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亡くなった人と話しませんか

2020.05.09 更新 ツイート

第3回

死ぬときは「お迎え」がきてくれるのか サトミ

初めての著書『亡くなった人と話しませんか』が8万部のベストセラーとなった、スピリチュアルテラーのサトミさん。誰しも一度は「死んだらどうなるんだろう」「亡くなった○○さんともう一度話がしたい」などと思ったことがあるのではないでしょうか。多くの人が知りたいと思う死後の世界について、本書の中から一部を抜粋してお届けします。

※著者のサトミさんへのお問い合わせが多数ございますが、現在、電話や面会等によるご相談は受け付けておりません。ご了承ください。

死ぬときは誰かが来てくれるのか

皆様の中には、天国にいるであろう、先に亡くなった人に対し、「私が死んだときは、お迎えにきてほしい」と思う人もいるでしょう。

死後は、どんな世界が待ち受けているのかよくわからない。だからこそ、死ぬときはすでに先に逝っている誰かに迎えにきてほしいと思う気持ちは、よくわかります。

実際はどうなのかというと、亡くなったときに、迎えにきてくれる人はいます。ただ、生前にきてほしいと思っていた人に会えることは、まれなようです。

(写真:iStock.com/Spherical360)

とはいえ、きてほしいと願う人が迎えにこない場合も、亡くなった人が安心してあの世へ行ける状況を用意してくれているので、不安に思うことはありません。

生前、きちんとご先祖さまに手を合わせていた人や、自分の人生をしっかり歩むことができた人には、その方にふさわしいお迎えが用意されているので安心してください。

 

先ほどから「お迎えにくる」と表現していますが、「お迎え」というよりは、亡くなる瞬間にそばにいる「立ち会い」のイメージが強いのです。

亡くなったときに、現世からあちらの世界に一緒に行ってくれるのではなく、亡くなる瞬間に立ち会ってくれるだけです。それを見届けたら、そのあとは基本的に一人で進むことになります。

きちんと成仏した人は、亡くなった直後、何かしら乗りものに乗って移動します。その間意識はないので、亡くなったあと、ぱっと目が覚めたら、すでに「閻(えん)魔(ま)様」のいる門の前に到着したという感覚になると思います。門の先には川が流れているので、多くの人は「あれが三(さん)途(ず)の川だな」と気がつくはずです。

私に届いてくるのは、絵本などでみる閻魔様とは少し違うイメージなのですが、ここではわかりやすく閻魔様としておきます。亡くなった人は、この閻魔様の前で地獄に行くか、天国に行くかが決まります。

ここで門をくぐって進む人もいれば(=いわゆる「天国」へ行く)、くぐっても先に進まず、ずっとその場に留(とど)まっている人もいます。これが、次にお話しする、いわゆる「地獄」なのだと思います。

このとき、亡くなった人はみんなふだん着ていたような服を着ています。生前お洒落(しやれ)が好きだった人は、限りなくお洒落な格好でいるのがみえます。

天国と地獄はあるのか

亡くなった人たちが行くあの世について、みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。

亡くなった人たちは、まず「成仏した人」と「成仏していない人」に分かれます。あの世に行けるのは、成仏した人だけです。成仏していない人は、私の友人がそうだったように、現世でもない、あの世でもないところをさまよっていることがあります。

次にあの世は、天国と地獄のようなところに分かれており、成仏した人は、このどちらかに行くことになっています。

天国の場合、三途の川を渡った向こう側に、お花畑が広がっている。そんな景色を想像する人がいるかもしれません。

でも私には、天国に行った人は、みんな川のそばを歩いている様子がみえています。お花畑が広がっていることもなく、ただ無限に川が流れている世界です。

成仏した人たちは、天国に行く人も地獄に行く人も最初はみんな、同じ川のそばにいます。そして天国へ行った人だけが、次にまた生まれ変わるために、ひたすら川のそばを歩いているのです。

川のそばを歩くのは、その人が生きてきた人生の振り返りをするためです。自分がどんな人生を送ってきたか、この振り返りをできる人だけが、前に進めるようになっています。

 

一方で、地獄がどんな場所かというと、私のみえる天国と地獄は、同じ場所にあります。天国にいる人も、地獄にいる人も同じ場所にいて、そこからみえている景色も同じです。ただ、本人の捉え方が違います。

地獄となっている場所には光があたっていませんが、その場から川のそばを歩く人たち(つまり、天国にいる人たち)の様子はみえています。地獄にいる人たちは暗い場所に留まったまま、光のあたっているほうへ行こうともしません。なぜ自分がここにいるのかも理解できていないのです。

地獄にいる人たちが、そのまま一生暗い場所から動けないかというと、そうではありません。地獄にいながらも、そこで自分の送ってきた人生を振り返り、みつめ直す準備ができたときに、前へ進むことはできます。

「自分はなぜここにいるのか?」と、自分のやってきたことに対してきちんと向き合うことで、天国へと歩き出せるようになっており、いつでも光の差すほうに向かえる仕組みになっています。

 

これと同じことが、現世でもいえます。

現状を不幸だと嘆き、まわりのせいにして、自分から動こうとしない人。これもある意味、地獄にいることと変わりません。

今、自分がどういう状態であるかをきちんと理解し、自分が何を望んでいるかをじっくり考えれば、次に進むべきところがわかるはずです。自分から動き出すことで、すぐそばにある光のあたる場所へ行くことができるのです。

自分が天国にいるか、地獄にいるかは、もしかしたら本人の捉え方次第なのかもしれません。人は天国にも地獄にも、どちらにも自由に行ける。人はみな同じ場所に立っているだけで、違いは「どこをみているか」だけなのかもしれません。

私に届く、いわゆる天国と地獄のイメージは、そんなふうになっています。

関連書籍

サトミ『亡くなった人と話しませんか』

人は「病気」で死ぬのではなく、「寿命」で亡くなります。逝った人たちはお役目を終えただけなのです。 著者はスピリチュアルテラーとして、亡くなった人からの声を届ける活動をしています。「人間は死んだらどこに行くのか」「?大切なあの人は今どこで何をしているんだろう」誰しもそのように思ったことはあるでしょう。幼少の頃から不思議な力を持ち合わせていたサトミさんが、多くの人が知りたいと思う死後の世界についてお話しします。

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亡くなった人と話しませんか

著者はスピリチュアルテラーとして、亡くなった人からの声を届ける活動をしています。「人間は死んだらどこに行くのか」「大切なあの人は今どこで何をしているんだろう」誰しもそのように思ったことはあるでしょう。幼少の頃から不思議な力を持ち合わせていたサトミさんが、多くの人が知りたいと思う死後の世界についてお話しします。

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サトミ

京都生まれ、京都在住。産まれるとき母子ともに命が助からないかもしれないと言われるほど大難産の末、この世に生を享ける。その後、数奇な道を歩み、現在はスピリチュアルテラーとして活動。好きなことは、仕事、旅、ライブに行くこと。

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