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ベイジン

2019.05.13 更新

#4 渦巻く外圧、そして陰謀…巨大原発をめぐる社会派小説!真山仁

中国の威信を賭けた、北京五輪の開幕直前。開会式に中継される“運転開始”を控えた世界最大規模の原子力発電所では、日本人技術顧問の田嶋が、若き中国共産党幹部・鄧に拘束されていた。このままでは未曾有の大惨事につながりかねない。最大の危機に田嶋はどう立ち向かうのか……。2011年に発生した、福島第一原子力発電所の事故を予言していたとも言われる、真山仁の社会派小説『ベイジン』。今回は特別に、本書の冒頭をみなさんにお届けします。

*   *   *

(写真:iStock.com/Nostal6ie)

「何やと、よう分からんとは、どういうこっちゃ」

開け放たれた原子炉格納容器の扉の前で、門田を囲んで数人の作業員が厳しい表情を浮かべて立っていた。門田に怒鳴られているのは、若い技師だった。

「これは、誤差の範囲ですよ」

どうやら細管の減肉の状況で揉めているようだった。PWRの泣き所と言われている伝熱管の細管は、高温、腐食に強いインコネルという鉄、ニッケル、クロム等の合金で作られている。高温高圧に耐えられるだけではなく、凄まじい勢いで細管を流れる水流にも強い材質だった。とはいえ経年すれば、内側は自然と削られる。それを減肉と呼んだ。

「誤差の範囲やと? おまえの計算では、あと〇・〇五ミリは厚いはずやろ。細管の厚みがなんぼあるか知ってんねんやろ」

「一・三ミリです」

「その中の〇・〇五ミリが、どれぐらい大きな比率やと思てんねん。あかん、徹底的に調べろ」

「しかし、そもそもスケジュールが遅れてるんです。これ以上は」

「何、言うとんねん、わしらにとって大事なんはどっちや、納期か絶対的安全性か」

若い技師が口ごもると、門田はファイルを勢いよく閉じた。

「何、ぼそぼそ言うてる、聞こえん!」

「絶対的安全性です!」

若い技師は真っ赤な顔になって、門田を睨んだ。門田は彼めがけてファイルをぶつけた。

「分かってんねんやったら、やれ」

その時、所員の一人が田嶋に気づき、門田に耳打ちした。

「おう、何やもうそんな時間か」

金曜日なので、久しぶりに敦賀市街まで足を延ばして二人で飲もうと約束していた。

「いや、急に神戸に戻らなきゃならなくなった」

「神戸やと。何や、家族がどないかしたんか」

田嶋の自宅は、神戸市内にある。

「オヤジが、お呼びなんだ」

門田は難しい顔のままで、田嶋をBループ室の外に連れ出した。

「オヤジが何の用や。まさかおまえさんだけ、本社にお召しというんちゃうやろな」

歯に衣着せない物言いも、門田らしいところだった。田嶋も門田も、DECの親会社であるDHI(Dia Heavy Industry=大亜重工業)からの出向組だった。田嶋はDECの仕事にやりがいを感じていたのだが、門田は現在のポジションを“左遷”と言って憚らず、事あるごとに本社復帰を求めていた。飲むと最後はいつもその愚痴で終わる。恐らく今夜もそうなるはずだった。

先ほどまでの鬼部長とは別人のような冴えない顔つきになった門田は、田嶋を廊下の先へ誘った。

「呼ばれたんが、おまえだけっちゅうのが気に入らんねんけど、何の用なんや」

「分からんよ、それは」

門田が責めるような目で、田嶋を見上げていた。一六〇センチ足らずの短躯と一八〇センチ以上はある田嶋とが並ぶと漫才コンビのようだとよく言われるが、今、誰かがそう冷やかしたら間違いなく門田は殴るだろう。

「何か、隠しとんのとちゃうんか」

「別に。ただ、心当たりはある」

「隠し事がないんやったら言うてくれ」

「嶺南四号のプラントが、棚上げになったという噂がある」

門田は、複雑な表情を浮かべた。最初ホッとしたように見えたのだが、暫くして失望したように唇を強く結んだ。嶺南四号のプラント建設が本格稼働した暁には、建設責任者の一人として本社に戻れるだろうと、彼は信じていた。DHI側が“三顧の礼”を尽くして、復帰を懇願するはずだ、というのが彼の言い分だった。

優秀な技術者の宝庫と言われるDHIの中でも、大型プロジェクトにおける門田の実力は群を抜いている。その功績は枚挙に暇がないが、現在は中断している日本初の高速増殖炉製造の技術開発で、門田は従来の原子炉製造の常識を破る製造法を生み出しただけでなく、事故が続いていたPWRの蒸気発生器の強度でも、創意工夫によって問題を解決した。

彼が“天才的”と呼ばれるのは、頭脳だけではない。設計図に拘泥することなく、現場の状況に応じて一工夫する臨機応変な解決力は秀逸だった。

だが、口の悪さと融通が利かない頑固さ故に上司に疎まれ、最前線から放り出されてここにいると、彼自身は思っているらしい。原発メーカーとして圧倒的なシェアを誇るDHIだったが、所詮は原発建設の一請負業者に過ぎなかった。構想から数えると最低でも一〇年、総額にして五〇〇〇億円以上のビッグプロジェクトを司るのは、エンジニアリングと呼ばれる設計監理会社だった。

原発建設とは、環境アセスメント調査から、土地造成、基礎工事、建屋建設、原子炉をはじめとする原発本体の建設に至るまで、世界最高峰の企業の粋を結集してこそ果たせる大事業だ。そうした企業選定から工事が設計通り進んでいるかの監理監督まで、エンジニアリング会社が一切を取り仕切る。

したがって原発建設を受注するのもエンジニアリング会社の役割になる。すなわち予算の裁量を握っているわけで、現場でミクロ単位の精緻な機器を製作するDHIなどの原発メーカーより遥かに高い利益を手にしている。

原発本体部分の製造に関しては、ほぼ自社でまかなえるDHIだったが、未だ世界の受注競争に参入することが叶わない。同社には、それまで世界に比肩するエンジニアリング部門がなかったためだ。

そこで、トータルで原発建設を受注するために誕生したのが、DECだったのだ。世界に君臨するエンジニアリング会社は、数社しかない。DECは、その仲間入りを狙っていたのだ。

「わしは現場が好きなんや。機械油の臭いのせん場所なんぞ行けるか」と、門田は現在の待遇に不満たらたらだった。定検に当たっては、本来ならば彼は快適な定検本部に陣取っていればいい。だが、じっとしていられない門田は、現場に出張っては怒鳴り声を上げ、スタッフに嫌な顔をされていた。

嶺南四号機では、DHIが独自開発を続けてきたD型APWRが初めて導入される。門田はかつて、そのD型開発プロジェクトのメインメンバーだったのだ。

(写真:iStock.com/solarseven)

「あかん、棚上げはまずいな。どんなことしても、阻止してくれ」

門田の鼻息の荒さに気圧されそうになりながらも、田嶋はやんわりと宥めた。

「まあ、そう結論を急ぐなよ」

「けど、間違いないやろ。噂はいろいろ耳に入っとった」

門田を師と仰ぐ技術者、研究者の数は世界規模といえる。おかげで、彼はいち早く的確な情報を得られるネットワークを持っていた。田嶋が、定検現場まで門田を訪ねた理由の一つも、彼の情報を訊いてみたかったからだ。

「どんな噂だ」

「ドイツ系のファンドが、ごちゃごちゃ言うてるんやろ」

田嶋は周囲に人がいないかを見渡してから、肩をすくめた。

「その上、なんやかんやと外圧もある」

「外圧?」

門田が近づいてきて、声をひそめた。

「何で十電力を差し置いて、日原でAPWRをやんのか、と騒ぐ外圧がひとつ」

確かにそういうやっかみがあるのは、聞いていた。十電力とは、日本で独占的に電力を発電供給している電力会社を指す。しかし、DHIは日原の前に各社に打診して、断られていたのだ。

「さらに、WC陰謀説なんてのもある」

「なんだ、それは?」

「ドイツファンドの後ろにいるのは、WC、ウィルバー・コムだという話や」

WC(ウィルバー・コム)は、世界最大の原発エンジニアリング会社だ。特にPWR分野では、世界を圧倒していた。DHIもWC社とパートナーを組んで原発建設を続けてきた。

「D型APWRが気に入らんねやろ」

陰謀好きの門田らしい発想だったが、今回はあながちデマではない気がした。

元々WC社は、設計施工から原子炉建設まで全てを網羅した原発総合メーカーだった。しかし効率の良いビジネスに専念するようになり、徐々に細部の高度技術を外部発注に移し、現在は設計監理会社となっていた。プロジェクトを司る旨味はある一方で、パートナー企業がいなければ、何も造れないというジレンマも持っていた。

内側から湧いてきた嫌な気分を紛らわすように、田嶋は被っていたヘルメットを脱いだ。規律にうるさい門田が咎めるような目つきで、先を続けた。

「最近、WCには身売り話が出てるやろ。連中も焦ってんねや。最大のパートナーであるDHIがWCグループから抜けたら、身売りどころやなくなる」

元はアメリカ企業だったWCだが、現在は英国の半官半民企業の傘下にあった。英国が国内の反対運動などもあって原発建設に及び腰になっているため、WCを手放すのではないかという噂もあった。それが本当だとすると、ますます厄介な話だった。田嶋は不安を振り切るように明るく答えた。

「まっ、これ以上ここで考えてもしょうがない」

「そんな悠長なことでええんか。おまえ、四号のプロジェクトがぽしゃっても、ええんか」

「よくはない。このプロジェクトは、俺にとっても夢、いや最大の使命だと思っている」

「ほな、どんなことしても、中止させたらあかんぞ」

門田の分厚い手が、田嶋の肩に置かれた。

「ああ、そうだな」

「何や、煮え切らんのお」

門田の不満げな顔に、田嶋は苦笑いを返した。

「俺の性分だ。おまえさんみたいに、何でもゴリゴリはやれんよ。ダメなものはダメ。そういうもんだ」

門田の手に力がこもった。田嶋はその手を振り切って、ヘルメットを被った。

「今回は頑張ってみるさ。ここまで頑張って敦賀から去るのはご免だからな」

「ほんまや、頼むで」

田嶋が頷くのと、技術者がBループ室から門田を呼ぶのが同時だった。門田は舌打ちしながら振り向いて「分かっとる、ちょっと待っとけ」と怒鳴ると、田嶋に追いすがった。

「わしも、一緒に行こか」

「いや、いい。とにかく話を聞いたら、報告するから」

「分かった。絶対やで」

田嶋が頷く前に、門田は踵を返していた。だが、数歩歩くと何かに気づいたらしく、立ち止まるなり声を張り上げた。

「おい、この濡れは何や!」

廊下の隅に小さな水溜まりを見つけたようだった。門田に怒鳴られて、二人の現場職員がBループ室から慌てて飛び出して来た。下請け会社の作業員がしゃがみ込んで、手で水滴を調べようとすると、門田は血相を変えた。

「あほ、ちゃんと放射線を調べんかい」

「きっと雨の滴ですよ。さっきここを、ビニールかけた荷物が通ったんですが、そのビニールが濡れてましたから」

「そんなもん何で通すねん。ビニールは入口で外すんが、規則やろうが」

しゃがみ込んだままの作業員は、困った顔で頷いた。

「まあ、それはそうですが」

「いずれにしても、線量計でちゃんと調べてから掃除しろ。それと、ビニールそのままにしたアホを呼んでこい」

田嶋は苦笑いを抑えながら、彼らの脇をすり抜けた。背中から門田のダメ押しの声が飛んできた。

「オヤジの話が分かったら、電話してな。遅うでもええから」

田嶋は右手を挙げて了解したと告げて、Bループ室から離れた。

原発の現場にとって、門田の厳しさは得難い。本来は彼が標準であるべきなのだ。だが、現実はそうなっていない。その厳しさと頑固さ故に上司や部下に煙たがられている。

俺たちは門田のような厳しさを疎んじてはいけない。

そもそも大型プラントは、一寸先が闇なんだ。海外を含めて何度も大きなプラント計画に携わった田嶋にとって、計画中止や棚上げなんぞ別に珍しいことでも何でもなかった。それに、正式な通達がない段階であれこれ悩むのは、自分のやり方ではなかった。

悲観論からは何も生まれない。たとえ地獄の中でも俺は笑って生きる。

それが、数々の修羅場と不条理を生き抜いてきた田嶋伸悟の処世術だった。

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真山仁

1962年、大阪府生まれ。87年、同志社大学法学部政治学科卒。同年、中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)入社。89年、同社退職。フリーライターを経て、2004年『ハゲタカ』上・下(ダイヤモンド社)でデビュー。同作はドラマ化、映画化され注目を集める。その他の著書に『虚像(メディア)の砦』(角川書店/講談社文庫)、『マグマ』(朝日新聞社/朝日文庫)、『バイアウト』(講談社/『ハゲタカII』として講談社文庫刊)など。

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