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泣くな研修医/医者の本音

2019.02.23 更新 ツイート

「おかあさん、お願い、兄ちゃんが」中山祐次郎

「医療現場をこんなにリアルに描いた小説はこれまでなかった」「思わず泣いてしまい、電車のなかで困った」と、熱い感想が殺到。ひたむきに命と向き合う研修医の苦悩と成長を圧倒的リアリティで描いた、中山祐次郎さんの小説デビュー作『泣くな研修医』の「プロローグ」をお届けします。

記事の最後に中山祐次郎さんのトークサロンのご案内があります。

*    *    *

朝から雨が降っていた。

雨の季節だった。

街中のプールの水を集めて大きなバケツに入れ、いっぺんにひっくり返したような雨だった。九州の最南端であるこの南国の地、鹿児島ではときどきこういう雨が降った。

そんな日は、街中を走る路面電車の「市電」が停まり、道路を走る車は少なくなる。外を歩く人はほとんどいない。街の一部が停電になり、飲食店やハンバーガー店は真っ暗なまま営業する。

ラジオでは、鹿児島なまりの地元のアナウンサーが川の増水に注意するよう呼びかけていた。

街の中心地から市電で10分ほど乗ると「騎射場(きしゃば)」という電停があった。そこを降りて2つ目の角を曲がった3軒目に、そのさつま揚げ屋はあった。名を「薩州(さっしゅう)あげ屋」と言う。

老舗というほど歴史はなく、人気店というほど活気がある店ではない。しかし、一度新聞に取り上げられてからは、九州各地から鹿児島に訪れる修学旅行生が立ち寄る店になっていた。

店主の雨野隆造はその日、朝から忙しく働いていた。店には店主とその妻しかいなかったから、揚げたてのさつま揚げを注文する客が続くとすぐに忙しくなった。店は小さな二階建ての一階部分にあり、二階は家族の住居になっていた。

大雨にもかかわらず、多くの客が来ていた。リタイアした老夫婦や中年の女性の団体客、そして昼を過ぎた今になって10人ほどの修学旅行生が店内を占めていた。

隆造は大忙しでさつま揚げを揚げていた。揚げたてを渡して、その場ですぐに食べることができるのがこの店の売りだった。それが意外と珍しいようで、時折外国人客も訪れた。

妻はひっきりなしに来る客から代金をもらい、釣り銭とさつま揚げを渡していた。

すると、どたどたと音がした。

「おかあさん、たいへんだよう」
息子の隆治が二階から降りてきて、母に話しかけた。

 

 

「いけんしたのね。お昼ご飯なら終わったがね。お兄ちゃんと遊んでなさい。……はい、どうも毎度ありがとうございます!」

隆治はぐすぐすと泣きべそをかきながら、
「兄ちゃんが変なんだよ」
と言った。

母は隆治を見ることもなく、客への対応を続けた。
――また兄弟げんかでもしたかね。

隆治は結局、ぐすぐす言いながらまた階段を登って行った。

隆造は、大雨の日の予想外の繁盛に、奥の厨房で嬉しそうにさつま揚げを揚げていた。

しばらくして、修学旅行生が一通りさつま揚げを買い、店を出て行った。その時、またも隆治が階段を降りてきた。普段は二階で遊んでいて、両親が忙しいのを知っているので降りてくることはあまりない。

しかし隆治は来るなり、大声で泣き出した。
「おかあさん、お願い、兄ちゃんが」

あまりに泣く我が子を見て、母は(これはただ事ではない)と感じた。息子に尋ねても何を言っているかわからない。

今は客が途切れているからいいだろうと、隆造に、
「ちょっと二階行ってきますよ」
と大きな声で伝えた。返事はなかった。

母が隆治を連れて二階に着くと、真っ赤な顔をした長男の裕一が畳の上に横になっていた。
「裕一! いけんしたのね!」

母は裕一のもとへ駆け寄ると、すぐに抱きかかえた。抱いた息子の腕が、だらんと垂れた。

「ちょっと! 裕一! しっかいせんね!」
顔を叩いたが、反応はなかった。まぶた一つ動かさなかった。母は隆治を見た。

「だから、兄ちゃんが変って……」
そう言って泣いている。

母は裕一を畳に寝かせ、大急ぎで階段を降りた。

「ちょっとお父さん! 大変! 裕一が変なんですよ!」

「ええ、なんゆっちょっかー」
客が途切れ、上機嫌でタバコをふかしていた夫はふうっと煙を吐いた。

「そいよりよー、今日はわっぜいかねー、雨やっとにわっぜいか客……」

「何言ってるんです。すぐに救急車呼んでください! 裕一が!」

また何をお前は……と隆造は茶化そうと思ったが、妻の顔がいつもとまったく違う。これは何か変だ。

隆造は階段を駆け上がった。

「おい! いけんしたとか!」
畳の上でぐったりしている裕一を見て、隆造はすぐに駆け寄ると抱き寄せた。

「裕一! 何よ! 何があったとか!」
揺さぶっても反応はない。よく見ると口から少し泡を吹いているようだ。唇はタラコのように腫れている。
――なんだこれは……まずい。

「おい、救急車呼べ! はよ!」

「だから言ってるじゃないですか、番号がわからないんです私!」

「バカ、110番だよ!……あ、いや、119番だったかな……」

「あ、思い出した! 119番です!」

母は階段を飛ぶように降りて行き、電話をかけた。

「息子が変で、返事をしないんです。……はい、はい、場所は騎射場の電停から……お願いします、大急ぎでお願いします!」
 

*   *   *


気になる続きは『泣くな研修医』をお読みいただけると幸いです。

2月26日(火)19時から、東京・大手町の3×3Lab Futureで、『泣くな研修医』の刊行を記念し、中山さんのトークサロンが開かれます。鹿児島から直送のさつま揚げと芋焼酎を楽しめる懇親会もあります。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のサイトからどうぞ。
 

中山祐次郎『泣くな研修医』(幻冬舎)

傷ついた体、救えない命――。 なんでこんなに無力なんだ、俺。 雨野隆治は、地元・鹿児島の大学医学部を卒業して上京したばかりの25歳。 都内総合病院の外科で研修中の新米医師だ。 新米医師の毎日は、何もできず何もわからず、先輩医師や上司からただ怒られるばかり。 だが患者さんは、待ったなしで押し寄せる。 生活保護で認知症の老人、同い年で末期がんの青年、そして交通事故で瀕死の重傷を負った5歳の少年……。 「医者は、患者さんに1日でも長く生きてもらうことが仕事じゃないのか?」 「なんで俺じゃなく、彼が苦しまなきゃいけないんだ?」 新米医師の葛藤と成長を圧倒的リアリティで描く感動の医療ドラマ 現役外科医にしてベストセラー『医者の本音』著者、小説デビュー作!

中山祐次郎『医者の本音』(SB新書)

若き外科医が「医者と病院のブラックボックス」に切り込む話題の書。 「風邪ですね……」 その一言に隠された真意とは? 「なぜ病院はこんなに待たされるの?」 「なぜ医者の態度はいつも冷たいのか?」 超高齢化を迎えますます身近になる病院と医者。病気と無縁な人はいないはず。 なのに私たちは医者のことを何も知らない…! 本書は、がんの執刀医でありながら、医局に所属しない著者が、これまで誰も書けなかった「医療のブラックボックス」に切り込む企画! 「薬を減らしたいとき、なんといえばいいか?」「袖の下は渡したほうがいいのか?」といった切実な悩みから、「製薬会社からの賄賂は本当にあるのか?」「玉の輿に乗るならねらい目は?」のような、お金と恋愛の話題まで。面と向かっては聞けなかったギモンが、氷解する。

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中山祐次郎

1980年神奈川県生まれ。鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、同院大腸外科医師(非常勤)として10年勤務。2017年2月-3月、福島県高野病院院長を務め、その後、福島県郡山市の総合南東北病院外科医長として勤務。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医、感染管理医師、マンモグラフィー読影認定医、がん治療認定医、医師臨床研修指導医。日経ビジネスオンラインやYahoo!ニュース個人など、多数の媒体で連載を持つ。著書に『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日~』(幻冬舎新書)、『医者の本音』(SB新書)がある。

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