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せつない京都

2019.04.02 公開 ツイート

穴場の一本桜で満喫する京都の花見 柏井壽

このたび、京都にまつわるベストセラーを続々出されている柏井壽さんの新刊が、幻冬舎新書より発売になりました!
タイトルは『せつない京都』
「綺麗!」「楽しい!」「美味しい!」だけじゃない、大人の京都歩きをご提案します。
ちょうど今は、桜の季節。
京都人である柏井さんが知る、通な桜の名所とは――?
本書から一部公開です。
どんな季節も京都歩きは楽しいですが、この季節は、他の季節とは比べ物にならない喜びがありますよね。しかし、桜を見ると、心が華やぐと同時に、せつない気持ちも生まれてしまいます。

桜並木より美しい!?――京の一本桜

そもそもが、桜という花はせつないですね。

誰もが、今か今かと待ち望んで、ようやく咲いたと思えば、あっという間に散ってしまうんですから。花の命は短い。人にそれを実感させるのが桜の役目かもしれませんね。

とは言っても、京言葉の代表とされる〈はんなり〉は、花なり、から派生したと言われているくらいですから、桜の花が咲くさまを、華やかと感じる人のほうが多いのかもしれません。しかし聞いてみれば、せつないと感じる人も結構いらっしゃいます。

桜にせつなさを感じるのは、「見渡す限り咲き誇っていたのに、一斉に散るから」ではないでしょうか。

でも、京都では、散り際どころか、満開を迎えている花を見て、せつないと思ってしまう桜をよく見かけるのです。

そのほとんどは一本桜です。

日本の桜のシンボルとも言えるソメイヨシノは、ほとんどが群れて咲きます。川沿いの堤防に咲く桜並木がその代表ですね。それに比べて、枝し 垂だれ桜や山桜などは、孤高と言いたくなるような、凜とした立ち姿です。

京都の一本桜で最もよく知られているのは、「八坂神社」の奥に広がる「円山公園」の枝垂れ桜です。現在のそれは二代目だそうですが、枝ぶりの美しさといい、威風堂々たる幹の力強さといい、京都随一と言ってもいいでしょう。

ただ、場所柄いつも多くの人に囲まれているせいか、せつなさといった風情はあまり感じられません。

“せつない一本桜”は、洛北から上京辺りの街なかに、ぽつんと立っていることが多いようです。取り立てて名所でもなんでもなく、歩いていて、ふと塀の向こうから枝を伸ばす枝垂れ桜に、僕は風情を感じます。

たとえば地下鉄烏丸線の北大路駅北口からすぐ、今宮通沿いに建つ宗教施設の奥に植わる枝垂れ桜は、実に見事な花を咲かせます。賀茂川の河原へと向かう道筋にあるので、通りかかった人々は、声をあげることもなく、黙って息を呑みます。予想していなかったからでしょう。

今宮通とT字路を作っているのは、京都のメインストリートである烏丸通です。烏丸通の北端にあることから、僕はこの桜を〈烏丸通のどんつき桜〉と名付けました。七キロ近くも離れてはいますが、ここは京都駅の向かい側になるのです。

賀茂川堤の桜で人気が高いのは、「京都府立植物園」の西側の堤防に続く桜並木「半木(なからぎ)の道」です。

桜棚に紅枝垂れ桜が咲き誇るころには、見事な桜のトンネルができます。その桜を見に行こうとする人たちの多くが、先のルートを通ります。

地下鉄を降り、地上に出て、一目散に「半木の道」を目指す道すがら、思いがけず目に入った枝垂れ桜に感じるのは、美しさであり哀切なのです。

花見をするときというのは、必ずと言っていいほど、“お目当て”がありますね。どこそこの桜を見に行こう、と目的を用意するわけです。そこで、新聞やネットに掲載される開花情報を頼りにして、その花を目指します。そんな道すがら、思いがけず出会った花ほど美しく見えるものはありません。何か得した気になるのと同時に、自分だけの花という愛しさをも感じてしまうのだろうと思います。

それがもしソメイヨシノの桜並木だったなら、少し印象が違うかもしれません。ところがそれが、はかなげに垂れ下がる淡い色の桜だと、胸をきゅんとさせるのです。

鴨川堤でもう一本、僕が好きな枝垂れ桜があります。

それは賀茂川が鴨川に名前を変えてすぐの、賀茂大橋の南側、西のたもとに咲く一本桜です。

賀茂大橋は今出川通に架かる橋ですが、この橋の北側には、通称「鴨川デルタ」と呼ばれる三角州があり、右手東側から流れてくる高野川と、左手西側から流れてくる賀茂川が合流して鴨川になるところでもあります。

昭和六年に架けられた橋は、名建築家のほまれ高い武田五一(たけだごいち)が設計したもので、なんとも言えず、いい雰囲気を醸しだしています。

石造りの灯籠付高欄(とうろうつきこうらん)と枝垂れ桜、そして鴨川の流れ。一幅の絵のような眺めです。とりわけ黄昏どきともなると、西山に沈もうとする夕陽が東山を照らし、恰好の背景となります。

オムライス好きの僕は、この辺りに来ると、「おむらはうす」というオムライス専門店に足が向きます。オーソドックスなケチャップソースもいいですが、ここでのおすすめはカレーオムライスです。厚切りビーフがたっぷり入ったカレーソースが絶品なんです。

ほかの一本桜を何か所かあげておきましょう。

「本満寺(ほんまんじ)」「妙覚寺(みょうかくじ)」「旧有栖川宮邸(きゅうありすがわみやてい)」「法金剛院(ほうこんごういん)」「京都府庁」「水火天満宮」などです。

出会ったときの感動が薄れてはいけませんので、詳しくは書かないことにします。そこに行けば必ず見つかりますから。

柏井壽『せつない京都』

雅で煌びやかな反面、寂しさや侘しさを内包している京都――。平清盛に心変わりされた祇王が出家した「祇王寺」、愛する男と生きるためすべてを捨てた遊女の眠る「常照寺」ほか、千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多い。また、朝陽に照らされた東寺五重塔、大覚寺大沢池の水面に映る景色、野宮神社の“黒い"鳥居など、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会う。綺麗、楽しい、美味しいだけじゃない、センチメンタルな古都を味わう、上級者のための京都たそがれ案内。

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せつない京都

このたび、京都にまつわるベストセラーを続々出されている柏井壽さんの新刊が、幻冬舎新書より発売になりました!
タイトルは『せつない京都』。
京都といえば、雅で煌びやかなイメージが強いかもしれません。
しかしその反面、寂しさや侘しさを内包しているのが、京都という街です。
千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多いですし、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会います。
綺麗、楽しい、美味しいだけじゃない!
センチメンタルな古都を味わう、上級者のための京都たそがれ案内である『せつない京都』より、一部公開いたします。

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柏井壽

一九五二年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都の魅力を伝えるエッセイや、日本各地の旅行記などを執筆。『おひとり京都の愉しみ』『極みの京都』『日本百名宿』(以上、光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『日本ゴラク湯八十八宿』(だいわ文庫)、『おひとり京都の春めぐり』(光文社知恵の森文庫)、『泣ける日本の絶景』(エイ出版社)ほか多数。
自分の足で稼ぐ取材力と、確かな目と舌に定評があり、「Discover Japan」「ノジュール」「dancyu」「歴史街道」など、雑誌からも引っ張りだこ。京都や旅をテーマにしたテレビ番組の監修も多数行う。
柏木圭一郎名義で、京都を舞台にしたミステリー小説も多数執筆する一方、柏井壽本名で執筆した小説『鴨川食堂』(小学館文庫)が好評で、テレビドラマ化も。
二〇一三年「日本 味の宿」プロジェクトを立ち上げ、発起人として話題を集める。
二〇一五年、京都をテーマに発足したガイドブックシリーズ「京都しあわせ倶楽部」の編集主幹としても。
プロフィール写真撮影:宮地工

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