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海の授業

2019.08.12 公開 ツイート

冷やされたい

【大きな旅・小さな旅】人が海で暮らせる「海底ホテル」はいつ実用化されるか〔再掲〕 後藤忠徳

パリで42.6℃、ニューデリーで48℃……この夏は世界各地で最高気温が更新されていますが、国内の猛暑ぶりもすごいものです。とにかく涼しい場所で過ごしたい方々に、イメージ先行で「海底ホテル」をご案内します。1970年頃、日本ではすでに、人間が海底で暮らす「シートピア計画」があったのをご存じですか? 世界中の海を調査してきた後藤忠徳先生の海の授業(幻冬舎)からの楽しいお話です。

*   *   *

人間は海底で暮らせる?

 いまは21世紀、人間が宇宙に長期間滞在することも可能な世の中です。例えば日本人宇宙飛行士の古川聡さんは、国際宇宙ステーションに約5ヶ月半滞在し、様々な実験や調査を行ったあと、2011年11月に地球に帰還しました。

iStock.com/Bicho_raro

 では海底で長期間暮らすことも可能なのでしょうか? 1970年頃、人間が海底で生活するための大実験が、日本で行われました。その名は「シートピア計画」。

 当時から海底の資源には大きな注目が集まっていました。例えば石油や天然ガスなどのエネルギー資源。あるいはタラバガニやズワイガニといった海産物。水深数百メートルの深さに海底工場や海底牧場を作ってメンテナンスを行うためには、人間が海底で長期間生活し、海底で作業活動できると便利です。そこで海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)は深海での長期滞在の研究を開始しました。

 1971年には「ハビタット」と呼ばれる海底作業基地を完成。ハビタットとは、日本語では「住居」なので、すなわち「海底ホテル」です。ハビタットに空気を溜めておき、そこに部屋やトイレを作って、人間が生活できるようにしたのです。

 ハビタットの床の一部には穴があり、そこから海底へ自由に出入りできました。え、水漏れはないのかだって? 大丈夫。ハビタットの気圧は、深海の水圧と同じ高さに保たれているので、部屋の中に水が入ってくることはありません。例えば、コップを逆さにして水の中に沈めても、コップの中の空気は溜まったままですね。これと同じ原理です。

 1973年には、水深60メートルの海底に設置されたハビタットで、4人の日本人が3日間生活しました。引き続いて1990年頃まで実施された「ニューシートピア計画」では、水深300メートルの海底へ人間が潜りました。

 しかし生身の人間が海中深くで生活するには大変な苦労がつきまといます。水深300メートルでは、ハビタットの気圧は陸上の気圧の約30倍に保たれています(周りの海水の圧力と同じ)。

 いきなりこんな高い圧力中に人間が投げ込まれると、肺が潰れてしまいます。なので、海底と水上を行き来する「水中エレベータ」を装備した専用の船が必要です。ダイバーが水中エレベータに乗り込んだら、エレベータ内部の気圧を徐々に上げていきます。何時間もかけて、陸上の気圧の約30倍に達したら、ようやくエレベータを海底に下ろし始めます。こうして深海の圧力に体を徐々に慣らす必要があるのです。
 

「海底ホテル」は苦労が多い

 さて海底に着きました。海水中での作業からハビタットの中に戻れば、もちろん空気はありますし、机も椅子もベッドもあるので快適な海底ライフです。といっても空気の圧力は周りの水圧と同じく30気圧。空気がとても重く感じられます。暑いなぁ、とウチワで扇ぐのも一苦労。ただ単に息をすって吐くだけでも疲れてしまいます。

iStock.com/auimeesri

 これぞホントの「重苦しい空気」です。

 また空気の成分も陸上とは違います。窒素が血液中に溶け込むと「窒素酔い」といって、お酒に酔っ払ったような状態になってしまいます。そこでハビタット内の空気からは窒素を取り除き、代わりにヘリウムを入れます。あのパーティーグッズでお馴染みのヘリウムです。ですからハビタットにいる間は、ずっとアヒルのような喋り声で過ごさねばなりません。

 一番大変なのは帰りです。深海の30気圧に馴染んだダイバーの血液には、空気がたくさん溶け込んでいます。この時、ダイバーが1気圧の水面へ急に戻ってくると、体の中では何が起きるでしょう?

 ここで、ペットボトルの炭酸飲料を思い出して下さい。フタを外すと、炭酸飲料からは小さな気泡がたくさん出てきますね。あれは二酸化炭素ガスなのです。ペットボトルの内側は圧力が元々高めになっていて、フタを開けるまでは二酸化炭素は飲料水に溶け込んだ状態なのです。

 ダイバーの場合も同じで、急に浮上してしまうと、血液中に溶けていた空気が泡になって、血管をつまらせてしまいます。これは潜水病あるいは減圧症と呼ばれていて、最悪の場合は死んでしまいます

 その対策として、海底での作業を終えたダイバーが水中エレベータで海底から水上に戻ってくる時は、エレベータの中の圧力を高いままにしておきます。水中エレベータが船の上に回収されたら、数日~10日間以上かけて、エレベータ内の気圧を少しずつ下げていきます。

 えっ!? 途中でトイレに行きたくなったらどうするの? ベッドは? 食事は?

 そう、そのために水中エレベータは水上では「再圧タンク」といわれる部屋に接続されます。部屋の中の圧力は水中エレベータと同じになるように調整ができ、ベッドなどが完備されています。ここで数日間暮らすことで、地上の気圧に体を慣らすのです。

関連書籍

後藤忠徳『海の授業』

海はいつどのようにできた? 波はどのようにできる? 深海では何が起きている? なぜ人は船酔いするの? 調査船で世界の海を探査してきた海洋学者が、海の神秘を分かりやすく解説。大人も子供も必読。電子書籍版限定で「調査船」から撮影した写真も収録!

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海の授業

海にはどんな謎の生物がいるの? 人間はどれだけ深く潜れるの? 津波はなぜ起こるの? 火星に海はあるの? そんな素朴な疑問にこたえてくれる一冊が、世界中の海を調査してきた京都大学准教授、後藤忠徳先生の『海の授業』。文章はきわめてやさしく、子どもさんへのプレゼントにもピッタリかもしれません。そんな本書から、一部を抜粋して公開します。

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後藤忠徳

大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科准教授。1993年神戸大学大学院修士課程修了(理学研究科地球科学専攻)。97年京都大学博士(理学)学位取得。東京大学地震研究所、愛知教育大学総合科学課程地球環境科学領域助手、海洋科学技術センター深海研究部研究員、海洋研究開発機構技術研究主任などを経て現職。光の届かない海底を、電磁探査を使って照らしだし、巨大地震発生域のイメージ化、石油・天然ガス・メタンハイドレート・熱水金属鉱床などの海底資源の探査、地下環境変動のモニタリング技術の開発などを行っている。海や陸の調査観測だけではなく、数値シミュレーションなどの開発にも力を入れている。

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