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人殺しの論理

2018.12.21 更新

殺人犯からの依頼をどうやって断わるか?小野一光

 世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、衝動や思考を聞き出してきたノンフィクション作家の小野一光氏。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。そんな殺人犯の放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録が、幻冬舎新書『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』である。

 発売6日で即重版となった大反響の本書から今回は第5章「山口浩一(仮名)の依頼――某県女性刺殺事件」を公開。見知らぬ殺人犯から「手記を出したい」という内容の手紙を受け取った小野氏。「元AV女優とのシャブセックス」という文言に惹かれ、某県の拘置所まで会いに行くのだが……。

(写真:iStock.com/zoff-photo)

見知らぬ殺人犯から届いた手紙

 殺人犯に自宅の住所を教えていると、予想もしない出来事が起きたりする。

 数年前のある日に届いた、見知らぬ相手からの封書もその一つだ。かなり筆致に特徴のある“はね”を強調した文字で〈拝啓 残暑お見舞い申し上げます。初めてお手紙差し上げます〉との書き出しで始まる手紙は全部で6枚。それは次のように続いた。

 〈まだ拝眉(はいび)の機会を得ませんが、突然の御手紙差し上げます御無礼をお許し下さい。小生は現在××(本文実名、以下同)拘置所にて拘禁生活を送日しております。山口浩一(仮名)と申します。此の度小生が刑事事件を犯しました事犯は、××県内初起訴となりました裁判員裁判対象となりました殺人事件です。一審は求刑××年に対しまして実刑判決は××年に処せられまして控訴をしましたが棄却されまして現在、上告中です。拘禁生活を送日しながら、以前より本を出版してみたいという気持ちを描いておりました折、此の度、裁判員裁判という従来とは異なります裁判を体験した事、生い立ちから今まで小生が体験した実話など考案しまして、内訳としまして項目を5つ位にピックアップして原稿にて綴っていこうと思っておる所存です〉

 続いて箇条書きでその概要を記し、暴力や恐喝などで学生時代から少年院に入っていたことや、××県内の某組織(暴力団)で覚せい剤の売人のバイトをして、覚せい剤を買いに訪れた元AV女優と、本人曰く「シャブセックス」をしたこと。そして今回起こした事件の内容について書きたいことがあるとあった。さらにその手紙は、彼がなぜ私の自宅住所を知ったのかについても触れていた。

 〈本を出版する事について小生には伝(つて)が有りませんので、福岡県の北村孝紘氏に相談した所、北村氏が、「私より相談してみる様にと紹介頂いた」とお便りする旨を指摘して頂いたので、小野先生に現在、小生の勝手ながら恐縮いたしながら、御手紙を書き、失礼は重々承知の上ですが、小野先生にどうか御厚情を頂きたく存じ上げます〉

 ここで名前の挙がった北村孝紘とは、2004年9月に福岡県大牟田市で知人母子とその友人の4人を殺害した“大牟田四人殺人事件”の実行犯である。彼は未決囚どうしの文通で知り合った山口に、勝手に私の住所を伝えていたのだった。その事実には正直なところ、「参ったなあ」との気持ちを抱いた。しかしながら同時に、「まあ、それも仕方ないか」との諦めもあった。

 この申し出を受けて私が考えたのは、とりあえず一度会ってみようということだった。なにより、殺人犯による元AV女優との「シャブセックス」という情報は、雑誌での記事掲載に繋がる可能性を感じさせる。事前にインターネットを使って山口の名前を検索したところ、たしかに1年4カ月前に彼は交際相手の女性を包丁で刺して殺害していた。私は手紙を受け取って1週間も経たぬうちに、××県にある拘置所へと向かった。

謝礼金については事前にしっかり伝えておく

「はじめまして。わざわざ遠くまでありがとうございます」

 面会室に現れた山口は、少し照れたような笑顔を浮かべた。一見すると柔和な印象だが、アクリル板越しに正対すると、目の奥に鋭い光を感じる。私は挨拶を終えるとすぐに切り出した。

「ところで、手紙にもありましたけど、山口さんはこれまでに書かれてきた原稿を本にしたいと考えてるんですか?」

 彼はふたたび照れた表情を見せる。

「いや、お恥ずかしい話なんですけど、私はいま現在こういう状況でして、裁きを待つ身なんですね。そんな私が言うのもなんですが、けっこう普通の人ができない経験をしてきたと思うんですよ。だからできればそれを書き残せればと思ってまして……」

 じつは彼のように、自分の人生を書物というかたちで発表したいという犯罪者は少なくない。もちろん、1968年から69年にかけての連続ピストル射殺事件で捕まり、その後、小説『無知の涙』などを発表していた永山則夫元死刑囚のように、文学的素養のある犯罪者もいることはいる。しかし残念ながら、その他の多くは実際に原稿を読んでみると、刊行できるレベルに達していないものがほとんどだ

 私は彼に過度の期待を抱かせないように注意しながら言葉を選ぶ。

「そうですねえ、まずは実際に原稿を読んでみないとなんとも言えないのですが、出版というかたちにまで持っていくのは、かなりハードルが高いということだけは、ご理解しておいてください」

 山口は頷いて言う。

「それはもうわかってます。まずは読んでいただいて、ご意見をいただけるだけで有難いことだと思ってますから」

 事前に本人へ確認しておいたほうがいいと思っていたことを、私は言葉にする。

「ちなみに、たとえば本にするのは無理という場合でも、雑誌に記事として掲載することが可能ということもあると思います。そういう場合に、山口さんが書かれた原稿のうち、一部を雑誌で使うことは可能でしょうか?」

「それは構いません。ただ、出来上がった記事は送ってくださいね」

「もちろんです。記事にするとなったら、またこうして会いに来ますんで。そのことは事前にお伝えするつもりです」

 手紙の文面を見れば、相手の文章力はある程度の察しがつく。正直なところ、現時点の文章ではそのまま本にするのは難しいと考えていた。ただ、彼の経験が突出して興味深いものだとすれば、それこそこちらがリライトすることによって、日の目を見ることもあり得る。同時に、本のように尺の長いものではなく、雑誌記事のような短い分量で済むものの可能性も考慮しておく必要があった。

 そして確認しておくことはもう一つある。私は切り出した。

「あと、これは事前にお話ししておきたいのですが、たとえば山口さんが書かれたものをもとにした記事が出たならば、謝礼が支払われます。ただ、よく世間で誤解もあるようなんで説明しておきますが、謝礼はそんなに高いものではありません。せいぜい1、2万円という場合がほとんどなんです。それでも大丈夫ですか?」

「ああもう、それは全然構いません。私がこれを書いたのはカネ目当てというわけではないですから」

 山口は即答だった。生々しい話ではあるが、あとになって話が違うということを避けるために、金銭面に関しては事前にはっきりさせておく必要があるのだ。

 その日、まずは山口がこれまでに書き溜めた原稿を私に送るということで話がまとまり、約15分の面会を終えた。

殺人犯の依頼に対する断わり方

 うーん……。

 自宅に届いたB4判の封筒を前に、私は腕組みをする。

 面会から半月後のことだ。山口から送られてきた原稿は、400字詰め原稿用紙50枚の冊子が4つ。計200枚分の分量があった。

 文章はまず彼の生い立ちから始まり、続いて少年院での経験。さらに覚せい剤の売人時代の話となり、その後の暴力団での経験、自身が交際していた女性を殺めるまでの話へと展開していく。

 だが、残念ながらその筆致は拙く、内容も書籍化できるレベルに改変するのは難しいと思われた。

 山口に返答する前に、私は知り合いの実話誌編集者へ連絡を入れた。さすがに実名での掲載は無理だが、AV女優と覚せい剤との取り合わせは、記事にすることが可能ではないかと考えたのだ。そうすれば山口に対しても、少しは顔が立つことになる。

 やはり、いくら相手がこれから長い服役生活を送るとはいえ、可能な限り恨まれる要素は残しておきたくない

 結果として、件の編集者から記事を掲載したいとの意思表示があり、私は山口に対して、単行本化は難しいが、雑誌の記事として原稿の一部は掲載が可能であると伝えることで、事を収めることにした。

 殺人という特異な行動を経験した者は、どこかで自分は平凡ではないとの思いを抱くことが多い。もちろん、取材のなかで殺人犯と会った場合、そのような片鱗が見えれば、相手の自尊心を満足させるようにして、できる限り言葉を引き出していく。だが、今回のように相手側から持ち込まれた“ネタ”については、こちら側にどうしてもその事件について知りたいという意思がないのであれば、安易に深入りしないにこしたことはない。いたずらに相手に期待を抱かせ、実行できなかった場合に、逆恨みなどの手痛いしっぺ返しをくらうこともあるからだ。

 また、たとえやりとりをするようなことがあったとしても、可能なことと不可能なことの線引きだけは、常に明確にしておく必要がある。その結果として断らざるを得ない場合は、すべてを不可能だとするのではなく、ある程度の“おみやげ”(この場合は雑誌掲載)を添えるようにすると丸く収まりやすい。

 そうした意味でも、この山口のケースは、殺人犯からの依頼に対する断り方の経験になったのだと思う。

 

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小野一光『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』

「腕に蚊がとまって血ぃ吸おうとしたらパシンて打つやろ。蚊も人も俺にとっては変わりない」(大牟田四人殺人事件・北村孝紘)、「私ねえ、死ぬときはアホになって死にたいと思ってんのよ」(近畿連続青酸死事件・筧千佐子)。世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、その衝動や思考を聞き出してきた著者。一見普通の人と変わらない彼らだが、口をつく論理は常軌を逸している。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。彼らの放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録。

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小野一光

1966年、福岡県生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに数々の殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。『全告白 後妻業の女 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『震災風俗嬢』(太田出版)、『殺人犯との対話』(文藝春秋)など著書多数。

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