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シャーデンフロイデ

2018.09.24 公開 ツイート

日本人は何千年も前から「空気を読む」民族だった 中野信子

「シャーデンフロイデ」、それは他人を引きずり下ろしたときに生まれる快感のこと。インターネットやテレビのワイドショーなどで、最近よく見かける光景かもしれませんね。

 脳科学者の中野信子さんは、この行動が脳内物質「オキシトシン」と深く関わっていると分析します。なぜ人は「妬み」という感情をおぼえ、他人の不幸を喜ぶのか? その謎に迫った『シャーデンフロイデ』より、一部を抜粋してお届けします。

iStock.com/AlxeyPnferov

「個」より「社会」を優先する日本

 夫と一緒に狭い道を歩いているとき、私はつい気になって、「隣じゃなくて前か後ろを歩いてよ」と要求してしまうことがあります。

 もちろん、夫と並ぶのが嫌なわけではありません。できれば隣でおしゃべりしながら歩きたいのです。でも、その思いより「道を塞いでしまってはいけない」「迷惑をかけてはいけない」という気持ちが先に立ってしまうのです。これは、向社会性が夫婦仲良くしたい気持ちに勝ってしまっている状態です。

 道で私たちを追い抜かそうとしている人や、すれ違おうとしてくる人がたくさんいるのでもなければ、特に必要のある行動とはいえません。架空の存在を仮定して、その人たちへ迷惑をかけるのではないかという配慮が、実在する隣の夫への配慮よりも強いというのはやはり、私も日本人らしく、個よりも社会を優先するマインドセットを有しているということなのでしょう。

 私たちは、子どもの頃から「人様に迷惑をかけるな」と教育されます。人に迷惑をかけないように努めることは、正しい態度なのだと思い込まされてきました。しかし、それがグローバル・スタンダードというわけではありません。

「やりたいことをやる」フランス人

 かつて私は、フランス国立研究所の研究員として働いた経験があります。

 フランスでは日本と逆で、「子どもは人に迷惑をかけながら育つもの」という認識が持たれていました。子どもに限らず大人も同様で、自分がやりたいことは人がどう感じようとやるのがフランス人です。

 その代わり、誰かが自由に行動した結果、自分が迷惑をかけられることに対しては寛容なのです。たとえば、歩きタバコをしている人がいても特に誰かが目くじらを立てることはないようでした。彼らは、他人がやっていることに、いちいち口をさしはさむのは格好悪いと思っているようです。というか、そもそも興味を持たないのでしょう。

 不倫についても当然、実に寛容で、ミッテラン大統領が愛人について記者から質問を受け「それが何か?(Et alors?)」と答えたというのは有名な話です。さして大問題にもならず、彼の葬儀にはこの愛人も参列しています。

「空気を読む」ようになった日本人

 このように個人主義が貫かれている国もあるのに対し、日本は集団を維持することを重視します。

 その理由を探る上で参考になるのが、2014年に『サイエンス』に掲載された、米ミシガン大学の研究チームによる論文です。

 そのチームは、中国の米作地域と麦作地域について、社会心理学的な視点から、比較調査を行いました。

 すると、同じ中国人であっても、米作地域のほうが周囲の人々との関係性が濃密で集団の意思を尊重し、麦作地域のほうが合理的な決断を下す傾向にあるということがわかりました。米作は麦作よりも多くの工程を必要とし、集団でなければ収穫が得にくいためにそうした結果につながったのだと、研究チームは考察しています。

 となれば、租税を米で支払い、財産も米の収穫高を基準に算出されてきた、明らかに長らく米作地域であった日本で、集団を尊重する志向性の高い人々が淘汰の結果生き残ったのも自然なことのように思われます。

 ただ、そうした向社会性が強い場では、合理的判断よりも集団の意思決定が尊重されます。つまり、「空気を読んで行動する」ことが強く求められるというわけです。

 合理的で冷たい判断は、いかにそれが正しくとも、集団にとっては正しくない。そのため、そうした意思決定は廃されやすくなっているはずで、日本の歴史の流れにも数々の影響を与えてきたことと思います。

 日本においては少数派だった、火山のために土が米作に適さなかったり、米作よりも海運が盛んであったりする地域、すなわち薩摩や長州の人々が、より合理的な意思決定を選択、採用したことで、大きな節目をつくっていったというのは示唆的です。

自然災害の多さも関係している?

 もっとも、米作地域は日本に限らず世界中に分布しています。そのなかで、とくに日本人が集団を尊重するようになったのには、ほかにも理由があるはずと考えるべきでしょう。

 まず考えられるのが、自然災害の多さでしょう。

 実は、全世界におけるマグニチュード6以上の地震で見てみると、およそ2割にものぼる回数が日本で起きています。災害被害総額で見ても、やはり約2割を日本が占めています。地球上にある総陸地面積のうち、日本が占める割合が0.28パーセントであることを考えると、その頻度の異常さに気づくでしょう。

 生き延びて繁殖するためには一見マイナスに見える、そんな条件の土地に住みながら、私たちはここまで発展してきました。これは、長い歴史のなかで、日本人が「災害に負けない仕組みづくり」に成功したということです。

 災害の被害を最小限に止める工夫、災害からの復旧、そして復興。そのためには人々との強い協力関係の構築が不可欠であり、そこに集団を重視する性質が選択的に残される淘汰圧が働いたのでしょう。

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中野信子 脳科学者

一九七五年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。現在、東日本国際大学教授。著書に『脳内麻薬』、『ヒトは「いじめ」をやめられない』『サイコパス』などがある。テレビ番組のコメンテーターとしても活動中。

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