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男という名の絶望

2016.08.09 公開 ツイート

和田秀樹×奥田祥子対談[後編]

「自己責任」という言葉をもう捨てよう 奥田祥子

プライドを捨て、希望を見出した人もいる

奥田 とはいえ、社会システムが変わるのを待っているだけでは、絶望から這い上がれなくなる男性がどんどん増えるばかりだろうとも思います。ですから今回の本では、自らの努力で立ち直り、希望の光を見出した人たちの事例も最後の章でいくつか紹介しました。取材した300人の中でもごく少数派ではあるのですが、やはりまずは男性自身が変わることも必要だと思うんです。

和田 解決した事例は実に感動的ですよね。精神療法を仕事にしている僕のような人間から見ても、驚いてしまうケースがいくつもありました。

奥田 私はカウンセラーではないので、何のテクニックも持ち合わせていないのですが、長い人では10年以上かけて継続的にお話を聞いているので、信頼関係は築けているのかもしれません。それに、相手の心を治すというより、むしろ私自身が生きる勇気や希望をもらっているんです。私も親の介護やキャリア形成などで彼らと同じような悩みを抱えているので。

和田 だからこそ取材相手に共感できるのでしょうね。

奥田 たとえば「仕事は会社に100%支配されるものではない。自分のものさしで自己評価しながら前向きに取り組めばいい」と考えることで、心の折り合いをつけた人がいました。これには私自身も教えられましたね。出世競争に勝とうという男のプライドを思い切って捨て去ったら、肩の荷が下りて楽になった。会社に評価されなくても、顧客の役に立つことをして喜んでもらえれば、それが自分の幸福感になるというんです。

和田 ある種の開き直りでもあるのでしょうが、そうやって気持ちの持ち方を変えることで良い方向に進むことはあるでしょうね。昔は「社会が変わらなければ心の病は救われない」と考える精神科医が多くて、だからこそ政治運動にも参加する医師も大勢いましたが、いまはそういう発想をする人がほとんどいません。現実の社会を前提にして、そんな社会でも立ち直る術を何とか見出していくことを考えます。
 もちろん、だからといって「社会は悪いままでいい」というつもりはありませんよ。しかし、悪い社会なりに心の健康を保つ工夫をしていかなければ、その先には絶望しかありません。そういう意味で、奥田さんがこの本の中で、自助努力によって希望を見出した人々の姿を描いたことには、啓蒙的な意義があると思います。

奥田 少し前に、「保育園落ちた、日本死ね」というブログが政治家を動かしたことがありますが、私が取材する男性たちはそうやって声を上げることもできずにいるんです。だから、なかなか目を向けてもらえない。私に対しても、最初は「大丈夫です」「何も問題ありません」と話していた方が、後から実は大変な問題を抱えていたとわかったケースもあります。やせ我慢している人が大勢いるんですよ。
 それでも、やはり社会に対して何かを伝えたいと思うから、私というジャーナリストに代弁させようとするのでしょう。だから私としても、僭越ながら、彼らの慟哭を世の中に知らせるのが自分の役目だと思っているんです。

奥田祥子『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』

現代社会において男性を取り巻く環境は凄まじい勢いで変化し、男たちを追い込んでいる。理不尽なリストラ、妻の不貞、実母の介護、DV被害……彼らはこれらの問題に直面して葛藤し、「男であること」に呪縛され、孤独に苦しんでいる。そのつらさや脅えは〈病〉と呼んでも過言ではない。「男であること」とはいったいなんなのか? 市井の人々を追跡取材するジャーナリストが、絶望の淵に立たされた男たちの現状を考察し、〈病〉を克服するための処方箋を提案する最新ルポ。

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奥田祥子

ジャーナリスト。京都市生まれ。米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。男女の生き方や医療・福祉、家族、労働問題などをテーマに、市井の人々への取材を続けている。所属部署のリストラを機に個人活動を始めた。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程所定単位取得退学。「Media Influence Over the Transformation of Stigma Toward Depression in Japan」「Pharmaceuticalization and Biomedicalization: An Examination of Problems Relating to Depression in Japan」(米学術誌『Sociology Study』に掲載)ほか、学術論文も発表している。著書に『男性漂流―男たちは何におびえているか』(講談社)、『男はつらいらしい』(新潮社)、共訳書に『ジャーナリズム用語事典』(国書刊行会)などがある。

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