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インジョーカー

2019.05.15 更新

#4 警察庁トップの司令…危険すぎる美人刑事が帰ってきた!深町秋生

悪党どもに、女神の鉄槌を! 危険すぎる美人刑事、八神瑛子が帰ってきた。その美貌からは想像もつかない手法で数々の難事件を解決してきた瑛子が、外国人技能実習生の犯罪に直面。そんな彼女に監察の手が伸びる。刑事生命が絶たれる危機……それでも瑛子は事件の闇を暴くことができるのか? 累計40万部を突破した、深町秋生の人気警察小説シリーズ。その最新刊が、本作『インジョーカー』だ。読んだ瞬間、引き込まれる物語の冒頭を、特別に公開します。

*   *   *

(写真:iStock.com/SvetaZi)

一年前、能代に焚きつけられて、八神雅也殺しに絡む瑛子の捜査に協力した。結果、能代は激烈な出世レースを勝ち抜く形となった。

だからといって、富永は彼の派閥に入ったわけでもない。この一年はそうした政争とは距離を置き、上野署の仕事に全力を傾けた。能代とこうして口を利くのも、それこそ一年ぶりだった。

己に言い聞かせた。冷静さを失うなと。

「そうでしたか。私自身はさきほども申しましたとおり、とても気に入っていますし、やりのこした計画がいくつもありますから。官房長がどのような理由で、私を留任させたのかはわかりませんが、大変感謝しております」

〈感謝と来たか。強がり言いやがって〉

「本心です。ただ、官房長の働きかけのおかげで、私が特命でも帯びていると周りから思われて、痛くもない腹を探られています。いささかやりづらさを感じているところでした」

精一杯の気力を振り絞って皮肉を返した。能代は飄々とした調子で言う。

〈たった今から、その特命とやらを与えるつもりさ。だからこそ、上野暮らしを続けてもらうんだよ〉

富永は反射的にデスクの下を覗いた。

かつて八神には、この部屋に盗聴器を仕かけられたことがある。定期的に部屋のクリーニングを行っているものの、能代が切り出す話の重たさを考えると、確かめずにはいられない。

部屋の隅にある観葉植物に近づき、鉢の周辺を調べながら答えた。

「せっかくですが、それは……」

〈待て待て。内容も訊かずに断るバカがどこにいる〉

「私はあなたの派閥の者でもなければ、加わりたいとも思っていません。反能代派でもありません。権力闘争に割く時間があれば、それを市民の安全を守るために使いたいだけです」

〈瑛子ちゃんに危険が迫ってると言ってもか〉

「八神に?」

能代は鼻で笑った。

〈だからよ、早合点はよくねえってことだ。堅物のお前に政治工作なんて頼みゃしねえし、できるとも思ってねえ。ついでに、おれの手下になれと頭ごなしに命じる気だって──〉

「危険とは、どういうことですか!」

思わず声の音量があがった。まんまと能代の手の内に嵌まってしまったと思いつつも、とても放ってはおけない話だ。

〈そんなでかい声だすやつがあるか。当の本人の耳に入るかもしれねえぞ。やっこさんは上野の裏番長だべ〉

「申し訳ありません」

〈とりあえず、聞く耳くらいは持ってくれたようだな〉

「うかがわせてください」

応接セットのソファに腰かけた。能代の奇襲攻撃にうろたえるも、腹をくくって平常心を取り戻そうとする。

〈たしかに、お前も瑛子ちゃんもおれの手駒でもなんでもねえが、お前の言うとおり、周りはそうは思っちゃいねえってことだ。ふたりとも、おれの腹心と思われてる。お前らの痛くもねえ腹を必死に探ってる〉

「言うなれば、反能代派が我々を追い落とすために動いているということですね」

〈おれを嫌ってるやつらだけじゃねえ。あの一年前の騒動で、ワリを食った者は、お前が考えるよりもずっと多いのさ。ようやく、ほとぼりも冷めて、警視庁へのバッシングも落ち着いた。ここらで捲土重来と企む連中が出てきやがった〉

「殿山俊一郎の一派ですか」

〈あのあたりとつるんでた連中は、お前らの活躍で冷飯を食わされることになったからな。ここらでお前らに喰らわしたいと企む輩はたんといる〉

殿山とは、八神雅也殺しの主犯とされた大物OBだ。現職のころから捜査費の私的流用の噂が絶えず、裏金で多くの警官を手なずけ、退職後も隠然たる力を保持していた。

私的流用の噂を嗅ぎつけた八神雅也は、殿山の懐刀だった刑事に、自殺に見せかけられて殺害された。

八神瑛子が約三年半もの月日をかけ、犯人たちの謀略を暴くも、殿山は自ら命を絶って永遠に口を閉ざしている。

黒幕はあの世へ逃亡したのだ。ただ、この大物OBや現職刑事が殺人や公金横領に手を染めていた事実が明らかになり、警視庁は大きな傷を負った。当時の警視総監は、メディアや国会から激しいバッシングを受けた末に辞職に追いこまれた。

辞職した警視総監にしろ、能代がライバル視していた警察庁警備局長にしろ、殿山の強い後押しがあったからこそ、その地位に就けたと言われていた。殿山と距離が近すぎた者は、有無を言わさず左遷された。

八神夫妻は、記者と刑事という立場から、殿山という警察組織の暗部を暴いてみせたが、それは警視庁にとって不都合な真実でもある。警察組織のなかに逆恨みする人間が出るのは必然だった。

今回の不可解な人事も、八神らを快く思わない人物が動いたと勘繰ってはいた。あれだけの騒動の中心にいた八神ら組対課の面々、それに自分までもが異動の対象にならなかったのは、きわめて不自然だからだ。まさか、出世の階段を上った能代によるものだとは考えていなかった。

(写真:iStock.com/Kritchanut)

富永は大きく息を吐き、能代の口調を真似た。

「ここを去るかもしれんという噂を聞きつけて、こうしてまっ先に仁義を切りに来たんだ。来年度のお前は関西に移転、瑛子ちゃんはおれのもとへとやって来る。どうだ」

一年前、彼が富永に言い放ったセリフだ。能代は爆笑した。

〈おいおい、お前に物まねの才能があったとはな。けっこう似てるぜ〉

能代はむせて咳きこんだ。なにかを飲みこむ音がする。富永は口調を元に戻した。

「つい一年前まで、このように仰っていた方が、今度は一転して八神や私を上野に留めたという。果たしてどこまで信じたらいいものか」

警視庁刑事部長だった能代は、瑛子の優秀さに目をつけ、警視庁捜査一課に招きたいと言った。むろん、それは富永を殿山と対決させるための方便に過ぎなかったが、まんまと謀られた後悔が残っている。

〈しょうがねえだろう。たった一年とはいえ、あのころと今じゃ、天地がひっくり返ったくらいに状況が異なる。んなこと百も承知だろう〉

富永もわかっている。本来なら別の人物が、警察庁長官官房長の椅子に座るはずだった。当時の警視総監は任期をまっとうし、殿山と腐敗刑事らは依然として警察組織の裏を取り仕切っていただろう。

能代の声が一転して低くなった。

〈そんなに関西が恋しいってんなら、動かしてやってもいいべ。ちゃんと安らげる家と、三つ指ついて出迎えてくれる女房。人恋しくなる気持ちもわからなくもない〉

「……ご存じというわけですか」

〈状況が異なったのは、おれとて同じさ。警視庁の刑事部長もなかなかではあったが、警察庁から見える眺めはまた格別だ。全国津々浦々まで見渡せる。官房長って肩書きがつけば、なおさらだず〉

富永はため息をついた。

紗希から離婚届を突きつけられたことは、まだ警視庁内の誰にも打ち明けてはいなかった。町田市に住む両親にそれとなく伝えたぐらいだ。全国のキャリア組の人事を把握する能代のほうが、富永本人よりも紗希の動向について熟知しているのかもしれない。

ゴネると関西の閑職に就かせるぞ──能代は言外に匂わせていた。今はそれだけの力を持っている。

「八神を守れというわけですか。そのために私を留任させた」

〈おおむね正解だ。さすがに見込んだ男だけある。説明をする手間がはぶけた〉

能代が口笛を吹いた。

〈少し補足するなら、それはつまり、お前のことも守りたいってことでもある。もし瑛子ちゃんになにかがあれば、所属長であるお前も無事じゃ済まねえからな。素直に手下になるタマとは思っちゃいないが、お前らのことがかわいくて仕方ねえんだ〉

しばし、黙った。

能代の言葉を額面通りには受け取れない。なぜ、彼がじきじきに情報を提供するのかを考える。

「また八神や私を使って、あなたの反対勢力を駆逐させるつもりですか」

〈好きに解釈すりゃいいさ。ただし、言っておきてえのは、瑛子ちゃんを狙ってるのが、おれの反目に回ってるボンクラだけじゃねえってことだ〉

「どういうことですか? あなたを慕う者のなかに、異分子が含まれているとでも」

〈まあ、ひところのお前と似たようなキャリアどもが、瑛子ちゃんを危険視しているのは確かだ。一介の現場指揮官が、警察組織の秩序や上下関係ってもんを破壊しているとな〉

「しかし、そうでもしなければ、八神雅也の死は永遠に見過ごされ、殿山のような妖怪や悪徳警官がいつまでものさばり続けたはずです。彼女の行動を許容するわけではありませんが、真相を暴いた点に関しては大いに評価されるべきでしょう。だからこそ──」

〈おれだってそう思ってるが、警察庁や警視庁にいる高級役人のなかには、あれを一種のクーデターだと震え上がるやつもいるんだよ。組織の威信を深々と傷つけた危険人物だとな。それに瑛子ちゃんは叩きゃなにかと埃が出る身だ。手もだいぶ汚れている。そこを上司のお前がカバーしてやるんだ〉

「誤解してもらっては困ります。私は八神の庇護者なんかではありませんよ」

〈とにかく頼んだぜ。愛しの部下に熱い視線を注いでおくんだ〉

ふいに電話が切られた。

「もしもし?」

思わず呼びかけたが、無駄だった。けっきょく、能代はどのような危険が迫っているのかを、具体的には教えてくれなかった。

電話をかけ直そうかと、液晶画面に触れかけたが、途中で指を止めた。能代が出るとは思えない。

彼の意図自体は不明だ。情報自体もとんだガセネタかもしれず、八神をダシにして、富永の足を掬うつもりではないか。以前は、利害が一致したかもしれないが、今度はそうとは限らないのだ。

富永は空を睨んだ。

能代は八神を見張れという。それなら言われるまでもない。花園と連絡を取り合い、彼女の動向はチェックしている。

八神は現在も法や規定を無視し、時には暴力さえも厭わない。警官にあるまじき行動を取っている。上野署に赴任した当初は彼女を危険視し、警察社会から追放するため、あれこれと手を尽くしたものだった。

現在も迷ってはいる。八神は警官でいるべきではないと。夫が殺害されてから、彼女はもはや狂気の世界に足を踏み入れているのかもしれない。そう思わされるときがある。

だが、一線を踏み越えた覚悟と命を賭した戦いがあったからこそ、アンタッチャブルな真実にまで踏みこめたのだ。熱い刑事魂を秘めているものと信じている。捜査手法には大いに問題があるものの、捜査一課の職人集団すら見誤った事件を単独で調べ、勝ち目のない大物を追いつめてみせたのだ。

八神とて人間だ。警官やアウトローを飼い慣らし、警視庁内では強い影響力を持つ。己の権力に酔いしれ、道を外してしまう可能性がある。今朝の家宅捜索にしても、花園の報告によれば、被疑者確保のために法を逸脱している。

八神雅也らを手にかけた刑事もまた、ある意味では優秀な警官だった。多くの情報提供者を飼い、結果を出すために法を無視し、上司の犯罪にも手を貸した。やがて、後戻りのできない怪物へと変わっていった。

──君はまだ刑事だ。怪物なんかじゃない。もし君が、あの男のようになりかけるときが来たとしたら、そのときこそ私の出番だ。

かつて、八神に言い放った。だからこそ、彼女をずっと見つめ続けた。

その彼女に危険が迫っているという。突然の知らせに困惑せざるを得ない。

携帯端末を握る手がわずかに震えている。複雑な想いに駆られたものの、曇っていた心に光が差しこんだような気もした。

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深町秋生

1975年、山形県生まれ。2004年、『果てしなき渇き』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。「組織犯罪対策課八神瑛子」シリーズは40万部を越えるベストセラーとなっている。他の著書に『ダブル』『バッドカンパニー』『ドッグ・メーカー』など多数。『卑怯者の流儀』『地獄の犬たち』は第19回、第20回の大藪春彦賞候補作品。

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