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40歳から何始める?

2019.12.04 公開 ツイート

内職、始めます。

内職で思い知る、100円の価値【再掲】 ペヤンヌマキ

写真:iStock

20代でAV監督になり、30代で演劇ユニット「ブス会*」を立ち上げ、興味の赴くままに生きてきたペヤンヌマキさん(詳しくは、『女の数だけ武器がある。たたかえ!ブス魂』をどうぞ)。40歳をすぎて、もっと新たなことにチャレンジしたくなりました。そんな挑戦ライフが電子書籍『40歳から何始める?』となりました。発売を記念して、一部を抜粋してお届けします。

いよいよ内職が始まった!

 ピンポーン。
 作業着にキャップを被った若い男が、うちにやってきました。
 私は初対面のその男をダイニングへ招き入れました。

 初対面の男を家に上げるなんて、クーラー取付け業者のおじさんか、ガスの定期点検のおじさんくらいでしたが、今回はそのどちらでもありません。しかも若い男です。

 ドキドキしながらダイニングテーブルで若作業着男と向かい合っていると、同居猫のびーちゃんが、不審者の侵入を察知したのか隣の部屋からやって来ました。びーちゃんに見守られながら、私は男とダイニングテーブルでしばし会話した後、LINE交換をしました。

 って、なんだか旦那のいない隙に間男を家に上げる主婦みたいですが、若い男は間男でも何でもなく、手芸の内職会社から派遣されて来た指導員で、仕事の説明とブツを渡しにやって来たのでした。

 新しい仕事を始める時って、会社に面接に行き仕事の説明を受けるのが普通で、そこで会社の雰囲気を確認して安心したりヤバそうと判断したりするものですが、どんな会社かイマイチよくわからない会社の人間が自宅にいきなりやってくるというのは多少抵抗がありました。

 しかし背に腹は変えられません。なんとか内職仕事をゲットし、少しの空き時間でお金を稼ぎたいのです。

 歳は二十代半ばくらいでしょうか。キャップを被っているからか野球部の小僧のように見える担当指導員のKは、「早速ですが…」と鞄の中からブツを取り出しました。それはキャップでした。

「このキャップにリボンを縫い付けてもらいたいのです」
 淡々と仕事内容を説明する小坊主K。その足元にびーちゃんが擦り寄ります。
 実はびーちゃんは作業着の臭いフェチらしく、不審者を威嚇するどころか、自ら擦り寄って臭いをクンクン嗅ぐ癖があるのです。これまでもクーラーの修理に来た作業着おじさんにクンクン擦り寄り、たまたまおじさんが猫好きで抵抗しないと調子に乗り、なんとおじさんの股間に顔をうずめクンクンし出しておじさんを困らせた前科があります。

 小坊主Kも人懐っこく擦り寄って来る猫に悪い気はしないのか、されるがままになっていました。それをいいことに、仕事の説明をしているKの股間をダイニングテーブルの下から狙うびーちゃん。

 Kは平静を装い私に説明を続けながらも、びーちゃんのクンクン攻撃に顔を赤らめていきます。これはいったい何の羞恥プレイでしょうか?

 ……とそんな面白エピソードもありつつ、Kの説明は終わり、ひとまず試しにキャップ2個の刺繍をやってみることになりました。キャップ1個当たりの工賃は…600円とのこと。ううむ。なかなか安いですね。

 というのもただキャップにリボンを一個縫い付ければいいわけではなく、紐状のリボンで指定されたロゴの文字を描きながら縫い付けるという、けっこう難易度高い作業で、1個仕上げるのにかなりの時間を要するのではないかと思われるのでした。

「ひ、ひとまず1個仕上がった段階で、LINEで写真を送ってください」
 そう言ってKはそそくさと帰って行きました。

 それから私は早速作業に取りかかりました。まず型紙を作るところから始めなければならず、その日の作業はそれだけで終わりました。
 翌日、早起きして午前中から作業に取りかかりました。コツを掴むまでにかなり苦戦し何度もやり直したりしながら、やっと完成した時はもうすっかり日が暮れてました。

 1個仕上げるのにかかった所要時間、8時間半。
 なんと時給100円以下! アンケートよりも安い!!

 しかも翌朝起きたら、肩がバッキバキに凝っていて全身がダルく、これって逆に肉体労働よりもきついのでは?それだったら日雇いの肉体労働やったほうが、全然お金稼げるではないかと悶々としました。

 結論。内職で簡単にお金は稼げません。

 元も子もない結論ですが、この内職経験は私に思わぬ変化を与えてくれました。それは、100円の価値を実感したということです。

 これまでの私は浪費癖があり、お金はあればあるだけ使っていました。外食する時も、なるべく安いものを注文しようという考えは一切なく、むしろ高めのものを注文したりしていました。

 しかし、時給100円以下の労働を経験すると、あれだけ苦労して稼いだ100円をそうそう簡単に使いたくないという心が芽生え、ランチタイム900円の店と800円の店があったら、迷わず800円の店を選ぶようになりました。そもそも800円でも、あのキャップ1個仕上げて稼いだ600円より高いと思うと外食する気も失せました。食事は出来る限り自炊。スーパーで買い物をする時も少しでも安いものを選び、なるべくお金を使わないように1日を過ごすようになりました。

 よく水商売などで一晩でウン万円も稼ぐと、金銭感覚がおかしくなり、同じ分だけすぐに使ってしまうという話をきいたことがあります。
 時給100円以下の労働をしていると、100円単位で物事を捉え、自然に“節約”という概念が身に付きました。

 ということは、労働者の賃金を上げないことには消費されづらくなり経済は回らないということですよね。経済の仕組みのことなんてこれっぽっちも考えてこなかった私が、40歳にして身を以て学んだのでした。

*   *   *

続きは、『40歳から何始める?』をご覧ください。

ペヤンヌマキ『40歳から何始める?』

筋トレ始めました。4時起き始めました。勉強始めました。デート始めました。内職始めました。そして、素っ裸で踊りました――。

20代でAV監督になり、30代で演劇ユニット「ブス会*」を立ち上げ、興味の赴くままに生きてきたペヤンヌマキさん。
40歳になり、さらに新しいことにチャレンジしたくなりました。
はりきって、挫折して、また奮起して。新しいことは、生活のなかにたくさん埋もれています。
一緒に真似してみたくなる、ワクワクドキドキの挑戦ライフ!

※本作品は、幻冬舎plusに公開された同名連載の第1回~第31回(2017年2月~2019年9月)に加筆修正し、構成したものです。

ペヤンヌマキ『女の数だけ武器がある。』

ブス、地味、存在感がない、女が怖いetc.…。コンプレックスだらけの自分を救ってくれたのは、アダルトビデオの世界だった。働き始めたエロの現場には、地味な女が好きな男もいれば、貧乳に興奮する男もいて、好みはみなバラバラ。弱点は武器にもなるのだ。生きづらい女の道をポジティブに乗り切れ!全女性必読のコンプレックス克服記。

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ペヤンヌマキ

1976年生まれ、長崎県出身。早稲田大学在学中に、劇団「ポツドール」の旗揚げに参加。卒業後はAV制作会社に勤務。現在はフリーの映像ディレクターとしてAVやテレビドラマなどを手がけるほか、演劇ユニット「ブス会*」主宰の劇作家・演出家として幅広く活躍中。著書に『女の数だけ武器がある。』がある。

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