1. Home
  2. 生き方
  3. 月が綺麗ですね 綾の倫敦日記
  4. オフィスで犬がおもらしするヨーロッパ大手...

月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2019.10.02 更新 ツイート

オフィスで犬がおもらしするヨーロッパ大手企業のワーク・ライフ・ブレンド鈴木綾

紅茶・王室の首都であるロンドンのキラキラ生活について日本人友達と話すとき、必ず出てくる質問がある。

「休みはどのくらいある?」

みんなは私の答えに困惑する。

「無限」

「それって、どういう意味?」

 

こういう福利厚生は西洋の大手企業で働いているホワイトカラー層の現実。グーグルやフェイスブックのようなアメリカの大手テック会社から始まった現象ではないか、と思う。卓球台、生ビールのサーバー、職場に保育園、週に一回マッサージ。グーグル・キャンパスと呼ばれる理由がよく伝わる。彼らの福利厚生は大衆の好奇心をかき立て、メディアでよく取り上げられた。

皮肉な事実だ。アメリカの資本主義者たちは日本企業の手厚い福利厚生「従業員を世話する」資本主義をずっと批判してきた。今や長年の景気低迷でそんな余裕のある日本企業はほとんどなくなっているけど、廉価で利用できる社員食堂を用意したり社宅を提供したり、従業員が夏に使える別荘を持ったり、記念日ダイヤモンドを配ったりする元彼の会社のような会社はアメリカの資本主義者たちにしてみると不効率で株主のお金の無駄遣い。

しかし、今のアメリカやヨーロッパの大手企業が提供している福利厚生はまるで昔の日本企業のようだ。

なぜこうなったのか。人材確保の競争が厳しくなったことは、一つ背景にあると思う。欧州連合の失業率は歴史的な低水準になっている。従業員が入れ替わる率も上がってきた。そのため、会社の経営者たちは従業員を引き止めておく努力をしなければならない。

世界四大会計事務所の一つであるデロイトのレポートによると、会社が社員をやる気にさせる刺激的な仕事環境を提供しなければミレニアル世代の54%は2年以内に転職をする。柔軟な働き方を可能にしてくれない会社なら、2年に転職する率は56%。

ミレニアル世代の優先順位は以前の世代と明らかに違う。魅力的で楽しい職場で働くことが「非常に重要」あるいは「重要」と回答するイギリスのミレニアルたちが75%。ジェネレーションX(1960年―1979年生まれ)の場合、その比率は58%で、団塊世代は45%。

このようなデータが示すように、ミレニアル世代は仕事とプライベートを対立させて考えるワーク・ライフ・「バランス」を目指していない。みんなはむしろ仕事とプライベートを上手に混ぜるワーク・ライフ・「ブレンド」を理想にしている。

友達の友達はイギリスのネット銀行大手、モンゾ銀行で働いている。モンゾでは従業員の愛犬の話をするためのスラックチャンネルがある。そのチャンネルで誰がいつワンちゃんを会社に連れてくるか調整もできる。

犬を散歩するために早めに退社するのはライフを大事にする、という意味でのワーク・ライフ・バランス。みんなとスラックで犬の話で盛り上がり、犬を会社に連れてくるのはワーク・ライフ・ブレンド。

伝統的な会社や産業はこういう働き方、働かせ方に慣れていないところもあるのでワーク・ライフ・ブレンドがうまくいかないケースもたくさんある。

一流投資会社で働いている友達がこう話す。ある日、スタッフが重要な投資家の訪問を待っていたとき、従業員が会社に連れてきた愛犬クッキーちゃんはロビーでおもらしをした。幸いなことに、掃除がちょうど終わったところで投資家が現れた。また別のときには、従業員が愛犬のダックスフントを会社に連れてオフィスを回ってみんなに犬を紹介した。会社の役員が犬に挨拶するためにオフィスの廊下まで出てきた。この役員はタフ・ネゴシエイターで怖い人として業界で有名な人だけど、犬が馴染んでくれたなかったときのがっかりした表情は今でも忘れられないと友達が言う。

「偉大な人間も可愛い犬に弱い」

一方で、マッサージや犬OKのような福利厚生のせいで、従業員は――労働時間という意味でも契約期間という意味でも――より長くオフィスに残るようになる。福利厚生の恩恵は結局会社の方にとって大きい。

例えば、私が今の会社に入った時、最初、毎日ランチが無料で出ることを喜んだ。しかし、少し経ったら、無料でランチが提供される=従業員はお昼に出ないことに気づいた。オフィスでランチを食べるとみんなは早く食べて仕事に戻る。みんなはちゃんと休憩するのを忘れる。

無限の休日もそう。「有給は〇〇日あります」とはっきりした数字を言われないと逆に休みを取らなくなる。会社の若い同僚の多くはそうで、上司に言われないと休みを取るのを忘れる。そうやって、知らず知らずのうちに、私たちは会社に取り込まれていく。

最初に日本に引っ越した時、時給もらって派遣社員としてしか働いたことない女性友達がいた。ある時、彼女と報酬の話をした。私の年間報酬が事前に決まっていたことを聞いた彼女は驚いた。

「じゃ、なんでみんな残業するの?」と彼女に聞かれた。

彼女の質問は正論で豪華な福利厚生に目が眩んでいる人が忘れがちな重要な事実。だって、正に20世紀の日本企業は、そうやって労働者に丸抱えにして会社に取り組んだ。忠誠心を育て、終身雇用という形で「会社人間」を大量生産した。本人たちも進んで「終身雇用」の道を選んだのだ。社畜、と言われながら。

福利厚生に虜にされないで、私たちのために最大限に利用すればいい。イギリスの正社員はみんな5.6週間の休みを取る権利がある。だから、私は少なくとも5.6週間休む。私は会社のランチを食べるけど、食べ終わったら外で15分散歩をする。早く会社を出れば公園で同僚ではない友達の犬と遊べる。

私はワーク・ライフ・ブレンドに誘惑されない。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

バックナンバー

鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。現在はロンドンの投資会社に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

 

 

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP