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前進する日もしない日も

2019.09.09 更新 ツイート

一番寒くない席「ここです」益田ミリ

カフェに入る。

「お好きな席にどうぞ」

と言われて店内を見回す。いや、見上げる。クーラーの風が直撃しない席をすばやく探さねばならぬ。

 

よし、あそこだ。

目星をつけ着席。しかし、思わぬところに別のクーラーが設置されていることも多く、しまった、この席めちゃ寒いやんか……と頭を抱えるのだった。

ここから先は2通りある。ひとつは耐える。薄手のストールをカバンに入れてあるのでそれを羽織ってなんとかしのぐ。

もうひとつは席を変わる、であるが、その場合、むろんチャンスは一度だ。座っては移動、座っては移動となればお店の人も「ええから、早よして」とイラッとくるであろう。

それでこの前、勇気を出して聞いてみたのだった。

「この席ちょっと寒いんで移りたいんですけど、一番寒くない席ってどこですかね?」

お水を持ってきてくれた女性が、「えーっと」と店内を見回してくれているときに、大学生風の男性スタッフがスタスタやってきて言った。

「こちらへどうぞ」

案内されたのは窓側に並んだ3テーブルのうちの中央の席だった。

「ここです」

彼はきっぱりと言った。

座ってみた。ホントだ、無風。むろん店内は十分涼しいので暑くもない。ありがとうございますと礼を言い、ホットコーヒーを注文した。

わたしは持参した津村記久子さんの小説を読み始めた。久しぶりに読み返す大好きなその本のタイトルは『この世にたやすい仕事はない』である。

主人公の女性は、心穏やかかつ淡々とこなせる仕事を求めている。リクエストに沿うような職業を紹介されていくつか試してみるのだが、たとえば「作家の一日」を見張る仕事だとか、路線バスの車内アナウンスを考える仕事だとか、淡々とはしているがちょっと風変わりな仕事なのである。わたしは小説を読みながら「寒くない席を見つける仕事」というのもこの物語に入るのではないか? などと楽しくなっていたのだった。

さっきの彼は、クーラーの風が当たりにくい席を知っていた。似たような質問をされるものだから、食器を片付けつつ「こっちの席かな? あっちの席かな?」と試しに座っていたのかもしれない。愛想がいいタイプでもない、むしろおとなしそうな青年であったが、彼は淡々と自分なりの熱心さで仕事をしていたのである。

きりのよいところで本を閉じ、レジへ向かった。改めてお礼を言いたかったけれど、閉じられた本の中に帰っていったかのように彼の姿はなかった。

益田ミリ『わたしを支えるもの すーちゃんの人生』

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益田ミリ『かわいい見聞録』

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前進する日もしない日も

仕事の打ち合わせ中、まったく違うことを考えてしまう。ひとり旅に出ても、相変わらず誰とも触れ合わない。無地の傘が欲しいのに、チェックの傘を買ってくる。〈やれやれ〉な大人に仕上がってきたけれど、人生について考えない日はない。そんな日々のアレコレ。

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益田ミリ イラストレーター

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、漫画『すーちゃん』『僕の姉ちゃん』『沢村さん家のこんな毎日』『週末、森で』『きみの隣りで』『今日の人生』『泣き虫チエ子さん』『こはる日記』『お茶の時間』『マリコ、うまくいくよ』などがある。また、エッセイに『女という生きもの』『美しいものを見に行くツアーひとり参加』『しあわせしりとり』『永遠のおでかけ』『かわいい見聞録』や、小説に『一度だけ』『五年前の忘れ物』など、ジャンルを超えて活躍する。

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