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AV業界で働くということ

2017.01.12 公開 ツイート

前編

AV業界は「村」。はじきだされたライターと居心地がいいライターの違い 中村淳彦/アケミン

AV出演強要問題もくすぶり続けるAV業界だが、立て続けにAV女優の生き様にまつわる本が出版される。1月12日発売のアケミン著『うちの娘はAV女優です』(幻冬舎)と、1月18日発売の中村淳彦著『名前のない女たち 貧困AV嬢の独白』(宝島社)だ。それぞれまったく違う個性で活躍するライターの二人は、AV業界、AV女優をどう見てきたのだろうか?
(撮影 菊岡俊子)

90年代のAV界には「恥ずかしい仕事をしている」という意識があった

アケミン 中村さんの「名前のない女たち」シリーズはAVメーカーで広報をしている頃から存じていましたが、これまでお会いする機会がなくて。今日はよろしくお願いします。
 

中村 あの狭い業界で一度も会わなかったってすごいよね。AV関係者の集まりに僕が行ってないことが理由か。

アケミン 学生時代からこの世界にいたんですよね。AVライターになられたのは、どうしてでしょう? そういえば、ライター同士でキッカケみたいなことは話さないですよね。

中村 僕がAV業界にかかわったのは1996年。スペックが低いことに学生時代に自覚して、就活みたいな一般的な道は無理だと諦めて、在学中にエロ本の編プロにバイトで入った。エロに進んだ理由は社会からバカにされて不人気で、競争少ないだろうって計算だった。

それでバイト10日目くらいに、編プロの社長に「君、大学生だったら日本語とかわかるよね?」と聞かれて、頷いたら社長が担当のエロ本連載を代われってなった。感想文くらいしか書いたことないのに、プロのAVライターに。「エロ本の文字なんて誰も読まないから埋まっていればいい」と言われて正直、ビックリした。

アケミン ちなみにAVライターとは、AV業界を専門にするライターです。AV女優や業界の動向、業界関係者を取材する。数年前まではAV専門誌がたくさんあって、週刊誌やスポーツ新聞、夕刊紙などもAVネタについて執筆する。ここ数年はウェブ媒体のお仕事も多いですね。私の先輩としては安田理央さん、大坪ケムタさんなどが活躍されていますし、本橋信宏さんや雨宮まみさんも元々はAVライターでした。

中村 雨宮さんの訃報はマジで驚いた。書いてほしいって依頼はたくさんあっただろうし、10年早すぎた。彼女は僕の3年くらい後にセルメーカー拡大と同時期にAVライターになって、すぐに売れっ子になったよね。

僕も最初は、AV業界に大ハマりして、当時は、「こんないい世界があるのか!」って超前向きだった。3、4年でめぼしい業界関係者にはほぼ会ったし。でも、雨宮さんが出てきた頃からだんだんと疑問に思うことが増えてきた。

アケミン AV業界は90年代後半に激変して、レンタルとセルが深刻に対立していました。中村さんが関わっていたのはレンタル末期ですよね。当時、「いい世界」というのはどういう意味ですか? 楽チンだったということですか?

中村 AVライターはラクなんてもんじゃない(笑)。とにかくなにもかもがユルい。雑誌もビデオも女性の裸があればなんでも商品になる時代、基本的に優秀な人はいないからたいした競争もない。今思えば社会から弾かれた人のセーフティネット、楽園だった。

アケミン 単にセックスをしていれば売れた、と。これだけDVDの売れ行きが低迷している今の業界からすると夢のような話です。
 

中村 AV業界に違和感を覚えたのが、1999年あたり。そのころデマンド(注:ソフト・オン・デマンド)が森下くるみを当てて、セルビデオが勢いづいていた。一般社会の競争の論理とか新卒採用が持ち込まれて、ユルいAV関係者が追い出された。人材の入れ替えだね。AV業界が「お客さん(ユーザー)の意見をなんでも聞きます」という流れになって、AVがだんだんと一般的なビジネスに。まず、それについていけなかったし、一般化が良いこととは思えなかった。AV視聴者には一切興味がなかったので、それで「名前のない女たち」を始めた。

アケミン 私が広報として業界に入ったのが2003年で、ライターを始めたのが2009年、すでに中村さんは業界に対して違和感を覚えていたんですね。

中村 アケミンさんとは入れ替わり。僕は2003年にはAVに興味を失っていたし、その後業界の景気もどんどんと悪くなっていった。セル以前は、AVは誰もやりたがらない仕事だったから、みんな収入は高かった。AV女優もやりたくないけど、お金のために仕方ないから脱ぐ、みたいな。裸になる覚悟すればほぼ全員に仕事まわっていたし、今の倍は稼げていた、ブスでも。

アケミン ブスでも……(苦笑)。完全に当時は「ヨゴレ」の仕事だったということですね。

中村 当時は、AV女優に対して絶対的な差別があったでしょう。今みたいに女の子から応募するなんてことはありえないけど、「差別されても収入が高いからいいじゃん」って割り切りがあった。今回のアケミンさんの本みたいに親が認めるなんてとんでもない話。AV業界の「パブ(註:宣伝のための露出)」はその頃から細かく決まっていたけど、メディアにはみんな出たがらない。恥ずかしいし、バレたくないから。AV業界がよかった時代はライターも監督も女優も男優も、みんなが「恥ずかしい仕事をしている」という意識は共通してあったよ。

アケミン 私は「恥ずかしい仕事」と思ったことはないですね。あとがきにも記したんですけど、私がAV業界に入った経緯は2003年、24歳の頃にマジックミラー号をやっていたパンチ監督とひょんなことから知り合って、そこで見せてもらったAVが印象的だったからです。素人の熟女さんのシンプルな絡みだったんですけど、地味で大人しそうな女性がいざセックスになると取り憑かれたように快感に狂う姿がものすごく印象的だった。セックスになると社会的な属性がたちまち消え去ってしまうし、それがその人の本性ではないものの、人間が見せる無防備で本能的な姿をもっと見てみたいなあと思ったんですよね。

中村 そして、「ディープス」に入ったんだね。当時、ソフト・オン・デマンド系の会社ですよね。

アケミン 広報を募集していると聞いて、面接に行きました。周りの社員も「やりたくないけどやっている」という雰囲気はなかった。むしろ「これ(AV)でもいいかな」という感じ。「大手の出版社に入ろうと就活していたけど、ダメでひとまずAV業界に来た」とか、「元々は映画業界に行きたかったけど、挫折してとりあえずAV制作を始めた」とかなにか別のものを目指していた過程で「AVもやってみようか」という温度感でしたね。第一希望じゃないけど、第二、第三希望みたいな感じで。イヤイヤやっている空気感は私の周りにはなかったな。

中村 新卒みたいな人が入ってきて変わったよね。本来は僕も含めて、一般社会では自己実現ができない能力が低い人材が集まって、女の裸を利用してなんとか売り上げ立てる世界だったの。ダメ人間の集まり。それは今も同じはずで、女の裸に依存している以上、一般メディアとか映画監督とは対等ではない。セルビデオ以前の隔離された底辺さは居心地がよかったけど、AV関係者に変にプライドが芽生えて一般社会を目指した中途半端さに違和感を覚えて、距離を置くようになっちゃった。

アケミン ダメ人間(苦笑)。実際に私も大学を出たけれどすぐに就活をせずに、映像翻訳(字幕)のアシスタントをしたりモラトリアムの時期もあった。就活もしなかったし、大手企業には入れなかった人間なので、ダメ人間と言われたらそこはなんにも言えないです……(笑)。業界に入ったのも、一度は英語を専攻していたけど自分の英語力じゃ全然ダメだと挫折した時期だったし。自分の居場所を見つけた感じもしたし、ノビノビと仕事ができる手応えがありました。

AV村に溶け込める人とはじきだされた人

中村 広報からライターに転身しようとしたきっかけは何だったの?

アケミン 最初に入ったのが企画系メーカーで作品に出演するは企画女優、いわゆる「名前のない女たち」です。小さい会社だったので現場に行ったり、制作デスクもしたり、時には通訳業務をしたりいろんな仕事をさせてもらって面白かった。

ただ広報としては広告宣伝費をかけられる単体メーカーでのPR活動もしたくなって2006年に「アイデアポケット」に移りました。Rio、希崎ジェシカなどがいたレーベル、DMMの系列会社ですね。その頃はリーマンショック前だったし、業界全体を見ても最後の華やかな時期だった。海外ロケも多かったし、クラブを貸し切って行われる忘年会のビンゴ大会では1位が100万円とか今考えるとバブル感がある。

その時期にDMMが急成長したこともあって制作部にいてもアダルトビデオのメーカーというよりも「会社員」としての業務も多くなって違和感を感じたんです。良くも悪くもAV業界が「まとも」になっていった感じがあってフリーになったんですよね。

中村 セルメーカーが出てきてから「美人広報」が現れた。モテないブサイクなエロ本編集者がこぞって美人広報に群がって記事にする、みたいな。見苦しいなと思いながら傍観していたよ。

アケミン 「広報ブーム」はありましたね。世間でも元ライブドアの美人広報が話題になりましたし。雑誌でコラムを書いたり、各メーカーの女性広報が集まってCS番組で座談会をしたり。自分がなにかメディアで書くというライターへの下地がこの頃にできたなと思っています。

中村 広報の人はAV業界保守本流のキラキラしている存在。アケミンさんなんて美人で顔出しして、ブサイクな編集者たちからちやほやされているからいい(笑)。アケミンさんがAV業界が楽しくて居心地がいいというのは、もうすごくわかる話。

アケミン そんな記憶、特にないです! 確かに広報も雑誌などに顔出ししたほうが仕事の幅は広がった。パブが広がると仕事が増えるって構造はAV女優と似ています。

中村 それを最初から引いて見ていた。なんていうのかな、女性の裸をグルグルまわして売り上げているのに恥ずかしさがない。華やかなのは100歩譲っていいとして、セル以降の多くの関係者に底辺という自覚がないように見えた。その自覚がないと、社会と断絶しているのに自分は素晴らしいみたいな錯覚が始まる。僕は、それはまずいと思った。

アケミン 一体、なにがあったんですか。

中村 当時は監督インタビューでも「社会と断絶したアウトローな俺はカッコいい」みたいな自慢話が多くて、最初は面白がってたけど、途中から首を傾げるようになった。自分なりに記事を試行錯誤するようになって、AV女優やAV関係者と社会の接点を探した。2000年前半あたりは自分の実力不足とか、勢いでネガティブなことをやりすぎて、複数の有名AV女優に嫌われた。AV関係者に怒られるのを超えて脅されるみたいなことも何度かあって、今思えばよくやっていたなと思う。

アケミン 脅されるって……穏やかではないですね。

中村 AV業界って狭い村の掟みたいなものがある。「御用ライター」な役割を拒絶しちゃったから、なにか新しいことをするしか居場所はなかった。だからといって、自分は明らかにAV業界人なので面倒くさいことになるのでジャーナリズムはできない。批判対象が身近すぎるし、身が危険になる。伊藤和子弁護士が「AV業界は御用ライターしかいない、ジャーナリズムがない」って嘆いていたけど、それは一言一句間違っていないよね。

アケミン 私も、ジャーナリストとして書くというよりも、「どういうことをメーカーさんは推してほしいかな」と考えながら書くことも多いですね。元々広報をしていたから、求められていることを逆算することもあります。

中村 作品に関して批評みたいなものは、僕が最後の世代でしょう。1999年以降のAVの一般ビジネス化によって作品から商品になって、批評みたいなことは成り立たなくなった。「ビデオザワールド」(コアマガジン)って唯一のAV批評誌があったけど、AV商品化の波の中で2000年代前半にはもう成り立っていなかった。時代に沿って商品紹介に徹する方向転換もできずに休刊に。

アケミン 「ビデオザワールド」はライターになってからはお仕事をさせてもらうことはないまま、休刊になってしまいました。中村さんは「村」以外のところに読者を求めていたということですか?

中村 ライターを続けることを第一に考えると、そうなった。立ち位置とか流れ的にもう御用ライターはできない。一般の人に読まれる方向転換しなくてはという危機感は、かなり早い段階からあった。まだまだAV専門誌が売れていた2002、3年あたりには、「もう、AVライターという仕事はダメなのでは?」みたいなことを言いまくっていた記憶があるし。

アケミン 私は「村」は嫌いじゃない、むしろ居心地がよかったタイプです。

中村 それはそうでしょう。今回の『うちの娘はAV女優です』は一般書籍なので、AV村の外を意識しなければならない仕事。どうでした??

アケミン 一般の読者を意識するようになったのは途中からですね。最初は「今のAV業界にはこんなこともあるんですよ」と発信したいという気持ちだけだったので。ただ連載(幻冬舎plus連載「親公認AV女優」)を始めてからAV業界以外の人からいろいろ聞かれるようになった。「AV出る子って借金があってやってるんでしょ?」「なんであんな可愛い子が脱ぐの?」とか。質問が10年以上前から変わらなくて。業界にいる者としてはすでに出尽くしている内容かな、と思うことも常に問われる。そのときに「ああ、世間は大してAVについて知らないのかな」って。村の人からすると「今さら!」と言われるようなスタンダードなこともあえてわかりやすく書きました。

中村 『うちの娘はAV女優です』を読んでいたら、そのあたりを丁寧に書いていたね。やっぱり親公認は一般の人が疑問に思うギャップがある。

アケミン ギャップがあるからテーマにしました。その数が増えているのかどうかは本書を読んでいただければわかるので。世の中、自分が思っている「常識」では計れない考えや出来事があるし、出てくる女優さんもそれぞれのストーリーや葛藤や思いがあるので、それをそのままフラットに村の外に届けられたらと思っていますね。

(後編に続く。公開は1月16日予定です)

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AV業界で働くということ

 AV業界で働くことはをめぐる対談です

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中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

アケミン

ライター。上智大学卒業後、派遣社員や字幕翻訳のアシスタントを経て、AVメーカーに広報として就職。09年にフリーに。週刊誌やウェブメディア、書籍で執筆中。著書に『うちの娘はAV女優です』(幻冬舎)、編集協力に『ガチ速”脂”ダイエット』(扶桑社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)など。

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