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天下一の軽口男 米沢彦八伝

2016.03.01 更新 ツイート

二章 彦八、江戸へ 〜江戸の座敷比べ

(34)笑話に懸ける彦八は、武左衛門のもとを離れ、決意を新たに自らの道を歩むことに―。木下昌輝

伝説の男・米沢彦八の生涯を描いた注目作、連載はこれにて最終回。気になる続きは、4月上旬発売予定の単行本にて!
「笑話って不思議やな。どんな恥ずかしいことも、勇気を振り絞って馬鹿咄に変えたら、なんか救われる」——伽羅一門との闘いを終え、肩の荷を下ろす武左衛門。そんな武左衛門のもとを旅立つ彦八。彼のこれからの活躍やいかに……? どうぞお楽しみに。

 

二章 彦八、江戸へ 〜江戸の座敷比べ

(三)

 堺町の堀端で梅若が童たちと遊んでいるのを、彦八と鹿野武左衛門は柳の根元に腰を下ろして眺めていた。

 今日は風に冷気はなく、気持ちいい。横にある梅の枝には蕾がたくさんついている。その中のいくつかは、薄緑色の花弁を開こうとしていた。

「座敷比べの大関、鹿野梅若なぁりぃ」

 指を天に突き刺して、誇らしげに笑っている。

「じゃあ、おいらは元旗本の辻咄、西東平太なぁりぃ」

 負けじと他の童たちも名乗りを上げる。

 両手で頬杖をついて、梅若たちの遊ぶ様子を見る鹿野武左衛門は、ひとりの父でしかない。先の座敷比べで、伽羅小左衛門としのぎを削った評判の辻咄には見えない。

「けど、惜しかったな。西の大関やもんなぁ」

 石を堀に投げ込み、彦八は悔しがる。先日あった座敷比べの結果は、惜しくも西の大関止まりであった。東の大関は、伽羅小左衛門である。

 鹿野武左衛門の咄が終わった後、座敷ではすぐに番付を決める協議に入った。隣室で控える辻咄たちにも声は聞こえてくる。酒と肴が運ばれるが、誰も手をつけず襖の向こうのやりとりに耳を澄ましていた。

 一時は、鹿野武左衛門を強く推す声もあった。『面白さという意味では無類』とも評す商人もいた。が、『もうひとつ座敷を見たい』という、意見が出ると風向きが変わった。

 番付をつける初めての試みだけに、慎重を期すべきだというのだ。そうなると強いのは、二季続けて一番となった伽羅小左衛門である。結局、鹿野武左衛門は西の大関止まりであった。

「もうひとつ座敷を見たいって何やねん。それやったら、呼ぶなっつーの」

「ほんまやな。けど、どっかで聞いたことがあるような評やなぁ」

 彦八と鹿野武左衛門は一緒に首をひねる。

「まあ、悔しいけど、ええよ。満足はしてる。おかげで、今月も座敷がいっぱいかかった」

 伽羅小左衛門を青ざめさせた鹿野武左衛門の芸は評判を呼び、一日にみっつもの座敷を掛け持ちすることもある。

「何より肩の荷が下りた。芝居でけつまくった昔を隠すように生きてきたけど、ああして笑話にしてもうたら、もうそんなことする必要はあらへん。おい、梅若、そこはもっと大きく手を振れ、せやないと仕方が目立たへん」

 鹿野武左衛門が身振りを交えて、遠くにいる梅若に仕方を教える。

「笑話って不思議やな。どんな恥ずかしいことも、勇気を振り絞って馬鹿咄に変えたら、なんか救われる」

「けど、武左衛門はん、けつまくられた芝居座にしたら、たまったもんやないで」

 きつい冗談をあえて言ったのは、かつて鹿野武左衛門が馬の足として籍を置いていた市村座からも、座敷の声がかかったからだ。「ぜひ『堺町馬の顔見世』をやってほしい」とのことである。市村座も、初の座敷比べで西の大関になった鹿野武左衛門の人気にあやかろうというのだ。

「なあ、武左衛門はん、話あんねんけど」

 彦八に顔を向けずに、鹿野武左衛門は口を開く。

「みなまで言うな。そろそろ、ひとりでやろうっていうんやろ。まあ、こっちもぼちぼち弟子入りしたいいう子が来てるから、かまへんで。もし、邪魔する奴おったら、俺の名前を出せ。それでも無理なら、石川はんに動いてもらって、やりやすいようにしたるさかい」

「おおきに」

 腰と首を深く折り曲げて、彦八は頭を下げた。

「ほな」と片手を上げた後に、背を向ける。

「きばれよ」という声が、背を優しく撫でた。

 うららかな陽光を、堀の水面が跳ね返す。梅若たちの未熟な仕方咄を「この大根芸人」と茶化しつつ、歩く。

 大きな往来に出た。侍、商人、職人、女中に童、旅人たちが大勢、行き来している。あちこちにある辻には、辻咄たちが立っていた。

 皆、ただ立って咄をしているだけではない。身振りや手振り声色を人物ごとに変えた、仕方を取り入れている。鹿野武左衛門と彦八の考案した仕方咄は、瞬く間に江戸中の辻咄の間に広まったのだ。

『ほお、京ではお前さんみたいな顔が流行っているのかい』

『女郎は何喰わぬ顔で「まずわたしが立ちましょう」と申したり』

 落ちの言葉が放たれるたびに笑いが立ち上がり、陽光に含まれる暖かみが濃くなる。

 往来に咲き誇る笑いの中を、彦八は花でも愛でるかのようにゆっくりと歩いた。

 もう辻咄の咄は耳には入ってこない。己が近い将来にやる笑話のことで、頭の中は一杯だった。

 懐から巾着袋を取り出し、目の高さに掲げる。

 最初に立った辻の銭は、全部、この中に入れると決めていた。そして、中にある石や貝と一緒に座敷で里乃に渡す。否、返すのだ。

 くすり、と笑った。

 ――もしかしたら、この巾着袋やったら、銭が入りきらんかもしれへんな。

 驚く里乃の顔を想像すると、愉快だ。

 往来の笑いは、彦八の将来の咄を賞賛するかのように大きく膨らんでいく。

 

 

(参考文献、資料)
てうづのこ(石鹸粉)の笑話———『戯言養気集』「知らざるを問わずして面目を失ふ事」を改変
刺すような名前の笑話———『鹿の巻筆』巻一「田舎者どうわすわ」を改変
モモンガの笑話———『鹿の巻筆』巻二「夢中の浪人」を改変
馬の足の笑話———『鹿の巻筆』巻三「堺町馬の顔見世」を改変

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天下一の軽口男 米沢彦八伝

笑いひとつで権力に立ち向かった男、上方落語の祖・米沢彦八を描く痛快時代小説
 

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木下昌輝

1974年大阪府生まれ。近畿大学理工学部建築学科卒業。ハウスメーカーに約5年勤務後、フリーライターとして関西を中心に活動。2012年「宇喜多の捨て嫁」で第92回オール讀物新人賞を受賞する。14年『宇喜多の捨て嫁』で単行本デビュー。同作が第152回直木賞候補となり、15年に第2回高校生直木賞、第4回歴史時代作家クラブ賞新人賞、第9回舟橋聖一文学賞を受賞。二作目『人魚ノ肉』は第6回山田風太郎賞の候補作となる。今最も期待を集める歴史・時代作家である。

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