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アンティーク弁天堂の内緒話

2018.01.28 公開 ポスト

白鳥の想いびと(2)仲町六絵

 

古い物の【声】を聞くことができるという、不思議な力を持つ店長・洸介(こうすけ)と女子高生の紫乃(しの)のコンビが、骨董に秘められた“思い出”を優しく解き明かす『アンティーク弁天堂の内緒話』。「第一話 白鳥の想いびと」のためし読みを3回にわたってご紹介しています。2回目は、高校進学のため実家を離れ、寮生活をし始めた紫乃にある不思議な出来事が起こって……という展開です。ぜひお楽しみください!

 

*  *  *

 

 娘たちのしなやかな手が、大皿に山盛りのロールパンに伸びる。

 一番白いのは紫乃の手。一番日焼けしているのは、大学三回生の里沙(りさ)の手だ。

 里沙はロールパンを半分にちぎってバターをたっぷり塗り、ぷりっとした唇を開けてかぶりつく。

 向かいに座っている紫乃は、自分の取り皿に置いたロールパンを一口分だけちぎって口に運んだ。長い黒髪はサイドだけ後ろでアップにしているので、食事中邪魔になることはない。ただ、高校の制服には胸元にリボンが付いていて、動いているうちにいつの間にか曲がっていないか、時おり気にかかる。

「紫乃ちゃん、高校でもう部活決めはった?」

 里沙に聞かれて、紫乃は「あっ」と小さな口を開けた。

「どないしたん」

「部活より、バイトしたいんです」

 紫乃以外の四人の寮生たちと、紅茶を淹れていた寮母の静子(しずこ)が「ええっ」と声を上げる。

「飲食系なら高校一年生でも雇ってくれるみたいだから、探してるんです」

「紫乃ちゃんきれいやからウェイトレスとか似合いそうやけど、まだ早いんちゃう?」

 里沙がスクランブルエッグをスプーンですくいながら言った。容姿を褒められたのが気恥ずかしくて、紫乃は「いえ、そんな、普通です」と視線を下げてしまう。

「里沙ちゃんの言う通りやで。高校に入ったばっかりで大変やろ」

 紅茶をカップに注ぎ分けながら静子が言った。この「女子寮あおい」の経営者であり、朝晩の食事を作ってくれるまかないさんでもある。何でも、静子もその母親も京都出身で京都の大学を卒業しており、「京都に住む若者を応援したい」という理念のもと、先祖の遺産をつぎこんで私設の女子寮を作ったのだという。

「でも、下宿してる分、他の同級生より両親にお金使わせちゃってるから……あっ、ここの下宿代が高いっていう意味じゃないんです」

「いや、それは分かるから気ぃ遣わなくても大丈夫」

 静子が苦笑し、他の四人の寮生たちがうなずいた。紅茶のカップがそれぞれに配られ、心地よい香りが広がる。

「勉強が一番大事やし、バイトは大学からでもええんちゃう」

 里沙の言葉にみんなが「そやで」「受験もあるしね」などとうなずき、話題は来月行われる葵祭と、柏餅のおいしい店に移っていった。

 せっかく下鴨神社近辺という便利な場所に下宿しているのだからアルバイトをしたい、と紫乃は思うのだが、母親の友人である静子や、すでに大学や会社に通っている他の寮生たちが反対するということは、やめておいた方が良いのかもしれない。

 ──でも、どこかの部活に入っても、京都の街中で育った子たちの中でうまくやっていけない気がする。

 一緒に昼食を食べる友人はできたものの、他のクラスメイトに「久多ってどこ?」「高校生なのに下宿してるの?バスで通えないの?」と聞かれるのは少し悲しい。そういう認識の生徒が多い中で、部活動などという連帯感の要りそうな活動が自分にできるのだろうか。正直言って、心もとない。

「せや、紫乃ちゃん。預かってたこれやけど」

 里沙がバッグから何かを取り出した。それは布に包まれた、透明なガラス細工であった。人差し指の先に載るほどの小さな白鳥だ。

「お祖母さんの遺品、どこで作られたのかうちのゼミでも分からへんかったわ。ごめんやで」

「いえ、いいんです。ありがとうございました」

 紫乃はガラスの白鳥を受け取ると、紅茶のカップの脇に置いた。

 本当は、ガラス細工の出自以外にも聞いてみたいことがある。

「このガラス細工見てて、何かおかしなところありませんでした?」

「なかったで?どうかしたん、紫乃ちゃん」

 紫乃は、やっぱりなあと思いながら笑顔を浮かべた。

「古い物だから、細かいヒビとか入ってなかったかなって」

「ううん、きれいなもんやで。大事にされてきたんやろなあ」

「良かった……」

 嘘をついて申し訳ない、と思いつつ紫乃はガラスの白鳥に目を落とした。

 優雅な曲線を描く白鳥の胴体に、白く小さな人影が腰掛けている。

 ──やっぱりこの小さい人、わたしにしか見えてない。普通の骨董品なら、音が聞こえるだけなんだけど……。何なんだろう?

 途方に暮れながら、紫乃は紅茶を飲み干した。白く小さな人影から、「かずえさん」と声が聞こえる。

 三年前にこのガラス細工を遺して亡くなった、紫乃の祖母の名前だ。

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アンティーク弁天堂の内緒話

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らす ことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。 途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天 を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。

2018年1月の幻冬舎文庫キャラクターノベル『アンティーク弁天堂の内緒話』特別番外編です。

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仲町六絵

二〇一〇年、『典医の女房』で、短編ながら第17回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞。受賞作を大幅加筆した『霧こそ闇の』でデビュー。『からくさ図書館来客簿』、『奈良町ひとり陰陽師』、『おとなりの晴明さん』、『京都西陣なごみ植物店』など著書多数。

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