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泣くな研修医/医者の本音

2019.02.21 更新 ツイート

風邪は薬では治らないのに、なぜ医者は薬を出すのか?中山祐次郎

(写真:iStock.com/tora-nosuke)

風邪をひくと、「お医者さんに行って早く治したほうがいいよ」「市販の薬より病院の薬のほうがよく効くよ」と言われます。でも、お医者さんのあいだでは「風邪は薬では治らない」というのが常識なのだそうです。それなのになぜ……。中山祐次郎さんのベストセラー『医者の本音』(SB新書)からお届けします。

記事の最後に、中山祐次郎さんのトークサロンのご案内があります。

 *   *   *

冬の病院の、ありがちな診察風景

医者「山田さん、2番診察室へお入りください。今日は、どうされましたか?」

山田さん「数日前からのどが痛くて、今日になって熱も出てきて……」
(さっき問診票にも書いたのに、この医者見てないのかな?)

医者「そうですか。ほかに症状はありませんか?」

山田さん「頭も痛いです。体がだるいような……」

医者「じゃあ、ちょっと診察しましょう」
医者、患者さんの口の中に舌圧子(ベロを押さえてのどの奥を見る道具)を入れペンライトで観察する。

山田さん(おえっ、気持ち悪い……)

医者、首を両手で触る。

山田さん(何もいわずいきなり首も触るんだ)

医者「痛くはありませんか」

山田さん「ちょっと痛いかも」(いや、そんなにグリグリしちゃ痛いでしょ……)

医者「じゃあ、次に胸の音を聞きますね」

看護師が患者の上着を上げる手伝いをする。医者は聴診器で胸を10カ所ほど聞く。

医者「はい、いいですよ」

山田さん(え、何がいいんだろう……)

そういうと、医者はカルテを書いている。
【咽頭発赤(+)、白苔なし。頸部リンパ節腫大あり、圧痛(+)。呼吸音清】

医者「風邪だと思います。お薬を出しておくので、飲んでください。でも、風邪は薬では基本的に治りません。お薬は、ただつらい症状を取るだけです。ですので、治すためにはしっかり栄養をとって、しっかり休んでくださいね」

山田さん「はい……」

いきなりなんなんだ、とお思いでしょうか。これは病院でありがちな診察風景です。この本の始まりは、誰もがかかったことのある「風邪」をテーマにしました。

 

医者をやっていると、風邪の患者さんを診る(みる、と読みます。診察する意味で医者は使います)機会はとても多いものです。私はふだん、大きな病院で外科医をやっています。外科医は、重症の患者さんやがん患者さんの手術がメイン業務ですから、風邪などの軽症な患者さんの診察をすることはあまりありません。しかし「当直」という徹夜勤務のときに、風邪の患者さんを多く診ます。夜間や休日の救急外来にいらっしゃるのです。

その患者さんが風邪かどうかはていねいに診察しなければわかりませんし、風邪と似た症状で命に関わる病気もあるので真剣に診察します。それでも、夜中に5人、10人、20人と風邪の患者さんを診察していると、同じ診察をし、同じ説明をし、ほぼ同じ処方をするのがおっくうになってしまいます。そして、あのことを思い出すのです。

「風邪ボタン」1クリックで薬を出すのは手抜き?

それは、私が開業医のクリニックのお手伝いに行っていた頃のこと。東京のある駅前のそのクリニックでは、立地も手伝ってか、日中もひっきりなしに患者さんが受診していました。冬場になると、ほとんどが風邪の患者さんです。

クリニックは電子カルテ(パソコンでカルテを書き、処方せんを出すシステム)を導入していたのですが、そのパソコンに【風邪・1】というボタンがあったのです。

クリックすると、処方する数種類の薬が瞬時にパソコンに表示され、あとは「処方決定」ボタンを押すだけ。なんて楽なんでしょう……。ちなみに「風邪」ボタンには1~3まであり、少しずつ処方の内容が変わっていました。

これをどう思いますか?

患者さんにしてみれば、あまり気分のいいものではないかもしれません。医者がいろいろ考えてくれて、自分にぴったりと合った薬を処方してくれている、そう思っている方が多いのではないでしょうか。

実は、「風邪ボタン」のような機能は多くの病院で採用されています。しかも最近に限った話ではなく、昔からあったのです。以前は「約束処方」と呼ばれていました。

「こういう患者さんのときには、こういう処方をしましょう、そうすれば医者も薬剤師も間違えません」という「約束」された処方せんです。一見、手抜きのようにも見えるかもしれません。ですが、間違いと手間を減らすという重要な意味があります。

考えてみれば、医者がいつも違うパターンで薬を処方すれば、薬剤師さんは調剤を間違えやすくなります。また、看護師さんが薬の説明の補助を誤る可能性も高くなります。しかし、約束処方を使えば一人当たりの診察にかかる時間はかなり短くなります。つまり、業務効率化につながるのです。その結果患者さんの待ち時間が減るのですから、それほど悪くない気がします。

風邪は薬では治りません

「あー、ハイハイ、風邪ですね」

このように患者さんをあしらうように言う医者はたまにいます。私は医者になってから何度か、自分が医者であることを言わずに患者として医者にかかったことがあります。別に意地悪をして言わなかったわけではなく、面倒だったから言わなかっただけでした。しかし、すごくぞんざいな対応をされて、悲しい気持ちになったことが何度もありました。

医者が、風邪の患者さんに若干雑な態度を取るということ。これには理由があります。それは、「風邪は薬じゃ治らない」という、医者にとっての常識があるからなのです。どういうことか、解説しましょう。

風邪とは、簡単に言えば「のどと鼻の病気」です。のどと鼻にウイルスという悪いものが住み着いて勝手に増え、大騒ぎ(医学的には「炎症」といいます)をします。その結果、のどが痛くなったり、鼻水がたくさん出たりします。つまり、風邪の原因は「ウイルス」なのです。

ウイルスというものはとても小さいので、目で見ることはできません。ウイルスを1000個くらい並べると髪の毛の太さほどの大きさになります。風邪の原因となるウイルスは1種類ではなく、実にたくさんあります。それが、特効薬を作れない理由でもあるのです。

ウイルスは通常、数日で死滅し、ぼろぼろになったのどや鼻はすぐに自動的に修復されます。ですから、風邪は放っておいても治る病気といってしまってもいいかもしれません。

なのになぜ医者は風邪の患者さんに薬を出すのか?

ではなぜ医者は、風邪の患者さんに薬を出すのでしょうか。

医師が風邪の患者さんに処方する薬のパターンは、主に次の二通りです。

1 対処療法の薬のみ
2 対症療法の薬 + 抗生物質

「1対症療法の薬のみ」は、つらい症状を抑えるための治療です。対症療法とは、のどが痛かったら痛み止めを、熱が高かったら解熱剤を使って痛みを取り除くという、「症」状に「対」して行う治療です。ですから、うわべだけの治療といってもよく、のどの痛みや発熱の根本的な原因であるウイルスは無視しています。

「2 対症療法の薬+抗生物質」には、「抗生物質」が加わっていますね。「抗生物質」は別名「抗生剤」、「抗菌薬」とも呼ばれる「細菌という微生物にのみ対抗するお薬」のことです。微生物とは、目に見えないくらい小さな生物のこと。

先ほどご説明したように、風邪はウイルスという微生物による病気です。ウイルスには細菌と違って抗生物質は効きませんから、これは全くの無意味な治療になります。

私は研修医の頃、ある医師から「風邪の患者さんには抗生物質を処方すべきだ」と習いました。しかし、風邪の原因は、抗生物質が効かないウイルスです。それはまるで「今から大雨が降るので、日焼け止めを塗るように」と言われているようなもの。雨が降るなら日焼け止めより傘が必要ですよね。これくらいトンチンカンな対処に思えます。

抗生物質を出すのは「お客様の満足度を高める」ため

しかし今でも、風邪の患者さんに抗生物質を出す医者は少なくありません。なぜ医者は抗生物質を出し続けるのでしょうか。

第一に、「その患者さんが、細菌に感染している可能性を否定できないから」が挙げられます。風邪と似た症状では、溶連菌感染症という病気があります。これらの細菌による感染の可能性がわずかながらある、という主張です。しかし、溶連菌には検査がありますから、それをやらずに処方するのはあまり意味がありません。

第二に、「ウイルス感染の二次感染に対する、あるいは予防するために処方する」という理由があります。二次感染とは、ウイルス感染で弱った体に対して、今度は細菌が攻撃し、感染を起こすというもの。これは高齢者や免疫が弱い患者さんであれば有効な可能性はありますが、それ以外の人には意味はありません。

最後に、「患者さんの満足度」が挙げられます。もしかしたらこれが一番大きな理由かもしれないと私は推測しています。開業医にとって、「治ること」と同じくらい「患者さんの満足度」は大切です。なぜなら、患者さんが来なければ、クリニックの経営が悪化しつぶれてしまうからです。

ここでちょっと想像していただきたいのです。

あなたは風邪を引いてしまった。つらいし、仕事や家事が忙しい。1日でも早く治したい。そこで近所の病院を受診したのに、「風邪に薬はこれこれこういう理由で不要。抗生物質は効きません。よく食べて、よく寝てくださいね」といわれ、薬を出してもらえなかった。さあ、どう思うでしょうか。

「え、お薬、欲しいんですけど」と思いますよね。3、4種類の薬を処方してもらった方が、圧倒的に満足しますよね。

また「風邪=抗生物質」という図式が世間に広まってしまったことにも問題があります。私の母も、私が幼い頃「風邪なんだから、お医者さんで抗生物質をもらわなければ」と念仏のように唱えていました。病院で診察していても、患者さんから「風邪を引いたので抗生物質をください」と言われることは一度や二度ではありません。しかも残念ながら、それを言うのが風邪を引いた医療関係者のことも少なくありません。

それでも、「風邪には抗生物質」神話はどうしても撲滅しなければなりません。というのも、むやみに抗生物質を出すと、抗生物質が効かない菌が生まれてしまい、世界全体に広がる心配があるからです。何だか雲をつかむような話ですが、これは実はかなりのおおごとで、厚生労働省も目の色を変えて対策を講じています。無論、そういう風潮を作ってしまったのは、これまで風邪の患者さんに抗生物質を処方し続けた医師なのですが。

ちなみに海外では、対症療法の風邪薬は医師の処方なしに薬局で購入できる国が多いのです。つまり、保険医療(7割引きの値段でみなさんが受けている医療)では、処方ができなくなっているんですね。なぜなら、「必要じゃない薬に、国民のお金(=保険)は使えない」からです。

最近になり、日本でもロキソニンなどの解熱剤は薬局で買えるようになりました。これは私の予想ですが、近い将来、日本でも風邪で医師にかかったときに痛み止めや熱冷ましなどの対症療法の薬が処方できないシステムになるでしょう。医療費の肥大はますます深刻になっていきますから。

最後になりますが、風邪にはお薬ではなく栄養と休養が一番です。

*    *   *

風邪の話だけでなく、手術の話、名医の話、老いと死について……『医者の本音』(SB新書)には、「ここまで書いていいの?」という内容が満載です。

2月26日(火)19時から、東京・大手町の3×3Lab Futureで、中山さんのトークサロンが開かれます。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のサイトからどうぞ。

中山祐次郎『泣くな研修医』(幻冬舎)

傷ついた体、救えない命――。 なんでこんなに無力なんだ、俺。 雨野隆治は、地元・鹿児島の大学医学部を卒業して上京したばかりの25歳。 都内総合病院の外科で研修中の新米医師だ。 新米医師の毎日は、何もできず何もわからず、先輩医師や上司からただ怒られるばかり。 だが患者さんは、待ったなしで押し寄せる。 生活保護で認知症の老人、同い年で末期がんの青年、そして交通事故で瀕死の重傷を負った5歳の少年……。 「医者は、患者さんに1日でも長く生きてもらうことが仕事じゃないのか?」 「なんで俺じゃなく、彼が苦しまなきゃいけないんだ?」 新米医師の葛藤と成長を圧倒的リアリティで描く感動の医療ドラマ 現役外科医にしてベストセラー『医者の本音』著者、小説デビュー作!

中山祐次郎『医者の本音』(SB新書)

若き外科医が「医者と病院のブラックボックス」に切り込む話題の書。 「風邪ですね……」 その一言に隠された真意とは? 「なぜ病院はこんなに待たされるの?」 「なぜ医者の態度はいつも冷たいのか?」 超高齢化を迎えますます身近になる病院と医者。病気と無縁な人はいないはず。 なのに私たちは医者のことを何も知らない…! 本書は、がんの執刀医でありながら、医局に所属しない著者が、これまで誰も書けなかった「医療のブラックボックス」に切り込む企画! 「薬を減らしたいとき、なんといえばいいか?」「袖の下は渡したほうがいいのか?」といった切実な悩みから、「製薬会社からの賄賂は本当にあるのか?」「玉の輿に乗るならねらい目は?」のような、お金と恋愛の話題まで。面と向かっては聞けなかったギモンが、氷解する。

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中山祐次郎

1980年神奈川県生まれ。鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、同院大腸外科医師(非常勤)として10年勤務。2017年2月-3月、福島県高野病院院長を務め、その後、福島県郡山市の総合南東北病院外科医長として勤務。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医、感染管理医師、マンモグラフィー読影認定医、がん治療認定医、医師臨床研修指導医。日経ビジネスオンラインやYahoo!ニュース個人など、多数の媒体で連載を持つ。著書に『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日~』(幻冬舎新書)、『医者の本音』(SB新書)がある。

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