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夜のオネエサン@文化系

2019.09.06 更新 ツイート

あゆと黒木とタランティーノ~「自立した女」物語の終焉?鈴木涼美

夜のオネエサンが帰ってきた! 鈴木涼美さんが、映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から、世間を騒がしているアノ話題まで、オフレコモードで語る、待望の新連載。

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今夏出版され、さらっと話題になってさらっと話題から去った『М 愛すべき人がいて』を、さらっとした性格を持たない粘着質の私は今も机の上のごちゃっとした本の山の中から抜き出せないでいる。とりあえず最も解せないのは、散々人生に介入しておいて自分の手に負えなくなったらさっさと逃げた男に対する恨み節が全然ないことで、これにはヒギンズ教授もホワイジャパニーズピーポーと言い出しそうなのに、その部分に関して世間は結構無関心であった。

 

同作はとっくにジャパニーズ・スーパースターになったあゆが、離婚などの困難も乗り越えた上で、再び「マサ」a.k.a.マックス松浦とアーティストとしてのパートナーとなり、若く情熱的だった日々以上の落ち着いた信頼関係を取り戻した感満載のプロローグで始まり、やっぱり深く愛しい信頼関係を取り戻したマサの視線を浴びながらステージの上で「私はあ歌い続ける」と大変キラキラした感じで幕を閉じる。

やや示唆的ではあるもののはっきりわからない終幕の『マイ・フェア・レディ』と随分違って親切で、もちろんその辺りが事実に基づくフィクションなんてわざわざ本人の署名入りで断り書かれる所以とも言えるのだろうけど、不義理かつ一方的に恋人関係を絶った男が、最終的にはあゆに比べれば手のかからなそう&自分の手に負えそうな妻と子に恵まれ、なおかつあゆにも許され信頼され必要とされて、会社分裂の危機では鶴ならぬ鮎の一声に救われたりもして、なんだか何にも失ってない感が否めない。

なんでマサが断罪されず、それを私も含めた読者たちがそんなに不自然に思わないのかといえば、おそらく彼があゆにかけた魔法や見出した才能は、どんなに非道な別れ方をしたとしてもお釣りがくるものであって、「酷い」より「ありがとう」が結果的に勝っているから、というのが多分一番妥当かつ冷静な見解である。

そう考えると直後にリリースされたNetflix『全裸監督』が多くの淑女たちの癇に障ったのは、本人の同意云々以前に、学歴も将来の展望も大した思想もなかった一人の平凡な少女をスター歌手にしたマックス松浦は神で、学歴も思想も大そうなレベルをお持ちだった黒木香を素っ裸に脱がしてポルノ女優にした村西とおるは悪魔という感じがするからなのかなぁとも思う。

実際に黒木香はその後肖像権問題で訴訟を起こしたり、転落事故の報道があったりしたのだから、現在感謝してるか恨んでるかという点では二つの物語はおそらく様相が違う。いや、神の割には皆様トキオ長瀬の印象が強いあゆの愛ある歌詞のお相手が、一部サル顔のおじさんに塗り替えられたことに憤慨していたけど。

いや、多分そういった割とどうでもいい疑問点を着ぐるみのように羽織ってこれらの作品が私の中にオリのように溜まったままなのには別の理由がある。

この二つを並べて、男に発見され男に育てられて美しく花開くシンデレラ的物語が、令和を迎えた今、疲れた女たちに再び希求され歓迎されていると書いてしまえば綺麗だけど、そんなことは10年ちょい前公開の『魔法にかけられて』」あたりですでに指摘されているし、上昇していくことが果たして正しく幸福なことであるのか、というマイ・フェア・レディ的な批評性があるわけではない。

ピグマリオンの期待に応えるため、あるいは窮地にいる恩人の男を助けるためにある意味自分を犠牲にして高みに登ろうとした彼女たちが描かれる物語を、一体どんなメンタリティで受け止めることができるのか。新しい時代の強いヒロイン像のネタバラシ、あるいは解体のようなシビアな物語なのだろうか。

ディズニーが、ハリウッドが、フィクションの面からも必死に援護しようとしてきた、自分の足で立ってありのままのスピーチレスではない自立した女の生き方は、所詮ハリボテだったのだろうか。そういえばゴーストバスターズの新作は、3年前の女性キャスト版との繋がりはとりあえずすっ飛ばして、元祖版の監督の息子が撮るらしい。

やや不可解な気持ちをぶら下げたままこのほど東京でもようやくリリースされたタランティーノの新作映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を観に行ってみれば、そこには超マニアックに再現された60‘sのハリウッドと、ありえないハピリーエヴァーアフターのお伽話が奇妙な融合をしているのでした。

最強にサイコーでサイテーだったとある時代、否定されて仕方ないとも言える熱狂と快楽、そしてそれをあまりに唐突な不可抗力で終焉に向かわせた衝撃の事件、そこから連なっている今の時代、納得いこうがいくまいが受け入れざるを得ない時代の流れ、進化として肯定せざるを得ない新しい正義。

私たちが大まかに受容しているものと、そこに宿る小さな懐疑心を、たった3時間弱のフィクションは痛快にかき混ぜてしまう。3時間の後にまた訪れる、フィクションの中で燃やし尽くされたはずの日常を、少なくとも生きるに値する程度には愉快なものと思えてしまうくらい。

『М~』も『全裸~』もそれぞれの業界最盛期の空気感をなによりもまず再現している。過去として描き出される最盛期なんて、喫煙者の私でさえ喉に不快感を覚えるディカプリオのタバコくらいにナンセンスでもあるのだけど、当然かつてあったものへの強烈な嫉妬も引き出す。半分もとからなくて、半分失ってしまった、あるべきかどうかもよくわからない何かを、今私たちが持ち得ないことだけは確かなのだ。

シンデレラもいなければ神も悪魔もいないし、強い女だっているのかどうかはよくわからない。間違った方向に突き進んでいるような気もするし、困難を自ら課している気もするけど、過去を肯定する暴論を振るうのもどこか違う。アンビバレントに爆進する私たちが、肯定でも否定でもない、夢想と慰みを心に抱き続けることは許されるはずだ。

ワインスタイン問題でイチバンに的確な反射神経を見せたタランティーノは、間違いなく日常とフィクションの関係を最も確信的かつ素人にも明快に示す創作者である。彼のフィクションを楽しむ、という私たちに与えられた嬉しすぎる選択肢以外に本来は何も必要はない。持ち帰ってきた愛にあえて名前をつける必要だってないが、別に否定された気にならずに、昔々あるところにあったかもしれない、自分とは違う女の物語を、いつだって欲しがる権利を認められた気分になった。

平坦でつまらない割にはいつのまにか傷だらけにさせられるような日常を生きる、強いような弱いような新しくも古臭くもない女たちが、時代のせいにしたくなるほどに時に寄る辺なく不安定であることは、至極当然なのだ。

鈴木涼美『愛と子宮の花束を~夜のオネエサンの母娘論~』

「あなたのことが許せないのは、 あなたが私が愛して愛して愛してやまない娘の 身体や心を傷つけることを平気でするから」 母はそう言い続けて、この世を去った――。 愛しているがゆえに疎ましい。 母と娘の関係は、いつの時代もこじれ気味なもの。 ましてや、キャバクラや風俗、AV嬢など、 「夜のオネエサン」とその母の関係は、 こじれ加減に磨きがかかります。 「東大大学院修了、元日経新聞記者、キャバ嬢・AV経験あり」 そんな著者の母は、「私はあなたが詐欺で捕まってもテロで捕まっても 全力で味方するけど、AV女優になったら味方はできない」と、 娘を決して許さないまま愛し続けて、息を引き取りました。 そんな母を看病し、最期を看取る日々のなかで綴られた 自身の親子関係や、夜のオネエサンたちの家族模様。 エッジが立っててキュートでエッチで切ない 娘も息子もお母さんもお父さんも必読のエッセイ26編です。/p>

鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ~夜のオネエサンの幸福論~』

まっとうな彼氏がいて、ちゃんとした仕事があり、昼の世界の私は間違いなく幸せ。でも、それだけじゃ退屈で、おカネをもらって愛され、おカネを払って愛する、夜の世界へ出ていかずにはいられない―「十分満たされているのに、全然満たされていない」引き裂かれた欲望を抱え、「キラキラ」を探して生きる現代の女子たちを、鮮やかに描く。

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 実は超文化系女子でもある鈴木涼美さんが、映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から、世間を騒がしているアノ話題まで、オフレコモードで語ります。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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