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働き方は生き方 派遣技術者という選択

2016.03.28 公開 ツイート

「派遣技術者って正社員?」誤解の多い仕組みと就業・雇用形態を紐解く! 渋谷和宏

メーカーを中心に日本企業の設計・開発分野で幅広く活躍しながら、これまでほとんどメディアに取り上げられる機会がなかった派遣技術者。その派遣技術者という「働き方」に経済ジャーナリストの渋谷和宏が迫ったルポ『働き方は生き方 派遣技術者という選択』を発売しました。幻冬舎plusでは、誤解の多い技術者派遣の仕組みや就業・雇用形態について著者が迫った部分を特別公開します!

まずは技術者派遣についての誤解を解いておきたい

 派遣技術者たち一人ひとりのインタビューをお読みいただく前に、初めに技術者派遣の仕組みや就業・雇用形態について押さえておこう。
 まずは皆さんに質問である。

Q1 派遣技術者たちは、他の多くの派遣社員やパート、アルバイトと同様に非正規雇用なのか、それとも無期雇用の正社員が多いのか。

 いかがだろう。あなたはどちらを選択されただろうか。
 僕自身の体験を打ち明けながら、回答をお伝えしよう。


 僕は三十年以上経済ジャーナリストとして企業取材を続けてきたが、派遣技術者たちに直接向き合う機会をこれまで得られなかった。ゆえに自分の不明をさらけ出してしまった経験がある。

 二年と数カ月前のことだ。

 取材で知り合ったシステム開発担当の派遣技術者、二十代後半の男性と雑談していた時、話のなりゆきから彼は「『技術者派遣の会社に内定し、派遣技術者として働くことになった』と郷里の両親に知らせたら、母親からひどく心配されてしまった」と僕に打ち明けた。

「母が何度も言うんですよ。『派遣という立場でお前、大丈夫か』って。父親はすぐに理解してくれましたが、母は派遣技術者がどんな立場なのか、なかなか分かってくれなかったんです」

「派遣という立場を案じたんですね」
 彼はうなずいた。
「母には『派遣切り』や『雇い止め』のイメージがあったんですよね。それで私の立場も不安定だと思い込んでしまって……」

「大きな社会問題になりましたからね」
 僕はうなずき、母親が心配するのも無理はないかなと思った。

 派遣切り、雇い止めという言葉がマスコミに盛んに取り上げられるようになったのは2008年秋のリーマンショックがきっかけだ。

 アメリカ発の金融危機は実体経済を一気に冷え込ませ、日本もかつてない厳しい不況の波に呑み込まれた。企業は業種、規模を問わず受注・売り上げが急減し、多くの企業が人件費を減らそうと、派遣期間が終了した派遣社員の契約を更新しない雇い止めや、契約期間の中途で解約する派遣切りに踏み切った。

 そんな企業のなりふりかまわぬ自己防衛策のしわ寄せを受け、おびただしい数の派遣社員たちが仕事を失った。中には契約を打ち切られたのと同時に派遣会社が用意した社宅を追われ住み家までなくした人もいた。

 彼らのために東京・日比谷公園内に年越し派遣村が開設され、テントや炊き出しが用意されたというニュースは、厳しい世相と派遣の不安定な立場を象徴する出来事として大きな話題になった。

 僕は当時を思い出しながら彼にこう聞いた。
「ご自分では派遣という立場についてどう思われますか。やはりメーカーの正社員に比べて不安定だと感じますか」

 彼は首をかしげた。
「どうですかね。最近ではメーカーの正社員もリストラに遭ったりしますから、メーカーの技術者が安定しているとはもういちがいに言えないんじゃないでしょ うか。それに私は派遣会社の正社員ですから、その点はやはり安定していると思います。もちろんスキルやコミュニケーション能力を磨いていかないとステップ アップできないので、正社員という立場に安住してはいけないと思っていますけれど」

 僕は一瞬、きょとんとした。
 彼はそれを見逃さず、諦めのニュアンスがこもった微苦笑を唇の端に浮かべた。

「年越し派遣村で取り上げられた派遣の人たちと、私たち派遣技術者の違いって、なかなか理解してもらえないんですよね。同じ派遣という言葉でひとくくりにされているので、まあ無理はないかもしれないですけれど」

 僕は彼の言ったことを十分に理解できず、返答に窮してしまった。
 気まずい空気を敏感に察知したのだろう、彼は当たりさわりのない話題に変えた。


 取材を終え、オフィスに戻った僕は新聞記事データベースや人材派遣ビジネスについての書籍をひもといてみた。

 彼の言う通りだった。派遣とひとくくりにされているが、彼のような大手の技術者派遣会社に所属する派遣技術者と、世間的に流布している〝いわゆる「派遣さん」〟──正社員に比べたら不安定な立場にならざるを得ない非正規雇用の派遣社員との間には明確な一線が引かれている。

 周知のように派遣とは派遣会社から派遣された人材すなわち派遣社員が、派遣先企業の指揮・命令のもとで働く就業形態だ。
 派遣技術者である彼ももちろんそのようにして働いているが、派遣会社との雇用形態が〝いわゆる「派遣さん」〟とは違う。

〝いわゆる「派遣さん」〟、世間で一般的に派遣と呼ばれる時、多くは登録型派遣が念頭に置かれている。

 登録型派遣で働く人たちは派遣会社に登録して派遣先を紹介してもらう。あくまで登録なので、派遣社員と派遣会社の間には期間の定めのないいわゆる〝正社 員〟と言われるような雇用関係はない。派遣先が決まった時点で派遣会社との間に一時的に雇用契約を結び、派遣会社から給料を受け取る。事務や営業、製造現場で働く派遣社員の多くは登録型派遣だ。

 このため登録型派遣で働く立場は正社員に比べてどうしても不安定にならざるを得ない。派遣先での仕事がなくなれば派遣会社との雇用関係も解消され、次の 派遣先が決まるまでは賃金をもらえないし、健康保険や厚生年金の支払い期間に空白が生じたりもする。リーマンショック後の不況で仕事と収入、場合によって は住み家まで失ったのはこうした人たちだった。

 一方、技術者派遣は特定労働者派遣(特定派遣*1)と呼ばれる派遣の形態がほとんどだ。特定労働者派遣の場合、派遣社員は派遣会社との間に正規(無期)の雇用契約を結ぶ。厚生労働省によれば、派遣技術者約20万人のうち九割強が派遣会社との間に正規の雇用契約を結んでいる(2014年6月時点の数字)。


 ──と、ここまで読めばQ1すなわち「派遣技術者たちは、他の多くの派遣社員やパート、アルバイトと同様の非正規雇用なのか、それとも無期雇用の正社員が多いのか」への回答は明らかだろう。

 派遣技術者たちの多くは、正社員なのだ。

 正社員なので派遣先での仕事が終了しても派遣会社から給料をもらえるし、ボーナスも退職金も支給される。その立場はメーカーの正社員と基本的に変わらない。
 ではなぜ派遣技術者たちの多くは正社員としての雇用が保障されているのか。

 一言で言えば貴重な人材だからだ。彼ら彼女らは機械や電気・電子、ソフトウエア、バイオテクノロジー、医薬などそれぞれの分野で専門能力と知識を備えて いる。大学や大学院で高度な専門教育を受けなければその卵にさえなれないし、一人前になるには企業の研究・開発部門や研究機関での実務経験も必要だ。

 そんな人材をおいそれと流出させたくはないと考えるのは派遣会社として当然だろう。他の派遣会社に取られてしまったら顧客を奪われかねないので、そうな らないように自社の人材として正規の雇用関係を結んでおきたい──派遣技術者たちの正社員としての雇用の根本にはこうした考え方がある。

 いかがだったろうか。もしかしたら〝いわゆる「派遣さん」〟やパート、アルバイトと同様の非正規雇用だとお答えになった読者もいらっしゃったかもしれない。

 通りいっぺんのイメージが物事の実相を見えにくくしている事例は少なくない。派遣技術者の雇用形態はその最たるものの一つだと言えるだろう。

(次回に続く)


*1:二〇一五年九月三十日の労働者派遣法の改正によって特定派遣という呼称はなくなったものの、改正から三年間は経過措置期間として特定派遣の呼称を使用する場合がある


《作品紹介》
働き方は生き方 派遣技術者という選択 / 渋谷和宏(著)

技術の進歩が加速し、グローバルな競争が激化する中、大企業の正社員でもリスクとは無縁でいられない。どんな働き方をすれば、生き残れるのか? 特定分野のスペシャリストとして高い技術力を持つ「派遣技術者」にそのヒントがあった。危機意識を持ち、複数の分野に精通する彼らは会社や部門の盛衰に左右されない。彼らが示す新しい働き方とは?

→書籍購入はこちら(Amazon)
http://www.amazon.co.jp/dp/4344424492
→電子書籍購入はこちら(Amazon Kindle)
http://www.amazon.co.jp/dp/B01CXYXGL0


(取材協力)
テクノプロ・グループ http://www.technoproholdings.com/


お知らせ
本書の取材にご協力いただいたテクノプロ・グループが運営するエンジニア・研究者向けポータルサイト「Do ~集まれ最高の技術人~」がオープンしました。
【Do ~集まれ最高の技術人~】
https://www.technopro-do.com/

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働き方は生き方 派遣技術者という選択

技術の進歩が加速し、グローバルな競争が激化する中、大企業の正社員でもリスクとは無縁でいられない。どんな働き方をすれば、生き残れるのか? 特定分野のスペシャリストとして高い技術力を持つ「派遣技術者」にそのヒントがあった。危機意識を持ち、複数の分野に精通する彼らは会社や部門の盛衰に左右されない。彼らが示す新しい働き方とは?

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渋谷和宏

1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。
また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『いま世界は』(BS朝日)、『日本にプラス』(テレ朝チャンネル2)、『森本毅郎・スタンバイ!』(TBSラジオ)などがある。2014年4月から冠番組『渋谷和宏・ヒント』(TBSラジオ)がスタート。
http://www.tbsradio.jp/hint954/

講演等のご依頼は info_shibuya@gentosha.co.jp までお寄せください。

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