そしてたちまちTシャツがビショ濡れになった。「死んだらしい」というあの一節がふたたび頭を擡げる。朦朧と立ち竦むなかで僕は感じた。青春の幕は下りたと。毎夜、無鉄砲に酒を飲み、面倒を面倒と思わず友と捩れ合い、無駄を無駄と思わず過ごしてきたあの輝かしい狂気じみた日々が、この一通のファックスをもって終わりを告げた、と。
 今年もまた、太陽の狂気を感じる季節がやってくる。 

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