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人生がおもしろくなる!ぶらりバスの旅

2018.06.09 公開 ツイート

バス旅ならば、出会いも冒険もゆっくりたっぷり味わえる イシコ

iStock/Image_Plane

バス旅の醍醐味は、安いこと、楽なこと、時間を味わえること。世界のあらゆるバスに乗った、イシコさんによるバス旅エッセイ文庫『人生がおもしろくなる!ぶらりバスの旅』が発売になりました。

時間を節約せずに、時間そのものを味わう

 バスが好きだ。正確には昔は嫌いだったけど、どんどん好きになる。時間のありがたさ、贅沢さを知ったからだろうか。

 時間を持て余していた学生の頃、節約するために名古屋から東京までの移動は高速バスだった。新幹線なら一時間半なのに高速バスだと五時間以上かかり、「かったるいなぁ」とぼやきながら乗っていたことを思い出す。

 社会人になり、今度は時間を節約することを意識するようになった。いつしか三十分単位でスケジュールを入れることに快感を覚え、予定が詰まっていなければ落ち着かなくなっていった。

 そんなある日、電車に駆け込み乗車しようとして目の前でドアが閉まった。ドア越しに乗客の冷めた視線を感じてうつむき、去っていく電車を目の端で追い、顔を上げると線路を挟んだ正面に看板が並んでいた。腕時計をはめた男性の写真が目に留まり、ふと先ほどまで会っていた万年筆専門店の店主の言葉が頭をよぎる。

「時間を短縮して見えることもあるけど、見えなくなるものもあるんだよ」

 パソコンやスマホの普及で手紙を書く機会が少なくなった。一文字入力しただけで予測変換し、あっという間にメッセージが完成し、ボタン一つで送れる。多くの人に一斉送信までできてしまう便利な世の中だ。しかし、手書きの筆跡、筆圧などから読み取る感情は消えてしまった。

 時間を短縮する道具は増え続けているのに「時間が足りない」という感覚はなくならない。時間を短縮することで逆に何かをなくしてしまったのではないだろうかとさえ思ってしまう。

 翌日、一日の間に数えきれないほど見ていた腕時計をはずした。最初は落ち着かなかったが、携帯電話の画面を見れば時間がわかるので思ったほど困ることはない。ポケットの中に入れるとすぐ取り出してしまうので、鞄の中に入れたら見る回数は格段に減った。あの日以来、僕は腕時計をはめていない。

 時間という概念を手放したからか、単に腕時計をはずして不安になっただけかはわからないが、余裕を持ってスケジュールを入れるようになり、それに比例して必要のない打ち合わせも減っていった。意外に無駄な打ち合わせって多いですよね。

 次第に時間に追われる感覚から解放されていくような気がした。電車が遅れるだけで眉間に皺を寄せるようなこともなくなり、渋滞してもイライラすることが少なくなった。

 最も変わったのが路線バスでの乗車中の過ごし方だ。以前は乗車すると同時にネットニュースを眺めていたのに、今では車窓を楽しむようになった。「風が強いなぁ」と街路樹の動きから感じ、「どんな人が住んでいるんだろう」と人の暮らしぶりに目が向く。時に様々な記憶がふわっとよみがえり、自らを省みることもある。そんな時間に魅了され、好んで路線バスに乗るようになった。

 高速バスを再び移動手段に加えたのも、その頃だと思う。飛行機や新幹線で移動時間を短縮することはできるが、バスだと移動をゆったり楽しむという時間の贅沢を味わうことができる。太陽と雲の位置で変わる景色の色合いや細かい山の形まで意識が向き、普段よりじっくり物事を考えるようにもなる。その時間の流れの心地よさが、日々の暮らしぶりにまで影響を及ぼす。

 学生の頃などに住んでいた場所へ何年後、何十年後に出向き、当時、利用していた路線バスに乗り、車内の空気を感じ、車窓を眺めるだけで当時の記憶がよみがえるタイムマシーンの旅になる。

 深夜バスに乗り込めば独特の旅情と高揚感を味わうことができ、次の日には別の場所まで連れていってくれる「どこでもドア」の役割も果たしてくれる。高速バスも、このところ進化を続け、飛行機で言えばビジネスクラスのようなゆったりした座席を備えたバスも多く、中には個室付きのバスまである。

 日本だけではない。バスの語源であるラテン語「オムニバス(全ての人のための)」の通り、世界中で様々なバスが走っている。ベトナムではベッドが備え付けられているスリーピングバスがあり、寝転がって街を眺めることができ、ニューヨークの街を縦断するバスでは、それぞれの地域から様々な人種が乗り込んでくる様を見て多様性を知り、イタリアやタイでは水上バスから地上とは違った目線で街を感じることができる。

 ネパールの、十人乗りのワゴン車に二十人詰め込んで移動するバスもあれば、ミャンマーのようにトラックの荷台を覆った鉄枠につかまって立ち乗り状態で乗るバスなど、日本では考えられないようなバスだってある。

 様々なバスに乗り、現地の人々が発する空気を浴び、そこで暮らす人々の様々な人生を垣間見ることで旅の記憶は色濃くなり、身体に染み込んでいく。繰り返しているうちに自分のスタイルができるように、自分に合った旅というものができあがり、自分の人生に積み重なる。僕にとって人生がおもしろくなる道具として、バスは欠かせない乗り物なのだ。

 路面の悪い道を走るバスのように人生も快適な時ばかりではない。そんな時でも容赦なく時間は進む。その時は不快でも年月を経ると記憶は熟成され、僕の場合、バスに乗り込むと当時の思い出がひょっこり顔を出す。気づくと「あの経験も悪くなかったなぁ」と車窓を眺めながら微笑んでいることが多い。

 本書では、バスに乗ったからこそ見えた出会い、景色、人生を綴つづった。国内のバス旅も交ざり合い、時系列にもなっていない。僕の思考のリズムに沿って進むので、興味のある国、気になるタイトルなどからぶらりとバスに乗り込むように途中から読んでいただくのも大歓迎。この本を通して、バスのあらたな魅力が伝われば幸いである。

 それでは発車します。

*   *   *

……本篇は、『人生はおもしろくなる!ぶらりバスの旅』をご覧ください。

イシコ『人生がおもしろくなる! ぶらりバスの旅』

バス旅の醍醐味は、安いこと、楽なこと、時間を味わえること。寝ているあいだに目的地に到着する「どこでもドア」のような深夜バス。昔利用していた路線バスは、懐かしい記憶を呼び起こす「タイムマシーン」になる。マレーシアで体験した大揺れの阿鼻叫喚バスから、高速バスでの日本縦断挑戦まで、笑いあり、切なさありの魅惑のバス旅エッセイ。

目次

◆はじめに
◆昔、利用していたバスは「タイムマシーン」になる(東京)
◆気温四十五度の国でバスのクーラーが壊れたら?(ブルキナファソ)
◆青春18きっぷ地獄から解放された天国の深夜バス(北海道)
◆バスの乗り間違えは新たな始まり(イタリア)
◆夜行バスは「どこでもドア」(青森)
◆バスに賭けて負け、荒野に降り立った男(ラスベガス)
◆指定席のダブルブッキングから始まった阿鼻叫喚のバス(マレーシア)
◆お盆渋滞真っただ中のツアーバスで親子喧嘩(島根~鳥取)
◆十人乗りワゴンに二十人乗る大盛り天丼バス(ネパール)
◆遠回りのバスだからこそ見える景色(静岡)
◆目的地までの距離も所要時間もわからないバスに乗る(ラオス)
◆わずかなお金を手に国境を越えられないバス(ラオス~ベトナム)
◆隣に寝るのは誰? 寝台バスの座席選びは難しい(ベトナム)
◆北海道から沖縄まで高速バスで行ってみる(日本縦断)
◆同じ場所でも同じ景色ではない周遊バス(メキシコ)
◆コミュニティバスで高齢化社会を考える(岐阜)
◆鉄枠につかまり立ちするトラックバス(ミャンマー)
◆近所の子供たちを連れて東京へのバス旅(名古屋~東京)
◆恐怖の説教バス(ドイツ)
◆休憩のある日本一長い路線バス(奈良)

◆おわりに

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人生がおもしろくなる!ぶらりバスの旅

「人生がおもしろくなる!ぶらりバスの旅」

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イシコ

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』『世界一周ひとりメシinJAPAN』(幻冬舎文庫)がある。

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