

先日、児童書出版社に勤めるIさんが、4月に入社したばかりの新入社員お二人と来店されました。出版社や取次店(本の問屋)では、新入社員研修の一環として取引先の書店を回り、本が売れていく現場を見せることがあります。「ああ、もうそんな時期か」と、会社に勤めていたころを思い出して、懐かしくなりました。
Titleは、店を手伝ってくれるアルバイトはいますが、そんなに長い時間働いてもらう訳ではありません。店に来た若い人に、「ここで働きながら、本屋の仕事を覚えたいのですが」という話を時々されることがありますが、いつも申し訳ないと思いつつお断りしています。開店当初より、店のサイズと関わる人の数を小さくして、家族が生活していけるだけの稼ぎをつくろうと考えていました。それが結果として店の水準を保つことにも繋がっているので、どの程度自分の仕事を離すかについては、いつもジレンマが伴います。
大型書店にいたころは、常に100名以上のスタッフと一緒に働いており、中には顔と名前が一致しないアルバイトも数多くいました。書店の仕事にはマニュアル化出来る部分と出来ない部分があり、最終的に仕事の差がつくのは、その〈マニュアル化出来ないところ〉だと思っています。多くの組織はその性格上、マネジメントをしたがるものだと思いますが、マニュアル化出来ない個性的な仕事は、マネジメントの網で捉えようとした途端、〈それまでよかったこと〉が萎んでしまいます。
マニュアル化出来ない仕事を伝えるには、実際に自分がその仕事を行い、その姿を見せていくしかありません。その人らしさが多く含まれた〈オリジナルな仕事〉であるほど、誰が行っても同じにはなりません。大切なことは仕事のやり方を示すだけではなく、その仕事を見ている人の自発を促すことだと思います。そのスイッチが押せたのであれば、あとは部下の仕事に対して気がついたことを、横から(こそこそと)言ってあげれば、その人らしい別の仕事が生まれてくると思います。
人が育つことに決まった法則はありませんが、上司が楽しそうに仕事をしていることが、一番その部下を育てるのではないでしょうか。保護者のようなIさんの顔を見て、久しぶりに部下がいるのもいいなと思いました。
今回のおすすめ本

自分の手で東京・三田の地に、コンクリートのビル「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」を建てる男。その過程は、一つの建築をこの世に生むことのみならず、自らの〈つくるよろこび〉を回復させる、生きかたそのものであった。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。