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おっさん画報

2018.04.04 更新 ツイート

白麻のハンカチ菅野完


 真夏のある日、とあるホテルのラウンジで老夫婦をインタビューすることとなった。「もう歳なので目が不自由で」と老夫婦は窓際の席を選ばれた。「明るいところでないと手帳の字がよめないのですよ」と、どこまでも仲のいいお二人はお互いの体をいたわるようにして、ボックス席に体を埋めている。

 窓からはこのホテル自慢の泉水が見える。雲一つない真夏の晴天。太陽が照りつけ、木も石も水もいつも以上に生気を放っていた。

 しかしこれは同時に、窓際に座る我々も真夏の太陽に晒されるということである。館内の冷房は心地よいとはいえ、日光をそのまま浴びていれば顔から汗が吹き出る。老夫婦も私も、頻繁にハンカチで顔を拭っていたのは、インタビューで語られる「在りし日の民族派学生運動の実態、とある新興宗教の信者獲得運動の実態」が陰惨かつ冷酷なものだったからばかりではない。

 奥方はよく笑うお方だった。どうすればこのように﨟たけたまま歳を重ねることができるのかと思うほど、気高い気品を崩さぬままよくお笑いになられる。話の内容がとてもやりきれぬ内容であり、座持ちを配慮されておられたこともあろう。どんな話がでてもなにか違う素材をみつけては品のいい笑い声を漏らされる。インタビューがひと段落したとき、ふと「しかしいくらなんでもこの席は暑いわね」とおっしゃった。一拍おいて、「でもこの席を選んだのは私たちなんですけどね」と言ったきり笑い転げておられる。

 次に奥方の笑いの対象となったのは夫が汗を拭く姿だ。「あーたそれじゃいくらなんでも拭きすぎよ。おかしくってー」とこれもまた笑い転げておられる。その笑いに引き込まれたのか、終始険しい顔をして大学時代の思い出話を語っておられたご夫君も「この席じゃ、しかたないよね」と顔をほころばせた。

「うちの人、白いハンカチしか持ちませんのよ」と奥方がおっしゃる。「ハンカチは白でなければいけないって。なにも煩いこと言わない人なんですけど、こればっかりはゆずりませんの。女の立場からいうと白のハンカチは洗濯が大変で困り物なんですけどね」奥方にかかれば家事の愚痴も笑いのタネだ。

 たしかに、ご夫君が使っておられるハンカチは白く清潔なものだった。糊の効き具合やアイロンの当たり具合がこの夫婦の折り目正しさを雄弁に物語っている。「なぜ、白のハンカチでなきゃいけないのです?」いよいよ佳境に入った話を途中休憩するためにも、ご夫君に水を向けこの脱線に付き合うこととした。

「朝、ズボンのポケットに入れて会社に行くでしょ。歩いたり話したりしたら汗をかく。用を足せば手を洗う。ご飯を食べれば口を拭う。その都度ハンカチを使うわけでしょ。家に帰ればシミもシワもできてる。白だとそれが余計に目立つでしょう。しかしね」とここでアイスコーヒーを口に含み一息ついてこうおっしゃった。

「そのシミとシワが、その日1日の僕の仕事なわけです。家に帰って白いハンカチを洗濯カゴに入れるのは、あれは、妻に日報を提出するようなものなんですよ」

 ご夫妻の出会いは、学生の頃、とある新興宗教の学内サークルでのことだった。当時この新興宗教は、民族派学生運動の担い手の一つであり、左翼学生運動と時には暴力的に対峙することもいとわない激しい学生運動を展開していた。当然、サークル内恋愛はご法度。二人の気持ちを察知した先輩たちが強権的に間を引き裂く。だが恋は恋。禁じられれば禁じられるほど二人は抜き差しならぬ間柄となった。大学を卒業し、教団内でのエリートコースをお互いが歩み出したあとも二人の密やかな恋は続く。やがて奥方は身籠もる。恋をとるか信仰をとるか。悩んだ二人が出した答えは「駆け落ち」だった。

 東京から北海道へ。慣れぬ土地での新婚生活は苦渋を極め、一時期は奥方が夜の商売に出なければならぬほど経済的に苦しんだこともあるという。夫も妻も必死に働き50年たっていま、二人は北海道だけでなく東北各地に支店を持つ流通業の経営者として、そして、五人の孫に恵まれた祖父母として、悠々自適の生活をようやく手に入れたのだ。

 その間、ご夫君は仕事で流れる汗や涙を白いハンカチで拭い白いハンカチを存分に汚し自分の仕事を妻に報告し、奥方はそれを洗濯することで夫の仕事ぶりを確認してきた。

 この話に感じ入った私は、その場ですぐ、「二度と、白いハンカチ以外は持つまい」と心に決めたのだ。

 いま、私の洋服ダンスの小引き出しには、洗濯用の予備を含めて9枚の白麻のハンカチが並んでいる。

 あの夏の日に教えてもらったように、なるほど白いハンカチはよく汚れる。そしてリネンはすぐにシワになる。家に帰る頃には二目と見れぬ哀れな姿になる。だがそれでよいのだ。洗濯するときにハンカチを広げる。なるほど、汗が滲んでできたシミ、慌てて畳んだがためにできたシワ、それらの一つ一つが「その日の自分の仕事がなんであったか」を物語っている。色物柄物のハンカチを使っていた頃には、そんな感慨にふけることなどなかった。所詮ハンカチではないか。

 しかし白麻のハンカチは違う。あの老父婦が言ったようにたしかにこれは「日報」だ。家に帰り洗濯カゴの中に入れるときには、「その日の出来事」を全て記録した立派な日報になっている。その記録があるからこそ、その日を振り返ることができ、その日を振り返ればこそ、次の日を迎えることができる。

 いま、我が国の政府はどうやらあらゆる記録と記憶を改竄することにご執心らしい。そして都合の悪い記録と記憶はなかったことにすることに血眼になっておられるらしい。

 しかし本来は違ったはずだ。まがりなりにも近代国家、まがりなりにも先進国であるならば、行政は不偏不党、事実にのみ即して業務を執行しその記録を公明正大に残していたはずなのだ。

 だからこそ我々は知っている。この国の行政が政府の言うように腐ったものではなく、良心のある現場の役人たちはきっちり記録をのこしているはずだということを。だからこそ我々は知っている。「記録はない」「廃棄した」という政府の言い訳が嘘であることを。

 どこかに真実はある。その真実は必ずどこかに残っている。

 白麻のハンカチに染み付いたシミやシワが嘘をつかないように、どこかに真実は、必ず残っているはずなのだ。

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おっさん画報

 「婦人画報」「家庭画報」はあって、なんで「おっさん画報」はないねん! 「昭和のおっさん」を自認する物書き・菅野完が、暮らしにまつわるアレコレ、気になる文物を、徹頭徹尾おっさん目線で語り尽くす。

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菅野完

著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン」にて連載「草の根保守の蠢動」をスタート。同連載をまとめた『日本会議の研究』(扶桑社新書)は16万部を超えるベストセラーとなり、「日本会議ブーム」を巻き起こす。他の著書に『保守の本分』(noiehoie名義、扶桑社新書)、『踊ってはいけない国、踊り続けるために』(共著、河出書房新社)、最新刊は『日本会議をめぐる四つの対話』(K&Kプレス)。

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