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働き方は生き方 派遣技術者という選択

2016.03.29 公開 ツイート

企業が派遣技術者を活用する理由は人件費削減のためなのか? 渋谷和宏

メーカーを中心に日本企業の設計・開発分野で幅広く活躍しながら、これまでほとんどメディアに取り上げられる機会がなかった派遣技術者。その派遣技術者という「働き方」に経済ジャーナリストの渋谷和宏が迫ったルポ『働き方は生き方 派遣技術者という選択』を発売しました。幻冬舎plusでは、企業が技術派遣者を活用する目的に迫った部分を特別公開します! 

→前回の記事はこちら

Q2 企業が派遣技術者を活用する理由は人件費の削減のためである。

 皆さんはどうお答えになっただろうか。企業が派遣技術者を活用する理由は、彼ら彼女らの存在意義にかかわるとても大切な問題だ。
 これについても僕自身の体験を紹介しながら考察してみよう。

 二十代後半の派遣技術者との会話から無知を悟らされた経験をきっかけに、僕は派遣技術者たちの存在に関心を抱き始めた。

 彼ら彼女らはどんな人たちなのか。いくつかの企業に派遣されながら一つの技術分野を追求していく人が多いのか、それとも様々な分野の仕事に就くオールラウンドプレーヤーが主流なのか。今後、彼ら彼女らはどんな未来を歩むのか、職業としての将来は明るいのか。その人数はさらに増えていくのか。そんな興味と疑問を持つようになり、派遣技術者たちの働きぶりや処遇について、仕事で出会った製造業の経営者や社員、つまり彼ら彼女らを活用する側の人たちに尋ねたりもするようになった。

 これには僕自身の立場も関係していると思う。僕は2014年3月末に30年勤めた出版社を退職し、独立した。敢えて不安定な立場を選んだのは経済ジャーナリスト・作家としての仕事人生を全うしたかったからだ。その決断が派遣技術者たちへの共感をより強めたのかもしれない。

 そんな折、僕はある会合で旧知のビジネス誌の記者、Aさんと同席した。
 席上、互いの近況報告などの雑談を交わした後、僕はAさんに派遣技術者を取材した経験はあるかと尋ねてみた。

 彼はかぶりを振り、派遣技術者の存在自体を知らなかったと少しきまりが悪そうな顔をした。
 僕は派遣技術者について簡単に説明し、今やメーカーには必須の人材だと言った。
 彼はなるほどとうなずき、いくらか顔を強張らせ、こう続けた。

「それにしても企業はいったいどこまで人件費を削るつもりなんだろう。コスト削減は大切な経営課題だけれど、なんだか露骨だよね」
 僕は話の流れがつかめず、どういうこと? と聞いた。

「企業は派遣技術者を広く活用して人件費を削減したいわけでしょう? 派遣の方が正社員よりも人件費がかからないからね」

 僕はいったん言葉を呑み込み「企業が派遣技術者を活用するのは必ずしもコストダウンだけが理由ではないと思う」と返したが、それについて説明しようとしたところで、参加者全員がそろい会合が始まったため話は中断した。

 会合終了後、続きを聞かせてほしいと言うAさんを僕は喫茶店に誘った。

「コストダウンだけが理由ではないというのは意外で、それだけにとても興味深いな。本当にそれ以外の理由があるのかい?」
 席に着くなり、彼はこちらに身を乗り出してきた。

 Aさんが疑問を持つのは無理もなかった。
 企業が派遣社員を活用する最大の理由は、正社員を雇用するよりも人件費がかからないからだと一般的には言われている。

 派遣社員の場合、厚生年金や雇用保険などの社会保険料は派遣会社が負担してくれるし、仕事がなくなったら契約を更新しなければいいので、正社員のように 仕事がないのに給料を支払い続けなければならない事態を避けられる。正社員の雇用に必要な基本給や諸手当などの人件費は、仕事の繁閑にかかわらず常に一定額が流出していく固定費だが、派遣社員を採用すればそれらを変動費にできるのだ。

「事務や販売のような仕事に就く機会が多い一般派遣の場合には、僕もAさんの言う通りだと思うよ。コストダウンとか使い勝手の良さとかを求めて企業は派遣社員を雇用してきた。そもそも人材派遣のビジネスは、グローバルな競争に直面した企業が人件費の重石を何とか軽くしたいというニーズに応える形で一九八五 年以降の規制緩和に伴い、市場を拡大してきたわけだからね」

「しかし技術者派遣についてはそうではないと」
 僕はうなずいた。

「とりわけ技術進歩のスピードがさらに加速し、グローバルな競争がいっそう激しくなっているここ数年は、コストよりもさらに切実な理由から企業は派遣技術者の活用に踏み切っていると僕は見ている」

「君が言う切実な理由とは?」

「派遣技術者がいなければ競争に勝てるどころか市場や技術の変化に取り残され、負け組に陥りかねないという危機意識だと思う」

 僕はAさんに向かってこう言った。若い派遣技術者との会話をきっかけに彼ら彼女らについて自分なりに調べて得た答えだった。

「どういう意味かな?」
 僕は運ばれてきたコーヒーを一口飲み、紙ナプキンに「IoT」と書いた。
「この言葉はもちろん知っているよね」
 Aさんはうなずいた。

「Internet of Things、直訳すると『モノのインターネット』だ」

「その通り。インターネットにつながっている機器といえば、これまではパソコンやスマートフォン、タブレットなどのIT機器が中心だった。これに対してテ レビや冷蔵庫、自動車などあらゆる機器をインターネットに接続して、それらをより便利に使っていこうという新たな考え方・技術がIoTだ。なんでこんな話を始めたかというと、メーカーが抱いている危機意識についてIoTという具体例を挙げて説明したいからだよ」

 僕は一呼吸置き、続けた。

「Aさんもよく知っているようにIoTは日本企業、とりわけ製造業にとって重要な経営課題になっているよね。先行する企業はすでにIoTによって独創的かつ便利な機能を生み出して新たな市場を切り開きつつある。象印マホービンの『みまもりほっとラインi-POT』などはそのいい例かな」

「インターネットにつなげて高齢者への見守りサービスを行う湯沸かしポットだな」
 僕はうなずいた。

 魔法瓶や炊飯器など調理器具の大手メーカーである象印マホービンが開発、販売する電動湯沸かしポット、みまもりほっとラインi-POTはインターネットに接続して、これまでにない機能を実現した画期的なアイデア商品だ。

 i-POTはメールの発信機能を持ち、例えば田舎で一人暮らししている高齢の母親がお茶をいれようとして電動湯沸かしポットのボタンを押すと、離れた場所で暮らしている息子にメールが届くように設定できる。息子はメールを受け取るたびに母親の無事を確認できるのだ。逆にまる一日あるいは二日メールが届かない場合は、何かしら異変が起こったかもしれないと察知して連絡を入れたり駆けつけたりできる。

「こうしたIoTによる新たな市場の開拓努力は家電やIT機器のメーカーだけでなく、いろんな業種・業界に広がりつつある。ヘルスケアや自動車などはその 代表だろうね。IoTの波に乗らなければと必死だよ。ヘルスケアの分野では多くの企業が、体重計や血圧計をインターネットにつなぎ、測った数値を医療機関 に送ってシニアの健康管理に役立てるスマートヘルスケアのシステムを構築しようと動き出しているし、将来はこうしたシステムと数多くの人を計測した膨大な データ、すなわちビッグデータとを結びつけて、治療や創薬に役立てようという構想もある。一方、自動車メーカーは車をインターネットにつなげて緊急時に自 動ブレーキを作動させたりする自動制御システムの開発にこぞって乗り出した。2025年までには公道を走る車の6割がインターネットにつながり、自動運転 を実現しているとの予測もある」

「自動車がいわばインターネットの端末になるわけだな。自動車メーカーだけではなくてグーグルのようなIT企業が自動運転技術の開発を進めているのは象徴的だ」

「調査会社のIDCジャパンによれば、2014年のIoT関連機器の市場規模は日本全体で9兆3645億円だったが、2019年には16兆円を超え ると予測されている。まさに生活全般・社会全般を変える巨大な可能性を秘めているわけだけれど、IoTを進めるうえで日本企業には重大な障害がある。何だと思う?」

「人か?」

「そういうことだよ。人、もっと具体的に言えば専門の人材が足りないんだ。インターネットに接続し、情報のやりとりをしながら状況に応じて機器を作動させるためにはモノ、すなわち機器本体にソフトウエアを組み込まなければならない。しかし電機メーカーや自動車メーカー、健康機器のメーカーにはファームウエ アと呼ぶこれら組み込みソフトを設計・開発する専門の技術者が足りない。まさか電動湯沸かしポットや体重計がインターネットにつながってスマート化するとは十年、二十年前には想定していなかったのだから当然だよね。君が企業の経営者だったらどうする?」

「一つの方法はファームウエアを専門とする技術者の中途採用だが……」

「必要なレベルの人材を必要なだけ採用できるとは限らないよね。何しろIoTはあらゆるメーカーの経営課題なのだから」

「では新卒を採用して育てるか。いや、そんなにのんびりしてはいられないな。新人が一人前になるには最低でも三年はかかるだろう? その間にライバル企業に先を越されてしまったら市場を席巻され、致命傷になりかねない」

「そこで派遣技術者の出番になるわけだよ。テクノプロなど技術者派遣大手はファームウエアの専門人材を数多く擁しているし、今後、伸びる技術分野として ファームウエアの専門人材の育成にも力を入れている。企業は技術者派遣会社に声をかけて、必要な人材を派遣してもらえばいい。企業にとって派遣技術者は強 力かつ使い勝手の良い助っ人だと言えるかもしれない」

「企業が派遣技術者を活用するのは必ずしもコストダウンだけが理由ではないと言ったのはそういう意味か」

 僕はうなずき、紙ナプキンにさらに「三次元設計」「CAE」と書いた。

「今、IoTを例に挙げて話したけれど、それだけじゃない。コンピューターを活用した三次元設計の技術は自動車やヘルスケア、航空機などの分野で需要が高まる一方だし、三次元設計などによって設計したモノが要求された性能を満たすかどうか、実際にモノを作る前にコンピューター上でシミュレーションして解析 するCAE(Computer Aided Engineering)の技術も自動車や鉄道、航空機にとどまらず電力・エネルギー関連の産業でも広く求められている。これらの分野でも派遣技術者たち は引く手あまたで多くの企業で活躍している。理由はIoTと同じだよ」

「なるほど」
 Aさんはうなずき、複雑な顔をして続けた。
「それにしても皮肉なものだな。企業が新たな分野に乗り出すための強力な人材として派遣技術者が求められる一方で、製造メーカーでは事業部門ごとリストラされ、辞めざるを得なくなった正社員の技術者が後を絶たないじゃないか。ソニーがスマートフォンの事業を縮小し、約7千人いるスマホ事業の社員の15パーセントにあたる千人程度を削減すると発表したのは2014年の秋だった。2015年には液晶事業などの落ち込みで2千億円以上の最終赤字に陥ったシャープが社員3500人の希望退職を募ると発表した。派遣だから雇用が不安定で大企業の正社員だから安定しているという考え方はもう過去のものになったのかもしれないな」

「確かにそうかもしれないね。グローバルな競争の激化や技術進歩のスピードの加速は派遣技術者たちの需要を高める一方で、これまでは盤石と言っても過言ではなかった大手製造業の正社員の立場を揺るがしているからね。これからも競争に負けたり技術が陳腐化したりして事業部門ごとリストラに踏み切る企業は出て くるだろう。もしかしたら技術者の雇用のあり方が構造的に変わりつつあるのかもしれない」


 いかがだったろうか。企業が派遣技術者を活用するのはコストダウンのためではないというのが僕の出した結論だが、読者の皆さんには納得していただけただろうか。

 もちろん企業の中には正社員を雇用するよりも人件費を削減できるという目論見から派遣技術者を活用する事例もあるかもしれない。しかし大勢としてはコストよりも彼ら彼女らが持つ技術・能力そのものが求められており、その傾向は今後いっそう強まっていくはずだ。これについて疑問符が残る方も、書籍で取り上げる派遣技術者たちのインタビューをお読みいただければより納得していただけるのではないかと思う。

(書籍に続く)


《作品紹介》

働き方は生き方 派遣技術者という選択 / 渋谷和宏(著)

技術の進歩が加速し、グローバルな競争が激化する中、大企業の正社員でもリスクとは無縁でいられない。どんな働き方をすれば、生き残れるのか? 特定分野のスペシャリストとして高い技術力を持つ「派遣技術者」にそのヒントがあった。危機意識を持ち、複数の分野に精通する彼らは会社や部門の盛衰に左 右されない。彼らが示す新しい働き方とは?

→書籍購入はこちら(Amazon)
http://www.amazon.co.jp/dp/4344424492
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http://www.amazon.co.jp/dp/B01CXYXGL0


(取材協力)
テクノプロ・グループ http://www.technoproholdings.com/


お知らせ
本書の取材にご協力いただいたテクノプロ・グループが運営するエンジニア・研究者向けポータルサイト「Do ~集まれ最高の技術人~」がオープンしました。
【Do ~集まれ最高の技術人~】
https://www.technopro-do.com/

 

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技術の進歩が加速し、グローバルな競争が激化する中、大企業の正社員でもリスクとは無縁でいられない。どんな働き方をすれば、生き残れるのか? 特定分野のスペシャリストとして高い技術力を持つ「派遣技術者」にそのヒントがあった。危機意識を持ち、複数の分野に精通する彼らは会社や部門の盛衰に左右されない。彼らが示す新しい働き方とは?

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渋谷和宏

1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。
また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『いま世界は』(BS朝日)、『日本にプラス』(テレ朝チャンネル2)、『森本毅郎・スタンバイ!』(TBSラジオ)などがある。2014年4月から冠番組『渋谷和宏・ヒント』(TBSラジオ)がスタート。
http://www.tbsradio.jp/hint954/

講演等のご依頼は info_shibuya@gentosha.co.jp までお寄せください。

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