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プロ野球・二軍の謎

2017.04.23 公開 ツイート

新人監督の苦労 田口壮

いよいよプロ野球が開幕しました! 今年はどのチームが優勝するのか、応援しているチームの動向に一喜一憂している方も多いのではないでしょうか。
華やかな舞台で、鮮やかなプレーを見せるプロ野球選手たち。しかし、一軍で活躍するヒーローたちの陰には、たくさんの「二軍選手」の存在があります。

プロ野球通でもなかなか知り得ない、そんな「二軍のリアル」を、現役監督である田口壮さんが解説してくださっているのが『
プロ野球・二軍の謎』です。元メジャーリーガーだからこそ書ける日米ファームチームの違いや、二軍の試合の楽しみ方、監督としての苦労話など、プロ野球ファンなら読んでおきたい一冊です。
本書の発売を記念して、内容の一部を抜粋しお届けいたします。

 

 

* * *

 

■ 監督になって変わったことは……

 それにしても、監督、という肩書きのついたこの1年間では、自分の動きでいかに周囲が影響されるかを思い知りました。思い起こせば、春のキャンプのときに、すでにその兆候はあったのです。

 僕は食べるのが普段から遅く、夕飯などは下手すると2時間以上かけて、ゆーっくりゆーっくりととっているため、家では大変評判が悪いのです。いつまで経っても片づけられないし、突拍子もないタイミングで「あ、おかわり~」などと言うので、ヨメも待機状態をキープしたまま食卓から離れられません。やることは多く、少しでも早く眠りたい主婦の立場からすれば、さぞ、迷惑なことでしょう。

 僕のおかわり待ちで、ヨメがその場で居眠りしていたこともありました。だからといって、「もう寝とってもええで」と言わない僕は、冷たい夫でしょうか? いや、せっかくのごはんだから、やっぱりヨメによそってもらって「どうぞ」と差し出されたものが食べたいのです。自分でよそいには行きたくないのです。面倒くさいのです。……ああ、本音が。ということで、「味噌汁。ちょっと熱めでね」「ごはんは茶碗に2分の1ね」などと食事開始から2時間後くらいに言うので、最近では「ごはん茶碗に2分の1で」と言うと、1杯分をよそったあと、ど真ん中から縦真っぷたつにしゃもじで切り崩して半分にしたごはんが、切り口も鮮やかに出てきます。嫌がらせでしょうか。

 そんな僕が、キャンプ時に宿舎で食事をとっていたときのこと。マイペースで食べ続ける僕を目の前にして、ヨメと違って、「ええかげんにせえよ」という意思表示ができないコーチ陣は、僕が食事を終えて席を立つのを、ひたすらじーっと同席して待ち続けていたのです。たまたま、以前から気心の知れた前田大輔コーチがなーんも考えずに、「お先っすー」と席を立ったとき、

「なんやー。俺まだ食っとるやないか。先に行くんか。えらなったのー」

 とからかったのがきっかけで、前田コーチ以外の全員は、本当はそう言いたいのを我慢して、僕に付き合ってくれていたことを知ったのでした。

「いいから! 俺のことは気にせんでいいから! 先行っとってくれ!」

 と言ったものの、

「いやいやいや、監督がまだ食べているのに席を立てないですよ!」

 と、大人発言です。確かに自分が逆の立場なら、監督がまだ同じテーブルで食べている最中に、「お先っすー」と引き上げていく勇気はありません。つまり、僕がそこに長くいればいるほど、迷惑なのです。

 それ以来、僕はちょっとだけ食べるのが速くなりました。

「監督になって、何か変わりましたか?」

 と聞かれれば、間違いなく、

「食べるのが速くなりました!」

 と答える気まんまんなのですが、まだ誰にも聞かれたことがありません。

 ともあれ、この出来事をきっかけに、僕はコーチ全員に、「言いたいことは遠慮せず、きちんと伝えてほしい。こちらの立場に遠慮して、不自由な思いをしないでほしい」と伝えました。

 監督として一番怖いのは、イエスマンに囲まれてしまうことです。日本の縦社会においては、「上にならえ」の風潮が否めません。けれど、僕たちの目的は一軍のお役に立つために選手を育成することであり、コーチは僕に気を遣うためではなく、選手のためにここにいるのです。なあなあにお互いを甘やかし合う仲良しグループになってしまってはいけないけれど、僕は自分がどんな立場であっても、相手が意思をはっきりと表明できる存在でありたいと思っています。

 ちなみに二軍には監督室がなく、コーチと監督は同じ部屋で着替えをします。本来なら僕について愚痴のひとつも言い合いたいであろう彼らは、常に僕と一緒にいるがために、気遣いでへとへとになっているんやろうなあ。

 と、気をもんでいたのは僕だけで、若いコーチたちは、あたかも僕が同室に存在していないかのように、「監督、もうちょっと遅く来てくれへんかなー」などと声高に言うのです。嫌がらせでしょうか。

 

■ 監督には「瞬発力」が必要

 今年の年頭にもし書初めをしていたならば、所信表明として、きっとこう書いたことでしょう。

「鉄仮面」

 いや、もしかしたら、

「無表情」

 やろうか。まんますぎるかな。

 二軍監督の1年目を振り返って一番の反省は?

 こう聞かれた僕がつくづく思ったのは、とにかく「瞬発力のなさ」でした。

 瞬発力といっても、飛んだり跳ねたりではないのです。瞬時に物事を判断して動く、頭の瞬発力。状況に応じた選手の起用やサインなど、決断をしなければならないときに、あれこれ考えすぎてしまう。ここを今季は改善していかなければならないと思うのです。

 いったい何が、僕の瞬発力のなさにつながったのか。

 まず第一に、考え込みすぎる、という部分でしょう。

 試合は決して止められません。その流れの中にあって、サインを出さなければならないというのに、

「いまここでこういうサインを出したらどうなるか」

「この選手に過去このサインを出したことがあったか。その場合、結果はどうだったか」

「この選手にこのサインを出すことが、彼の成長につながるか否か」

「一軍は、この選手にこのサインを出すという方向性を求めているか」

 などなどなど考え込んでしまうのです。これらを時間にして数秒内に考慮し、決断しなければならないというのに、あれやこれやと考えすぎていた僕の判断の遅さは、おおいに反省すべき点なのです。

 ベテランの監督さんは、これらを一瞬で判断できんねんなあ、すごいなあ、と、改めて己の経験値の低さを思い知ったのでした。

 たとえその決断が間違っていたとしても、自分の直感を信じてリズムを崩さぬようサインを出す。優柔不断は、ダメ、絶対。ということで、2017年のシーズンは、即決を目標にやっていくつもりです。

 そのために一番気をつけなければいけないのが、第二の反省。

「いちいち喜ばない」

 二軍監督としての最初のシーズン、僕は試合に入り込みすぎていました。誰かがタイムリーヒットを打てば、イエーイ! と大喜びしてランナーを出迎えてはしゃいでいたのです。僕がハイタッチなどをしているその間にも当然試合は進んでおり、ふと見れば次のバッターはすでに打席に入り、コーチが「早く指示を」というように、こちらに向かって手を上げていたことがありました。

 おまえはしろうとか! 喜んでる場合ちゃうやろが!

 木を見て森を見ず、とまではいかないにしても、こと試合中に関しては、全体よりもピンポイントでの視点が多かったように思います。

 監督は忙しく、都度都度感情をあらわにしている暇はないのだと思い知りました。うれしかった。うれしかったんだけれども!

 だから鉄仮面です。だから無表情なのです。

 ワンシーンに入れ込まず、心は燃えていても全体を淡々と見渡していける、そんな精神を培っていかなければ。

 二軍監督1年目は、成果よりも課題が山積したシーズンでした。

 今年、どちらがどれくらい成長してみせるのか? 選手たちと僕との競争はまさに始まったばかりです。

 

『プロ野球・二軍の謎』の試し読みは、今回が最終回です。ここで公開し切れなかった豆知識や面白話がたくさん掲載されていますので、この続きはぜひ、書籍にてお楽しみください。 

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プロ野球・二軍の謎

いよいよプロ野球が開幕します! 華やかな舞台で、鮮やかなプレーを見せる一流選手たち。けれどその陰には、たくさんの「二軍選手」の存在があります。
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田口壮 オリックス・バファローズ

1969年生まれ、兵庫県西宮市出身。関西学院大時代に通算123安打のリーグ記録を樹立。この記録は現在でも破られていない。91年、ドラフト1位でオリックス・ブルーウェーブに入団し、95年、96年のリーグ連覇(96年は日本一)に貢献した。ゴールデン・グラブ賞5度、ベストナイン1度を獲得。2002年FA宣言でメジャーリーグ、セントルイス・カージナルスに入団。6年間在籍したのち、フィラデルフィア・フィリーズ、シカゴ・カブスでプレーした。メジャー通算8年間で、ワールドシリーズに3度出場し、06年(セントルイス)、08年(フィラデルフィア)にはワールドチャンピオンに輝く。10年、日本球界に復帰後、肩の手術を経て12年に引退を表明。NHKの野球解説者として3年間を過ごしたのち、16年から古巣オリックス・バファローズで二軍監督を務めている。現在日経新聞電子版にて「2軍監督 田口壮!」、ほぼ日刊イトイ新聞にて「はじめての二軍監督」を連載中。著書に『何苦楚日記』(主婦と生活社)、『タグバナ。』(世界文化社)、『脇役力』(PHP新書)、『野球と余談とベースボール』(マイナビ新書)、『田口壮の少年野球コーチング』(学研パブリッシング)がある。趣味は料理と釣り。

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