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愛の病

2019.11.23 更新 ツイート

生まれた町以外みんな狗飼恭子

 マンションの建て替えが決まった。

 わたしが今住んでいるのは築五十年近い古いマンションで、引っ越してくる前から建て替えの噂が流れていた。けれど百世帯近く住む大型マンションで住人の数が多いため、建て替えの話し合いがなかなかまとまらなかったらしい。不動産屋も管理人も、
 「東京オリンピックが終わるまでは建て替えることはないですよ。資材も業者も足りませんから」
 と言っていた。
 

 

 まあ、オリンピックまで住めればいいかな、なんて軽い気持ちで転居先を決めた。けれど、気づいたらオリンピックはもう来年に迫っている。
 そして数か月前、ようやく話し合いがまとまったと言う連絡が来た。建て替えは三年後だという。

 すぐに追い出されるわけではないけれど、このマンションが壊されることは決まってしまった。
 白い鱗壁で、ベランダや屋根はどことなく丸みを帯びていて、中庭や周囲に植物が多い。フンベルトヴァッサーがデザインした建物のような愛らしいマンションで、一目惚れだった。壊してしまうのは惜しい。でもたかだか数年住んだだけの賃貸人であるわたしに、建て替え反対をする権利などない。

 昔は引っ越しが大好きだったのに今は少し憂鬱なのは、すっかり腰が重くなってしまったからなのか、この家と特別に気が合っているからなのか。
 一体いつまでこの家に住めるのだろう。まだ知らされていないから分からない。けれど少なくとも、三年後にはここにはいない。

 田んぼに囲まれた田舎にある実家から出て二十五年、ずっと都心で暮らしてきた。
 でもそろそろ、都会はもういいかな、という気もしてきている。飲みに行ったり買い物したり、観劇したり友達とおしゃべりしたりするよりも、川を見ながらぼうっとするほうが、最近は楽しい。

 夢だった海辺に住むのもいいかもしれない。山の中に住んで満天の星空に浸るのも楽しそうだ。温泉街も趣がありそうだし、鎌倉とか京都みたいな、大きなお寺のある町にも憧れる。いっそ島とか、海外だってありなのかも。マレーシアへの移住はそんなに難しくないらしいし、今一番おすすめの移住地は、ジョージアかブルガリアなのだそうだ。

 最近観た映画に、「生まれた町以外はみんな一緒」という台詞があった。
 そうなのかもしれない。だとしたら住む場所なんか、なんとなく適当に決めていいのかもしれない。

 わたしは次に、どこに住むのだろうか。
 三年かけてゆっくり探して、そしてなんとなく、適当に、決めよう。

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狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」などがある。最新刊は、『遠くでずっとそばにいる』(幻冬舎)。デビュー作『オレンジが歯にしみたから』がノンカフェブックスにて復刊。中田永一原作「百瀬、こっちを向いて。」で脚本を担当。オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/inukaikyoko/

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