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夜のオネエサン@文化系

2020.03.20 更新 ツイート

好きとか、セックスしたいとか、首しめたいとか~あなたの「アソコ」を見せてください鈴木涼美

『あなたのアソコを見せてください』
(いがらしみきお 太田出版)

人には絶対に受けてはならないストレスというのがあって、受けると米大統領のアタッシュケースの中の核のスイッチが如く攻撃性のスイッチが瞬時に押されるやつで、それは各々違うものが初期異常みたいにフィックスされていると私は思ってる。

お腹が減るとものすごく機嫌が悪くなる人もいれば、プライドを傷つけられるといきなりフュリアスに攻撃的になる人もいれば、セクハラ発言に吐き気をもよおしつつ鬼の形相で睨みつける人もいるし、恋人の浮気のこととなると性格が変わったように陰湿に調べ上げるやつとかもいる。これが大体1000パターンくらいあるとすると、この世は文字通り地雷だらけの荒野で、いつもどこかで誰かが攻撃性のスイッチと社会常識や理性との間で鼻の毛穴を膨らませながら、八つ当たりや痩せ我慢をしていることになって結構物騒だ。

で、やや多動気味の私にとってのその、努力しても絶対に解消できないストレスは、行ってはいけない、とか言われることで、昔から立ち入り禁止とか外出禁止とかに直面すると、普段温厚を絵に描いたような極めて優しくって可愛くって親切な私が、ナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけるタイプに豹変する。

 

で、すでに新型コロナのせいで2件もエアチケットが勝手にキャンセルされ、シンガポールから帰ってきてもう来週で1カ月間も日本に閉じ込められているので、人生で三本の指に入るほどストレスフルな日常を送っていて、多少の犠牲はやむなしだけど、出来る限り倫理的かつ法的に許される範囲内で発散し、なるべく誰も傷つけないように忙しく対処している。

私個人的にはストレスは痛みに近しい感覚だという認識なので、痛いこと(刺青入れるとかコルギとかピアス開けるとか)をするか、痛いにちなんでイタイこと(気の触れた格好で合コンに行くとか好きな人にイタ電するとか)をするか、人が痛いのを見るか、で本来的な心の痛みを紛らわすのがクレバーな生き方だと思う。で、ピアスはもう開けるところがないし、刺青の予約はしたもののなんか混んでて2週間先だし、イタ電相手もいないので、とにかく人が刺されたり撃たれたりする映画を観て、人がなるべく残虐な方法で殺される本を読んでいる。

手っ取り早く残虐な人殺しの話を読むならミステリがいいのだけど、私は実はミステリはそんなに読まない。んじゃなくて読めない。読書体験というのは結構人によって違うもので、特に小説に関しては、映画のように自分の頭の中に主人公の姿や彼らの住む街の情景をありありと描くタイプの人もいれば、浮かんでくるのは文字の光景だけで、ひたすら文字を追っている人もいる。感動したストーリーをよく覚えている人もいれば、印象深い一文や言い回しは覚えていても、ストーリーどころか結末も覚えていない人もいる。間取りや地形の説明を受けて、その家屋や山を想像する人もいれば、興味深い表現だなぁとか思ってるだけで間取りなど脳内には浮かび上がらない人もいる。(これ結構本読みの人同士で話すと面白くて、相関図や図式のようなものを頭に描きながら読む人とかもいるみたいだし、映像化される人の中にも、一人称の主人公になりきるタイプと俯瞰タイプといるらしい。)

私はというと通常、文字を追って文を拾うという本の読み方をしているようで、完全に後者の方にすべて当てはまる上に、元来余計なことは考えるけど世の重要なことや本筋のことはなんにも考えておらず余計なことを考えるのに忙しいので、重要なことや本筋のことを考える気もさらさらない、という性格で、さらにはそこにギャルみが加わって、基本的に意味を追求しない姿勢でぼーっとしつつ、一人でいても変なノリで過ごしているので、それら全ての要素が、物事を推理するとか、結末を予想するとかいう行為から私を引き離し続ける。

別に嫌いなわけじゃないけど、実際本箱を探してみても、『黒蜥蜴』とか江戸川乱歩が何冊か発見されたくらいで、日本の本も洋モノもあんまりなく、しかしこの行き場のないストレスで苦手意識もぶっ飛んだことだし、今年に入って何冊か揃えた。相変わらず推理ができてないのか、何を読んでも「驚く」とか「裏切られる」というミステリの醍醐味は感じてない気がするけど。

で、たまたま一昨日、頼みの綱だったテニアン島の旅行もキャンセルになったタイミングで、ストレスで禿げそうな身体を引きずって行った歌舞伎町のパリジェンヌで読んでいたのが、『クリーピー ラバーズ』だった。映画化もされたクリーピーシリーズの最新作なのだけど、本作は特に奇怪に歪んだ愛をテーマにした事件が集められていて、結果的に私は人が残虐に殺される描写というより、人の変なセックスによってストレス耐性をつけるという行為に流れた。

それを歪んだ愛と呼ぶのか異常な性癖と呼ぶのか変態プレイや犯罪と呼ぶのかは好みが分かれそうだけど、性に纏わる人の興奮のスイッチもまた、ストレスと同じように実に千差万別である。

私はAV嬢出身なので人生の一時期はAVメーカーの新作案内とかレンタルアダルトビデオの品揃えとかにそれなりに詳しかったのだけど(しかし私にとってAVはもっぱら出るモノであって見るモノじゃないので実は中身はあんまり見たことない)、今で言えばアダルト動画の検索画面にある、「ジャンル」を見るだけでも、「OL」とか「コスプレ」とか「アナル」とか「放尿」とか組み合わせとしては無限にあるし(秘書×スカトロとか、巨乳×顔射とか)、もっとマニア系のモノも入れると、それこそただ裸の女が虫を食べているとか、トイレをひたすら盗撮しているとか、全裸でバレエを踊るとか、需要の多様さとそれに応えるアダルト業界の変な生真面目さに驚く。

先日、外のテラス席で飲める店で、寒い中女4人で深夜に飲んでいた時に、その中の一人に英国人のセフレがいるという話になって、カレ自身も、そしてカレの男性自身も、申し分なくアロガントで良いのだけど、唯一解せないのが、カレが必ずセックス中に髪の毛を引っ張るという癖だ、という話になって、さらにそこから過去の、笑えるレベルでの「ワタシタチの異常性癖者体験」の話にもなった。

クリーピーにも登場する首絞めプレイの愛好家というのは結構な割合で全世界的に生息しているようで、私も台湾でイケメンにナンパされてホイホイ付いて行ったら首絞めさせてと言われた経験もあるし、撮影でも2〜3回はそんな設定があった気がする。その飲み屋にいたもう一人の友達の彼氏はとにかく自慰行為を見せてくれとせがんでくるらしいし、しかし彼女自身も大学時代から、「私、男の指の股を血が出るギリギリまで裂くのが好き」というそれなりにパンチの効いた好みを気軽にカムアウトしていたし、髪の毛を引っ張られている件の彼女の方はというと、「普通だと思うんだけど、若い頃ほんとに好きな人とした後はコンドームに溜まった精液とかバッグに入れてたよね?」と、誰も同意しない項目で同意を求めていた。

AV女優の身の上インタビューなどを読むと貧乏で苦労したみたいなティピカルな話とはまた別パターンで、セックスが異常に好きとかいう、ニンフォマニア系の話もしばしば目にする。さらには、これは業界で揉まれるから変になるという側面も大きくあるとは思うが、ちょっと変わったセックスの趣味があり、しかもそれを人に話す、という人も多く見た。

複数人の女優がいる撮影で一緒になった、イラマチオの達人みたいな子がいて、その子はプライベートでもセックスはイラマチオなしではしないと言って、相手に頭を押さえつけられてむせるのではなく、自分から当てに行ってむせるという一風変わった趣味をお持ちだった。「のどちんこにちんこが当たると感じる」らしい。あと、私と同じ時期に新人だった女の子で、撮影だろうがプライベートだろうが、必ずベッドの横にスルメとアラミスを置いていないとセックスできないという人もいて、撮影ではさすがにしないけど、プライベートではサイドテーブルに置いたスルメを時々顔に乗せて、匂いを浴びれば浴びるほど解放される、と言っていた。

なんでこんなに色々なんだよとも思う。いかにもわかりやすいトラウマが関係していた、というのは話としてはよくあるけれどもやや拙速で、別に特段理由なく昔からレイプシーンが好きだとか、毛がボーボーが好きだとか、それくらい唐突なものも多分おおいし、こういう性癖の人はこういう人が多い(医者や弁護士がSM好きが多いとか)というのも多少の傾向論としてはあるけど、別にSM趣味のない腕のいい医者もたくさんいる。

それに、一言で性癖と言っても、人生この性癖とともに生きてますって感じのSMおじさんもいれば、いわゆる「歪んだ愛」的に、普段からのその性癖を乗りこなしているというより、とある人と付き合っているうちにだんだん開花したりエスカレートして犯罪や事故に繋がったりという場合もある。『愛の流刑地』なんかは別に普段から首絞めてるっていう話じゃない気もするし。

人は恋愛と性生活をごちゃまぜにして生きているので、例えば「この人の全身に唾液を垂らしたい」、が、その人が好き、なのか、その人が憎い、なのか、唾液が好き、なのか、唾液を垂らしながら人を見下すのが好き、なのか、ある種の属性の人の身体を見ると唾液を垂らしたくなる、のかは、それほど厳密に分離されない。むしろ、「この人とセックスしたい」だって、完全に恋愛的な意味での好きと一致しているとは限らないし、逆に恋から完全に独立した感情だという人も珍しいと思う。だから性は「語っても仕方のないもの」になりやすく、人種や言語どころじゃない多様性を見せつつも、異文化理解や異文化交流が進まない。
 
性癖がわかりやすく職業やトラウマや傾向によって出来上がるというより、もっと突発的に起こりうるものなら、例えば自分の性癖が、「ラブドールと交わる」みたいに無害なやつだったらいいけど、ペドフィリアや殺してから死体との和姦みたいな害ありまくりのやつだったら純粋にアンラッキーにも思える。人はロリコン趣味などを軽蔑しがちだが、ワセダに行く、とか、アースミュージックエコロジーの服を買う、みたいにかなりの程度まで選択の余地がある問題というよりは、太りやすいとか虫歯になりやすいとか、「ある程度は原因らしきものが見つかるけど、結構運による」ものに近い気もするのだ。

そうなると、また相手となる人、つまり多くの場合は好きな人や恋人の性癖についても、どこまで許容すべきなのか、という疑問が生まれる。好きとセックスしたいがイコールとは限らないのと同様、その人が好きとその人とのセックスが好きもイコールである保証など何もない。そしてそこに、本人の意思とは無関係に起こりうるらしいという性質が相まると、ちょっと、一緒に向き合ってあげたほうがいいのかな、という気分にもなる。

好きな人が耳が悪ければ大きな声で話すようにするし、足が不自由なら車椅子を押す。そこに抵抗なんてないけど、それくらいの歩み寄りが性癖にも必要なのだろうか。しかしそもそもそれほどまでに個人的な領域で妥協や和解はありうるのかという問題もある。性癖が近しいものどうしでくっつくという手もあるけど、そこは逆もしかりで、セックスだけよくても恋や愛が芽生えるかというと、その辺りは私は悲観的である。

いがらしみきおの比較的最近の作品『あなたのアソコを見せてください』は、そういう性にまつわる根源的な疑問いくつかが疑問のままに、実際にも出会いそうな、しかし極端な人たちとともに描かれる。

自分の性癖が法的にマズかったら?とか、好きじゃない人のアソコも見たいのか?とか、好きだからセックスがいいのか?とか、惚れた相手が異常な性癖だったら共有できるか?とか。セックスと性癖の話だけれども、現実と同じように、愛や好きが混ざり込み、愛の話をしているのか、性の話をしているのか、判別がつかなくなるし、暫定的に示される愛についての答えはあるけれど、それが普遍的なものであるような予感は全然ない。

そもそも欲情するとか興奮するって、文字にしてみるとおよそ愛とはかけ離れた不純なものの気もしてくるし、しかし性の側に立てば、愛こそが性を混乱させ、欲望から顔を背けさせる不純物にも見える。

ただ一つ言えることは、恋愛は目に見えないから、思い込みや勘違いかもしれないし、そもそも幻想なのかもしれないけど、セックスには形があるということで、恋愛よりも幾分かリアルであることだ。愛や恋が、人を基礎的なところで救ったり、あるいは憔悴させたりするのは、具体的な形がないぶん、可変的でいくらでも膨らむからだとしたら、セックスはリアルなぶん、形や大きさが肥大したり別のものに変わったりはあまりしない気がする。でもじゃあなんで時々そんなリアルで生身の行為にすら、すり減ったり歓喜したりするのかというと、多分そこに混ざった愛をセックスの一部に感じているからなんじゃないかなぁ。

だとしたら、お金やセックスや言葉やプレゼントで、愛を目に見えるものにしたがる人たちは、性に関しては都合よく膨らんだり鋭利になったりする、形のなさを求めているかもしれなくて、いずれにせよ業が深い。好きな人が首を絞めたがったら応えるべきか否かはわからないし、普通に自分にその趣味がなければ犯罪か嫌がらせでNOしょと思えるリクエストだし、でも実際には多くのYESが生み出されているのも、人は愛の証明を具体的事物でしたがって、セックスの形をぼんやりと形のないものにしたがるからなのかもしれない。

少なくとも、ストレスは一人で刺青入れて映画観て発散できるけど、セックスは一人で成立しないから、人が多様であるという事実が死ぬほど残酷だということを最も明確に示すものではある気がする。
 

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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