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神様のコドモ

2016.04.10 公開 ツイート

『神様のコドモ』試し読み 第7回

昔話「桃太郎」が山田悠介の手にかかると、現代日本が浮き彫りに! 山田悠介

山田悠介『神様のコドモ

「桃太郎」は、仲間を引き連れて鬼を退治しにいく――という、世にも有名な昔話ですね。
それが、山田悠介の手にかかってアレンジされると、驚きの展開に……。
弱い者を傷つけることを絶対に許さない「神様の子」が、この物語では、その“弱者”に仕返しのチャンスを与えます。
ラスト5行に、雷が落ちたかのような衝撃と感動が!!
さあ、あなたはこれを、どう読みますか?


 

*  *  *

鬼退治

 いよいよ鬼退治のときがやってきた。

 ただ昔話のように、鬼を倒すことができるかどうかは分からない。

 俺たちはまだレベル12だ。鬼を退治するにはまだまだ腕力が足りない。経験だって少ない。鬼は一匹だがレベルは35だ。四人がかりとはいえ、下手すれば一瞬でやられる。

 それでも俺たちは絶対に鬼を倒さなければならない。

 俺たちのリーダーである桃太郎の未来のために。

 桃太郎はあだ名じゃない。本名だ。

 桂木桃太郎。

 桃太郎の母親の名前は桃。桃の陣痛が始まったとき、桃太郎のじいちゃんは庭で草刈りしていて、ばあちゃんはコインランドリーにいたらしい。

 桃のレベルは34。かなり戦力になると思うけれど桃は今日、俺たちが鬼退治することは知らない。何も知らずに家にいるらしい。

 俺は正直不安はあるけれど、鬼に立ち向かうことに恐れは抱いていない。

 猿谷も鳥山も、ビビってなんかいない。

 桃太郎の背中をじっと見据えている。

 俺も同様に、先頭を歩く桃太郎の背中を見つめているが、桃太郎を見ていると、一年前の自分たちの関係を思い出すのだった。

 一年前は立場が逆だった。

 俺たちが桃太郎をイジメる側だった。

 俺たちと言っても鳥山はいない。

 俺と猿谷だ。

 俺と猿谷は今もそうだが学年で恐れられている存在だ。

 犬飼と猿谷コンビには近づくなって小学一年生のときから言われていた。

 教師たちは、犬猿の仲のはずなのにねえって面白がっている。

 桃太郎の存在を知ったのは俺たちがレベル11のときだ。

 五年生になった春、二年に一回のクラス替えで桃太郎と一緒になったのだ。

 桃太郎はクラスで一番小さくて体つきも貧弱だった。

 栄養失調なんじゃないかって思うくらい。

 チビでヤセで、おまけに暗い。

 俺たちはそういう弱い奴を狙ってはイジメていた。今思えば最低だ。

 桃太郎は俺と猿谷にいくらイジメられても抵抗してこなかった。謝るばかりで情けない奴だった。

 そんな日々が二学期の最後まで続いた。

 そして短い冬休みが終わり、三学期が始まった。

 その日の放課後だった。桃太郎が突然、俺と猿谷にお願いがあると言ってきた。

 なんだと聞くと、桃太郎はランドセルの中からお弁当箱を取り出し蓋を開けた。

 中にはおはぎが入っていた。冷たくてカチカチになっているであろうおはぎ。

 意味が分からず、舐めてんのかと詰め寄ると桃太郎がこう言ったのだ。

 おはぎをあげるから、一緒に鬼を退治してくれないか、と。

 俺と猿谷は桃太郎の胸ぐらを摑んだ。

 桃太郎が昔話を真似て俺たちをおちょくっているのかと思ったからだ。

 でも桃太郎は真剣だった。鬼を退治しなければ僕たちは不幸なままだと言った。

 俺と猿谷が事情を聞くと、張っていた糸がふっと緩んだみたいに急に桃太郎が泣き出した。

 お父さんが交通事故で死んじゃったせいで僕たちは不幸になった、と桃太郎は泣きながら語り始めた。

 俺は父ちゃんが死んだことと鬼退治がどう関係しているのか全く分からなかった。

 ちょっと待て鬼って何なんだ。

 俺が遮るように問うと、桃太郎は鬼の正体を言った。正体を言った後、鬼を退治したい理由を話してくれた。

 全ての事情を知った俺は、素直に桃太郎はすげえと思った。

 何がすげえかって、桃太郎の勇気だ。

 桃太郎は頭に描いている物語を現実のものにしようとしている。

 俺には到底マネできないと思った。

 猿谷も俺と同じで桃太郎の勇気に感服していた。

 昔話の通り、やっぱり桃太郎は強い。俺たちはいくらいきがったところで所詮犬と猿なんだと思い知らされた瞬間だった。

 桃太郎を認めた俺と猿谷は、弁当箱の中にあるきび団子、ではなくおはぎを摑み取って豪快に頰張った。うめえうめえと言いながら。

 冷たいおはぎを食べ終わった俺は一度冷静になって桃太郎に助言した。

 俺たちはまだレベル11だ。せめて14とか15になってからの方がいいんじゃないか、と。

 桃太郎は、三年も四年も待てないと言った。

 それはその通りだと思った。とはいえやはり今すぐは無理だ。

 俺たちはまだ弱すぎる。身体を鍛え、戦い方を学び、訓練する必要がある。

 俺は桃太郎に、桃太郎がレベル12になった日に鬼退治を実行しようと告げた。

 ちょうど三ヶ月後である。

 桃太郎は悩んだ末、分かったよ、と言った。

 納得してはいない。それでも三ヶ月なら耐えられると決断したようだ。

 俺たちは鬼退治を誓ったその日以来、毎日身体を鍛え、作戦を練り、訓練を重ねた。

 俺と猿谷は空手にも通って稽古を積んだ。

 桃太郎も誘ったが、ウチにはお金がないからムリだ、と桃太郎は言った。

 そう言われると俺たちは何も言えなかった。それなら俺たちが習ったことを桃太郎に教えてやろうと、毎日毎日桃太郎の稽古の相手になった。

 徐々に力を付けていく一方で、俺はある不安を抱えていた。

 本当に三人で鬼を倒すことができるだろうか。せめてもう一人は仲間が欲しいと思っていた。

 その想いが通じたのか、先月俺たちのクラスに転校生がやってきた。

 鳥山健吾。

 クラス一背が大きくて、聞けばレベル6の頃から空手と柔道を習っているという。

 仲間にするならコイツしかいないと思った。

 偶然にも『鳥』だし。キジだったら言うことなかったけれど細かいことは気にしない。ワカチコワカチコだ。

 俺はすぐに鳥山に決闘を申し込んだ。相手が強いと知った上でだ。無論鳥山に恨みはない。鳥山の実力を知りたかったのが一つ。もう一つは、殴り合うのが親友になる一番の近道だと思っていたからだ。猿谷と仲良くなったときもそうだった。喧嘩して握手したのが始まりだった。

 俺は言うまでもなく鳥山に負けた。経験が違いすぎる。全く歯が立たなかった。

 ボロボロにやられなかったのは、鳥山が力の差を知っていたからだ。

 なぜいきなり決闘を申し込んできたのかと聞かれた俺は、鳥山に全ての事情を話した。

 でも鳥山は鬼退治に参加するとは言ってくれなかった。さすがにそれはムリだと。

 そんな鳥山が決心してくれたのは二週間前だ。

 桃太郎が鳥山のためにおはぎを用意してきた日である。

 桃太郎は顔や身体にいくつもの青痣を作って登校してきた。

 鳥山は何も聞かずに、分かったよ、と言ってくれた。そして桃太郎が用意してきたおはぎを食べたのである。下品な俺たちとは違い、おいしいおいしいと笑顔で頷きながら……。

 いよいよ鬼の棲む場所に到着した。

 鬼ヶ島、ではなく桃太郎が暮らすアパートだ。

 桃太郎の部屋は二階だ。201号室。

 今にも崩れ落ちそうなくらいぼろい階段をカンカンカンと音を立てながら俺たちは上っていく。

 俺と猿谷の右手には金属バット。

 卑怯じゃない。相手は鬼だ。手段は選ばない。有無を言わさずやってやる。

 桃太郎の身体は相変わらず小さい。

 出会ってから一年以上が経つのにほとんど体形が変わっていない。

 それは桃太郎が満足に食べてないからだ。

 正確に言うと食べさせてもらっていないからだ。満足に食べられるのは給食のときだけ。いつも貪ぼるようにして食べる桃太郎が俺は不憫で仕方ない。

 桃太郎の身体には今も青痣がいくつもある。言うまでもなく鬼にやられたのだ。

 二階にやってきた刹那、ドンと何かを壁に叩きつける音がした。

 桃太郎が暮らす部屋の中からだ。

 桃太郎が慌てて扉を開ける。

 鬼が桃太郎の母親の髪の毛を摑んで引きずり回しているのであった。

 テーブルがひっくり返っている。ビールの空き缶や雑誌等が部屋中に散らばっている。

 どんよりと重く濁った空気。

 風が吹いた。

 閉ざされたカーテンがゆらりと揺れる。

 うっすらと光が差した。

 日射しが靄を切り裂く。

 俺は今更気づいた。部屋の中が煙い。

 火のついたタバコが絨毯に落ちている。

 髪を乱し、目を真っ赤に腫らした母親が逃げてと叫んだ。

 鬼が何かを吠えている。

 俺は、どういう経緯で母親が鬼と一緒になったのかまでは知らないが、桃太郎の新しい父親の顔が、本当の鬼に見えた。

 いや鬼だ。奴は人間じゃない。

 前に桃太郎は言った。鬼を退治しなければ僕とお母さんは本当に殺されると。

 かと言って警察には通報したくない。

 自分の手で退治したいんだ、と。

 俺は桃太郎の言う『退治』の意味を知っている。

 俺は金属バットを両手で握りしめる。

 身体が震えた。

 怖いからではない。

 武者震いだ。

 

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山田悠介

1981年、東京都生まれ。デビュー作『リアル鬼ごっこ』は、発売直後から口コミで評判となり、累計200万部を超える大ベストセラーとなる。著書に『親指さがし』『ドアD』『復讐したい』『神様のコドモ』(幻冬舎文庫)、『その時までサヨナラ』『僕はロボットごしの君に恋をする』(河出書房新社)、『キリン』(KADOKAWA)など。映像化された作品も多数。中高生からの圧倒的人気を誇る。

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